FacebookとGoogleが排除に乗り出す「偽装メディア」、その正体とは?
フェイスブックとグーグルが、「偽装メディア」の排除に乗り出している。
地域の名前を冠したローカルメディアの体裁だが、内容は政党や候補者を支援する政治サイト。
米国ではそんな偽装ローカルメディアが、50州を合わせて1,200件ほどに急拡大している。
メディアの皮をかぶった偽装メディアは、ニュースのプロモーションの体裁で、実際には選挙用の政治広告を配信する。
政治広告には広告主の情報開示などの義務が課されるが、メディアの広告にはその義務が課されていない。偽装メディアを乱立させることで、政治広告への規制の網をかいくぐることが狙いのようだ。
11月の米大統領選を前に、この問題に対して、ネット広告収入の大半を握るフェイスブックとグーグルの2社が、相次いで対策を表明したのだ。
問題の背景には、メディア不在の空白地域「メディアの砂漠」の拡大がある。
新型コロナウイルス感染拡大の影響は、メディアも直撃。「メディアの砂漠」に一層の拍車をかけている。
「スーパーマン」の舞台のモデルともなった創刊100周年の「デイリー・ニューズ」などトリビューン・パブリッシング傘下の5紙は、コロナ禍による収益不振から、ジャーナリストたちが働く編集局の閉鎖を打ち出した。
メディアの地盤沈下は、さらなる深みと混迷に入り込んでいる。
●相次ぐ「偽装メディア」規制
米国が選挙シーズンに差し掛かる中で、政党、政治活動委員会(PAC、政治資金団体)、政治家など、多様な政治組織とつながりのあるニュースメディアの増加が判明している。ここでいう政治組織とは、もっぱら政策や選挙への影響力を行使するためのものだ。(中略)本日、当社は上記の組織とつながりを持つ米国メディアに対しては、広告の承認プロセスにおける「ニュースメディアの除外」を適用しないとする、新たなポリシーを導入した。
これは、偽装ローカルメディアが急増し、ニュースのプロモーションの体裁で実際には政治広告を配信していることに対する、フェイスブックの対応策の表明だ。
政治広告を配信する広告主は、フェイスブックの承認手続きを経る必要があり、配信元の広告主の情報を開示することも義務付けられている。
政治や社会問題にかかわる広告でも、配信元がニュースメディアの場合は、これらの手続きの除外対象となる。
だが、ニュースメディアを偽装したサイトの政治広告については、この除外規定を適用しない、と表明しているのだ。
フェイスブックはさらに、偽装メディアに対しては、米国で開始しているニュース専用タブでの配信や、メッセージサービスのメッセンジャー、ワッツアップへの配信も停止する、としている。
これらの偽装ローカルメディアへの対応策は、グーグルもその2週間前に表明している。
7月31日、グーグルは広告主の身元偽装に関する規制を強化する、と発表した。
政治や社会問題に関するコンテンツを扱っており、他サイトなどと連携する形で身元偽装を行っている場合、米国では9月1日から、その他の国では10月1日から、アカウントの永久停止措置を取る、としている。
アクシオスによれば、その具体例として挙げられているのが、やはり偽装ローカルメディアによる、政治広告の配信だ。
イーマーケターのデータによれば、米国におけるデジタル政治広告の収入のシェアは、フェイスブックが59.4%、グーグルが18.2%。この2社だけで全体の8割近くを占める。
政治広告市場を握る2社が、偽装メディア対策で足並みをそろえたということだ。
●1,200件の偽装メディア
大統領選を控えた米国では、各地域の名前に「~タイムズ」「~デイリー」などの名称を組み合わせ、ローカルメディアの体裁をとった偽装サイトが、2019年ごろから急拡大を続けている。
※参照:「ニュースのディープフェイクス」AIで量産、200の偽“地元メディア”が増殖(12/20/2019 新聞紙学的)
