白馬の奇跡を生んだ「絆」を観光に生かせ! キーワードは「寄り添う心」
昨年11月22日に発生した長野県神城断層地震で、大きな被害を受けながらも、住民の助け合いなどにより一人の犠牲者も出さなかった白馬村が、スキー客の減少など観光被害に直面している。村では、地震発生直後から、県内外のメディアへ積極的な安全情報を発信するとともに、観光客にリフト券や特産品をプレゼントするなど、おもてなしのイベントを小まめに展開することで被害を最小限に抑えてきたが、観光客の数が昨年レベルに戻るには、もう少し時間を要しそうだ。5月~6月には、修学旅行シーズンも迎える。観光被害の克服に向けた村の取組と課題を取材した。
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「インフラの復旧・復興も、観光も、当然大きな課題ではありますが、最優先に進めていかなくてはいけないのは、被災された方々の生活が1日も早く元に戻れるようにすることです。被災者一人ひとりが、どんなことに困っているのか個別に話をすることが今は最も重要なことだと考えています」
昨年7月の村長選で初当選し、8月の就任からわずか4カ月足らずで大地震への対応の指揮を執ることになった下川正剛村長(68)は、村の復興方針についてこう語る。
白馬村では現在、被災者のうち33世帯76人が昨年末に完成した仮設住宅で暮らすほか、公営住宅や民間の借り上げ住宅で一時的な生活を送る村民も少なくない。
被害が大きかった堀之内・三日市場地区では、今も半倒壊や一部損壊の被害を受けた住宅が数多く残る。地震で住宅の1階部分がつぶれ、現在はアパート生活を続けているという男性は「もともとは一家で弓道場と民宿を営み生計を立てていたが、もう一度、同じ生活が取り戻せるかはわからない」と不安げに語る。
村では、2月中旬から被災地に生活支援相談員を配置し、被災者が暮らす応急仮設住宅や公営住宅、民間からの借り上げ住宅などを巡回訪問させ、被災住民の生活ニーズの聞き取り調査を進めていく考えだ。
一方、被災地でのボランティア活動は、屋根に降り積もった雪の重さで建物が倒壊する危険もあることから、現在活動を縮小している。白馬村災害ボランティアセンターを運営する白馬社会福祉協議会の山岸俊幸事務局長は「雪が消えたら、再度、被災者のニーズ調査をして、活動を再開する」と説明。ボランティアは、当初と同様、村内または周辺市町村に限定し、被災住民に寄り添った、きめ細かな活動を行っていく考えだ。
被災者の対応で村が一貫して心がけていることが、この「寄り添う心」だ。下川村長は「全国から“白馬の奇跡”と評価されている理由は、コミュニティの絆がしっかりしていたことだと思います。被災された方々に対しても寄り添う心を持って接していくことが何より大切だと考えております」と語気を強める。
おもてなしが観光被害を食い止める
現在、村が直面しているのが観光への影響だ。長野県観光部の調査によると、年末年始における県下主要スキー場50カ所の利用者数は、前年を平均で6%下回った。年始に大雪が予想されたことによる出控えや、休日が昨年より1日少なかったことが要因と分析しているが、地震被害の大きかった北安曇野地区は、大町が10.5%減、白馬村が12.8%減、小谷村が16.7%減(栂池高原)・22.5%減(白馬乗鞍温泉)と、いずれも県平均を大きく上回り、地震の影響が色濃く表れる結果となった。
村観光局によると、冬の就学旅行のキャンセルが出ているほか、ファミリー層の団体客やバスツアーが減少していることなどが村内旅行会社から報告されているという。
村では、地震発生直後の11月末から、スキー場には被害がないことを県内外のメディアを通じてアピールするなど、正確な情報発信を心掛けることで、風評被害の軽減に向け取り組んできた。12月6日には東京都内でもメディア向けに記者会見を開いた。
「これらの活動があったから、10%程度の被害に抑えられた」(村観光局)とも考えられるが、他方で、オーストラリアなど外国からのスキー観光客は昨年を30~40%も上回る勢いで伸びており、こうしたプラス要因を差し引くと、村内の観光被害は予想より大きい可能性もある。
