「ロシアより怖い中国」一帯一路にG7の一角イタリアがなびく「債務の罠」欧州にも広がる
地中海のシルクロード
[ロンドン発]先進7カ国(G7)の中でイタリアが中国の習近平国家主席による経済圏構想「一帯一路」を公式に承認する見通しだと英紙フィナンシャル・タイムズが6日報じました。
地中海が中国の影響下に置かれることを恐れる米国や欧州連合(EU)は警戒を強めています。
3月21~22日、ブリュッセルでEU首脳会議が開かれます。22日には習氏が国家主席になってから初めてイタリアを訪問、それに合わせて拘束力こそないものの両国間で覚書きが交わされるそうです。
イタリア北西部ジェノバのヴァード・リーグレ港ターミナル埠頭には中国遠洋運輸集団(COSCO)が40%を出資しています。米中貿易戦争が勃発する中、欧州との通商関係を強化したい中国には地中海の海上輸送ネットワークを握る狙いがあります。
下は米公共ナショナル・パブリック・ラジオの記事を参考に作成したCOSCOや中国の港湾会社が出資する欧州の港の地図です。
ギリシャのピレウス港がCOSCOに買収されただけでなく、中国がスエズ運河から黒海、地中海、欧州最大のオランダ・ロッテルダム港まで「海のシルクロード」を広げようとしていることが手に取るように分かります。
「債務の罠」にはまるギリシャとイタリア
欧州主要港における中国企業の出資比率は次の通りです。
オランダ・ロッテルダム港(35%)
ベルギー・ゼーブルッヘ港(85%)
ベルギー・アントワープ港(25%)
仏ダンケルク港(45%)
仏ナント、ル・アーブル、マルセイユ港(各25%)
スペイン・バレンシア港(51%)
スペイン・ビルバオ港(40%)
伊ヴァード・リーグレ港(40%)
マルタ・マルサックスロック港(25%)
ギリシャ・ピレウス港(51%)
COSCOがギリシャのピレウス港を買収できたのは、ギリシャがEUから緊縮策を強いられ、コンテナ埠頭の運営権だけでなく、ばら積み貨物ターミナルからクルーズターミナルまで運営するピレウス港湾局(PPA)株の売却を迫られたからです。
ギリシャの政府債務残高は国内総生産(GDP)の179%。イタリアの政府債務残高も対GDP比で132%に達し、失業率は10.5%と高止まりしています。経済協力開発機構(OECD)のエコノミックアウトルックによるとイタリアの成長率は今年マイナス0.2%に転落する見通しです。
EU統合の深化に反対する新興政党「五つ星運動」と極右政党「同盟(旧北部同盟)」によるイタリアの連立政権は財政規律を緩めようとしましたが、欧州委員会に突っぱねられました。
そこで中国マネーを呼び込んで経済を回復させようという考えです。中国は抜け道を使ってEUの規制を回避する一方、港湾を押さえて中国海軍の艦艇を派遣しプレゼンスを地中海で増しています。
草刈場と化したバルカン半島
来月9日にはEU・中国首脳会議がブリュッセルで開かれます。このあとクロアチアで中国と旧共産圏のEU11カ国、バルカン諸国5カ国の計16カ国との関係を強化する「16+1」首脳会議が開催されます。
中国が主導する「16+1」は互いに投資、運輸、金融、科学、教育、文化の協力や交流を促進するのが狙いです。中国はインフラ、先端技術、グリーン(環境)技術を優先課題に掲げています。
【EU11カ国】ブルガリア、クロアチア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、スロベニア
【バルカン諸国5カ国】アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア、モンテネグロ、セルビア、
2012年以降、「16+1」はポーランド、ルーマニア、セルビア、中国・蘇州などで毎年、首脳会議を開き、関係を強化してきました。
しかし中国流のやり方に問題が噴出しています。