メディアサイト「コロンビア・ジャーナリズム・スクール」のプリヤンジャナ・ベンガニ氏の調査では、2019年12月時点で450件だった偽装サイトが、2020年に入って急増し、すでに1,200件を超えている、という。
特に目立つのは保守派の偽装ローカルメディアで、その中心的存在とされるのがデラウエア州の企業「メトリック・メディア」だ。
偽装サイトの展開は全米50州におよび、カリフォルニア州(74件)からロードアイランド州(4件)まで濃淡はあるものの、大票田のテキサス州や、フロリダ州、ペンシルベニア州、オハイオ州、ノースカロライナ州といった激戦州で集中的に開設している。
「メトリック・メディア」のサイトの特徴は、ニュースリリースや公表された統計データなどをもとに、AIが自動生成するニュースが9割以上を占めるという点だ。
しかも、サイトはネットワーク化しており、同じ見出しとテキストのニュースが、写真だけを変えて、850以上の偽装メディアで掲載されていたケースもある、という。
これら自動生成のコンテンツに混ざる形で、共和党支援のニュースが掲載されているようだ。
規模ははるかに小さいが、リベラル派の偽装ローカルメディアも存在する。
ポリティコなどの報道によれば、「クーリエ・ニュースルーム」という企業が自身のニュースサイトに加え、ペンシルベニア州、ノースカロライナ州、ミシガン州などのやはり激戦州を中心に7サイトを展開している。
「クーリエ」のオーナーは、民主党系の政治資金団体とつながるNPO「アクロニム」だという。
「アクロニム」への資金支援者として、リンクトイン創業者のリード・ホフマン氏やアップル創業者の故スティーブ・ジョブズ氏の妻、ローレン・パウエル・ジョブズ氏らの名前が挙げられている。
●政治広告と「メディア除外」
フェイスブックとグーグルが規制対象として打ち出したのは、これら偽装メディアの政治広告だ。
フェイクニュースの氾濫とロシア政府による選挙介入が表面化した2016年米大統領選。そこで問題となったのが、ロシアが開設した偽装アカウントによって、大量に配信された世論分断を狙う政治広告だった。
※参照:米社会分断に狙い、ロシア製3,500件のフェイスブック広告からわかること(05/14/201 新聞紙学的)
※参照:ロシアの「フェイクニュース工場」は米大統領選にどう介入したのか(02/18/2018 新聞紙学的)
この問題への対応を迫られたフェイスブックは米中間選挙を控えた2018年5月、政治広告に承認制を導入。広告主の情報開示も義務化する規制策を設ける。
だが、メディアが政治ニュースのプロモーションに広告を使った場合も、「政治広告」と認定され、情報開示不備を理由に非表示にされる事例が相次いだ。
※参照:フェイスブックの「政治広告」規制がニュースを排除する(06/16/2018 新聞紙学的)
これに対する批判を受けてフェイスブックは2019年3月、政治広告の規制に「ニュースメディアの除外」を打ち出した。
偽装メディアはまさにこの「ニュースメディアの除外」を“抜け穴”と見定めて急拡大する。今回の措置は、この“抜け穴”をふさぐ狙いのようだ。
政治広告における広告主の身元確認制度については、グーグルもやはり2018年4月に導入。その情報開示の取り組みを進めている。
またツイッターは2019年10月末に、政治広告を世界的に禁止することを打ち出している。この中には、偽装ローカルメディアによる政治広告のようなケースも含まれるという。
※参照:TwitterとFacebook、政治広告への真逆の対応が民主主義に及ぼす悪影響(11/01/2019 新聞紙学的)
●消えゆくローカルメディア
偽装メディアが急拡大する背景には、リアルなローカルメディアが急速に消滅し続けている現状がある。
ノースカロライナ大学教授、ペネロペ・ミューズ・アバナシー氏は、地元のニュースを扱うニュースメディアが存在しない地域の拡大を「ニュースの砂漠」と呼ぶ。