ちなみに、白馬村では10年ほど前から海外スキー客の獲得に力を注いでおり、現在、年間のスキー客のうち、およそ1割が海外からの観光客で占めている。震災後は、宿泊施設などを経営するオーストラリア人やイギリス人らでつくる「HIBA(Hakuba International Business Association):白馬国際経営会議」が、村内のスキー場が無事運営できることや、道路や公共交通が復旧していることを把握し、その都度インターネットやSNS(会員制交流サイト)で発信。こうした動きに加え、今回の地震が、海外のニュースでは、「Northern Nagano Earthquake」と紹介され、「Hakuba」という言葉が出なかったことで風評被害を抑えられたと分析する職員もいる。
いずれにしても外国人が村の観光を支えていることは事実だ。しかし、現在700軒ほどある民宿で、外国人を積極的に受け入れるのは100軒ほどにとどまる。
下川村長は「外国人を含めて国際観光都市なので、村としても、しっかり対応していく必要があると思っております。民宿やペンションでの外国人対応はもっと改善できるはずです」と指摘。その上で、「国内外のすべての観光客に対し、白馬の奇跡で全国的に評価された“寄り添う心”を持って接することが、白馬村民の心の温かさを知ってもらう上で大切だと思います。白馬八方根は日本の民宿の発祥の地と言われていますが、地震を契機に、民宿発祥の原点に戻って、白馬のあたたかさを外に発信していけたらいいのですが」と期待する。
安全なら観光客は来る
2月6日、白馬村の岩岳スノーフィールドでは、恒例の岩岳感謝際が開催された。白馬村では、4年前から、お客様への感謝の気持ちを込めて、白馬岩岳、白馬五竜、Hakuba47、白馬八方根の各スキー場で同様のイベントを開催している。http://www.vill.hakuba.nagano.jp/privilege/yukikoi/
感謝祭で、スキー客に焼き餅を振る舞っていた元旅館経営者の切久保さん(70代男性)は「白馬を盛り上げていくには、観光協会などに頼るだけでなく、旅館一軒一軒が、もっとこうしたイベントに出てスキー客と話をしたり、情報を発信してファンをつくっていくことが大事ではないか」と話す。
京都から32人のグループで同スキー場に訪れたという男性は「昨年10月ぐらいから、今年のスキー旅行の候補地を探している最中に地震が発生した。一旦はあきらめようと思ったが、スキー場は安心ということを聞き、それなら、被災地を元気づけるためにも行きたいと思い白馬に決めた」とする。「お祭りの振る舞いは素晴らしい、とても楽しめました」と満足げに話してくれた。
観光の危機管理を地方創生に
観光への影響を克服する上で、もう1つ考えておかなくてはいけないのが、万が一、同様の災害が起きた場合への備えだ。白馬だから危ないという意味ではない。その備えをなしに、風評だけを払拭したとしても、それは一時凌ぎにしかならず、同様のリスクは潜在し続けることになるからだ。
沖縄県では、2001年9月11日の米ニューヨークの同時多発テロ事件直後、沖縄基地へのテロ攻撃などを恐れ、小中学校の修学旅行20万人がキャンセルするなど観光に多大な被害を受けた。その後も、県内外で発生する災害や危機の度、主要産業である観光が脅かされてきたことを教訓に、行政と観光事業者を中心に、観光危機管理の構築に取り組んできた。津波の際、宿泊者を安全に高台に誘導する方法や、情報を伝える方法についてワークショップを繰り返し、観光業者の意識の醸成を図っている。
こうした取り組みを進めることで、防災を観光や企業誘致などに生かすことこそ、真の地方創生への道だ。例えば鳥取県では、南海トラフ地震の影響が少ないという立地の利点に加え、県内の行政、企業、病院・福祉施設、住民が一体的になってBCP(事業継続計画)を進めることで県全体の安全性を高め、そのことを企業誘致などのPRに活用している。新潟県では、泉田裕彦知事が、中越沖地震後の2008年に、首都直下地震が発生した際、被災者100万人程度を県内に受け入れる方針を打ち出し、そのために平時から都会と地域の相互交流を進める防災グリーンツーリズム宣言をした。
白馬の今後の取り組みに期待したい。
※今回の取材は、昨年の地震による風評被害払拭を目的に、白馬村観光局がYahoo!ニュース個人編集部を通して「白馬村の今を発信してほしい」という呼びかけを行い実現したものであり、交通費の実費について白馬村観光局が負担しています。※記事に対する謝礼や対価はなく、また、記事内容についての制約や取り決めは一切ありません。