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オーナーシェフの道を一時休業し球界に復帰した水尾嘉孝氏が果たそうとしている野球界への恩返し

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
母校福井工大で統括投手コーチに就任した水尾嘉孝氏(中央・筆者撮影)

【人気オーナーシェフから再び球界に復帰】

 「水尾嘉孝」という名前をご記憶だろうか。1990年のドラフトで横浜大洋ホエールズ(現DeNA)から1位指名を受けた左腕投手で、当時は契約金1億円を獲得した選手として話題にもなっている。

 横浜、オリックス、西武の3チームを渡り歩き、プロ生活13年で主にリリーフ左腕として活躍。2004年にはMLB挑戦のため渡米し、エンゼルスとマイナー契約で合意。残念ながらメジャーに昇格できないまま2006年2月に現役引退を表明している。

 帰国後はシェフの道に進むべく料理学校に通い、2010年に東京自由が丘にイタリアンレストランをオープン。元野球選手の華麗なる転身として多くのメディアで紹介されてきた。そんな水尾氏がオーナーシェフを一時休業し、今年から母校の福井工大からの誘いを受け、指導者として球界に完全復帰している。

【選手からも好評な対面指導】

 現在の水尾氏は福井工大のみならず、同じ学校法人金井学園の系列校となる福井工大付属福井高校、付属福井中学校も管轄する統括投手コーチを務めている。女子野球部を含めると部員は総勢で400人を超える大所帯で、主に投手を中心にすべての部を巡回しながら指導を行っている。

 水尾氏の指導は、従来の指導者と比較すれば、かなりユニークなものだ。一方的に自分の技術指導を強要するのではなく、投手それぞれと対面で話し合いながら、彼らが課題としているものを気づかせ、それをどのように克服していくのかを説明していくという対面指導をモットーにしている。単に技術指導をするのではなく、選手たちの意識改革も目指している。

 例えば練習メニューについても、投手として何が必要なのかを理解させることで、効果的な練習をさせるようにしている。大学野球部の学生マネージャーから確認したところでは、選手たちからも「分かりやすい指導」と好評だという。

 「まずはしっかり投げられるかたちを身につけることが一番です。それができた後で、もっとしっかり腕を振れてて、球速を上げるために何が必要なのかを考えて強化していけばいいんです。選手それぞれ違うのに、同じ練習をしていて同じ効果が得られるはずはないですよね」

【自らの希望で統括コーチに就任したワケ】

 水尾氏はあくまで福井工大出身であり、高校、中学校とは大きな繋がりはなかった(高知県の明徳義塾高校出身)。それでも今回コーチ就任にあたり、自ら希望して統括コーチにしてもらったという。そこには水尾氏が抱く理想像があるからだ。

 「せっかく中高大の一貫校なのに、残念ながら高校から大学に進学してくれる選手がほとんどいないんです。もっと大学に優秀な選手たちが入ってもらえるように、中学生や高校生に大学でどんな指導をしているのかを感じてもらいたかったですし、高校、中学の監督、コーチと話し合いながら一貫した指導ができるようになれば、時間をかけて素晴らしい投手を育成できるのではと思いました」

 つまり統括コーチを務めることで、選手によっては最大で10年間指導できるわけだ。特に野球選手の成長期として重要な中学、高校から正しい投げ方をしっかり習得させることで、故障の少ない身体、技術を身につけさせ、大学でその才能を開花させるという長期ビジョンを組み立てることができるのだ。

【引退後に掲げた2つの大きな目標】

 すでにオーナーシェフとして成功していた水尾氏が、球界に復帰する必要性はなかった。にもかかわらず、今回コーチ就任を決断したのは、彼が引退後に掲げていた2つの大きな目標があったからだ。

 「引退してから2つの目標がありました。1つは手に職をつけること。これはお陰様で叶えることができました。もう1つがこれまで選手として得た知識、経験をいつか野球界に恩返しできればと思ってました」

 実は水尾氏はこの3年間、レストランの休日を使って月1回福井工大で臨時コーチを務めていた。だが月1回の指導だけではすべての選手たちに目を向けられないばかりか、単純な指導しかできないというもどかしさも感じていた。自分の知識、経験をすっかり後輩に伝えていきたいという熱い思いも、コーチを引き受ける大きな要因になったようだ。

【アマチュア球界に新風を吹かせる?】

 これまでアマチュア球界では、各世代の指導者たちがあまり交流なく選手たちを指導してきた。中学、高校、大学で強豪校はそれぞれが一番を目指しながら指導してきた。だが水尾氏は世代間乖離をなくし、中学から大学まで一貫指導できる環境を整備し、各世代の指導者たちが意思疎通をとりながら指導していければと考えているのだ。

 これは裏を返せば、各世代で選手に無理させることなく、彼らを守る行為でもある。水尾氏の指導が脚光を浴びるようになれば、アマチュア球界の指導法に新たなトレンドをもたらすことになるかもしれない。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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