アバナシー氏の調査によれば、米国では過去15年間で2,100にのぼる新聞が消滅。3,000を超す全米の郡のうち、200カ所では地元紙がなく、約半数の1,540カ所では地元紙が1紙しかない状態だという。
また2018年秋以降の2年足らずで、300の新聞と6,000人のジャーナリストの雇用が失われ、新聞発行部数は500万部減少。
さらに新型コロナウイルスの影響で、2020年4月と5月の2カ月だけで、少なくとも30の新聞が廃刊や合併で姿を消したという。
※参照:フェイスブックが「ニュースの砂漠」を嘆くパラドックス(03/22/2019 新聞紙学的)
特に新型コロナの影響は、なお波紋を広げ続けている。
「スーパーマン」の主人公、クラーク・ケントの勤務先の新聞社「デイリー・プラネット」。そのモデルといわれ、1978年公開の故クリストファー・リーブ氏の主演作で旧社屋ビルがロケにも使われたのが、ニューヨークのタブロイド紙「デイリー・ニューズ」だ。
創刊100周年を迎えたその老舗メディアが8月12日、編集局スペースを同日をもって閉鎖し、記者らは全員、リモートの自宅勤務になることが明らかになった。
コロナ禍の経済状況が理由とされている。
「デイリー・ニューズ」は2017年9月、前発行人のモーティマー・ザッカーマン氏からわずか1ドル(約100円)でトリビューンに売却されていた。ザッカーマン氏は1993年に、同紙を3,600万ドル(約38億円)で取得した。
親会社の新聞チェーン「トリビューン・パブリッシング」傘下で、2年前の銃乱射事件で5人が死亡したメリーランド州の「キャピタル・ガゼット」や、フロリダ州の「オーランド・センチネル」など4紙も、同じく編集局を閉鎖するという。
●排除の効果は?
今回の偽装メディアに対する排除措置は、どれほどの効果が期待できるのか。
フォーブスのロブ・ペゴラーロ氏は、懐疑的だ。
フェイスブックが「政治組織とつながりがある」と認定する要件が限定的で、「多くの右派サイトは無傷で残るだろう」とペゴラーロ氏は指摘する。
フェイスブックは、政治家の投稿、および政治家が配信した政治広告に関してはファクトチェックを行わない、というポリシー変更を行っていたことも明らかになっている。
※参照:「ザッカーバーグがトランプ大統領再選支持」フェイスブックがフェイク広告を削除しない理由(10/16/2019 新聞紙学的)
フェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグ氏は「ソーシャルメディアは“真実の裁定者”になるべきではない」との立場を主張し続けている。
実際に今年5月末、警官の暴行による黒人男性死亡事件に端を発した抗議運動と暴動について、「略奪が始まれば、銃撃が始まる」としたトランプ大統領の投稿について、ツイッターは非表示対応としたのに対し、フェイスブックはそのまま掲載。
これについて、広告主からフェイスブックへのボイコットの動きも起きた。
※参照:SNS対権力:フェイスブックとツイッターの判断はなぜ分かれるのか?(06/04/2020 新聞紙学的)
※参照:スターバックス、ユニリーバ、コカ・コーラが相次ぎ広告ボイコット…Facebookに何が起きている?(06/29/2020 新聞紙学的)
一方で6月には、トランプ陣営が掲載した政治広告に、ナチスの強制収容所で政治犯を示したマークが使われていた、としてヘイト禁止のポリシー違反で削除している。
※参照:フェイスブックが「政治広告」の削除に踏み切った、その事情とは?(06/19/2020 新聞紙学的)
また8月5日には、トランプ氏が投稿した動画を削除もしている。
これはFOXニュースのインタビューで、新型コロナについて「(子どもは)ほぼ免疫がある」と発言したもので、新型コロナの誤情報に関するポリシー違反だとしている。
今回の偽装メディア排除措置の本気度は、どうなのだろうか?
(※2020年8月15日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)