クロアチアにある全長2.4キロメートルの橋の建設工事を中国の企業連合が落札しましたが、オーストリアの入札参加者が不当に低い価格で入札が行われたと疑義を申し立てました。
セルビアの首都ベオグラードとハンガリーの首都ブダペストを結ぶ鉄道工事をめぐっては中国の出資者とハンガリーの発注者の間で不透明な契約が結ばれたため、EUが待ったをかけました。
ボスニアは石炭火力発電所への中国輸出入銀行の融資6億1400万ユーロ(約776億円)を100%保証させられました。欧州のエネルギー業界はEUの規制に違反していると反発しています。
モンテネグロの高速道路建設プロジェクトは同国の債務残高を対GDP比で80%に押し上げました。
米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)のデータによると、2016、17年に中国は16カ国に対して94億ドル(約1兆円)をばらまきましたが、このうち半分はバルカン諸国5カ国に向けられたそうです。
「ロシアを過大評価、中国を過小評価」
ヨハンネス・ハーン欧州委員(近隣政策・拡大交渉担当)はFT紙に「中国は借入国がどのように、また実際に返済できるのか全く気にしていない」「我々はロシアを過大評価し、中国を過小評価してきたのかもしれない」と話しています。
昨年4月、EU加盟28カ国のうち、中国の息のかかったハンガリーを除く27カ国の大使が「一帯一路」に絡む公共工事の受注プロセスは透明性を欠いており、中国の国益と中国企業の利益になっているだけだと批判する報告書に署名したと報じられました。
報告書は「一帯一路」について「中国国内の過剰生産問題の解消、新たな輸出市場の創出、原材料へのアクセスを確保する中国の政治的ゴールを達成するためのものだ」と指摘しているそうです。
EUは昨年9月「私たちには共通のスタンダードとルールが必要」として、中国の「一帯一路」に対抗するかたちでEUとアジア諸国を結ぶ「欧州の道」を提唱しました。中国の独占を排除するためです。
しかし、EU域内ではギリシャやポルトガルが中国の「一帯一路」を承認。イタリアもこれに続けばEUの結束は大きく乱れます。
バルカン拡大を急ぐEU
EUの行政執行機関・欧州委員会は昨年2月、EU拡大の新戦略を公表。旧ユーゴスラビア諸国のセルビアとモンテネグロは早ければ2025年にもEUに加盟できる可能性があると指摘しました。
セルビアの加盟は同国からの独立を宣言したコソボとの関係正常化が課題です。ボスニアも加盟候補国になる可能性があるとの見方を示しました。
昨年4月には、加盟候補国のアルバニアとマケドニアについて加盟交渉開始を勧告。国名問題を解消した「北マケドニア共和国」はEU加盟に向けて大きく前進しています。
EUがバルカン拡大を急ぐのは、この地域で中国やロシアの影響力が拡大しているのと無関係ではありません。
広がる「債務の罠」
習主席は「中国の夢」を掲げて「2050年までに中国は国力と国際的な影響力を合わせて世界のリーダーになる」と宣言。中国と中央アジア、欧州をつなぐ陸のシルクロードと、東南アジアからアフリカ、中東、欧州までを結ぶ海のシルクロードの整備を開始しました。
しかし中国の「債務の罠」にはまる国が出てきました。スリランカは中国の援助で建設した南部ハンバントタ港の11億ドル(約1230億円)にのぼる債務返済に窮して、港湾管理会社の株式の70%を99年間、中国企業に譲渡しました。
国際開発センター(CGD)の報告書によると、中国は「一帯一路」に伴ってアジアや欧州、アフリカ諸国に数兆ドルのインフラ投資を行うことを望んでいます。中国マネーの債務者は国家主体であることが多いため、債務危機を引き起こすリスクがあると報告書は指摘しています。
「一帯一路」の債務国になりそうな68カ国を調査した結果、23カ国が債務リスクを抱えており、このうちモンゴル、キルギス共和国、タジキスタン、パキスタン、ラオス、モルディブ、モンテネグロ、ジプチの8カ国が脆弱な財政状況であることが分かっています。
(おわり)