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米国のコーチたちは、日本選手に対してどのような自覚なき偏見を持っているのか。

谷口輝世子スポーツライター
(写真:アフロ)

 昨年12月、オハイオ州立マイアミ大学の運動・健康学部のホーン教授の話を聞く機会があった。テーマは「効果的なユーススポーツのコーチング指針」である。

 話が始まってしばらくすると、「日系米国人バスケットボール選手に対するコーチのバイアス」というスライドが映し出された。

 米国で活躍する日本人アスリートたちの顔が思い浮かんだ。バスケットボールでは、昨年10月下旬に渡辺雄太がNBAデビューを果たしたばかりでもある。

 米国にはアジア人へのバイアスやステレオタイプがあるという。白人や黒人選手に比べて身体的に小柄、攻撃的でない、などだ。

 日本で生まれ育ち、米国でプレーする日本人選手は、日系米国人ではない。けれども、彼らも、日系米国人と同じようにコーチの無意識のバイアスやステレオタイプと戦っているはずだ。むしろ、日系米国人よりも、もっと厳しい戦いをしているだろう。日系人は米国社会で育ってきているが、日本で育った日本人は言葉や文化の違いという壁も乗り越えなければいけない。

 後日、ホーン教授に講演で使った「日系米国人選手に対するコーチの自覚なき偏見」についての資料を送ってもらった。

 論文のタイトルは「Japanese American Youth and Racial Microaggressions in Basketball Leagues」論文の著者はChristina B.Chinさん。カリフォルニア州立大学フラトン校の研究者だ。

 この論文は、カリフォルニア州の「パシフィック・コースト・ユース」というスポーツ組織に籍を置く日系米国人バスケットボール選手やコーチを調査したものだ。選手の学年は3年生(小3生)、6年生(小6生)、9年生(中3生)、12年生(高3生)。強豪大学でプレーする選手を対象としたものではなく、主に米国の学校のバスケットボール部で、日系米国人選手が無意識の偏見や小さな差別に直面しているか、どのようなバイアスにさらされているのかという内容だ。

 日系米国人のバスケットボール選手は、コーチから悪意のない小さな差別に直面しているという。

・身体的に劣るという考え。

 アジア人の体は、他の人種の体に比べて小さく、他の人種の身体に比べて劣る。

・コート上での過小評価。

 他の選手と比べて身体がそれほど小さくなくても、ゲームにおける十分な積極性、攻撃性があるのか、指導者 、対戦相手、周囲が疑問を持つ。

・アジア系移民であることのステレオタイプ。

 米国には、アジア系米国人に対し、「モデル・マイノリティ」という先入観がある。一般的に勤勉で、生産的で、攻撃的ではないなどとして好意的に捉えられていることが多い。しかし、このステレオタイプは、調査対象となった日系米国人の子どもがバスケットボール活動をするなかでは、好ましくない経験としてはねかえっていた。コート上での過小評価や周囲から「選手らしくない」、「選手のように見えない」と見られていた。

 調査中、一人の男子選手は「アジア人は賢い、アジア人は勉強する、医者や専門職になる。アジア人はプロのバスケットボール選手にはならない、と周りの人は思っている」と話したそうだ。他の選手たちも似通った経験があるという。

 また、「パシフィック・コースト・ユース」で日系米国人の子どもを指導するコーチは、日系米国人の高校生が学校運動部のトライアウトで不利を克服しなければいけないことについて、次のような話をしている。

 「背の高さは教えられない」とコーチは言ったという。

 日系米国人の高校生は、背の高い黒人生徒、背の高い白人生徒のような評価をコーチから得難いので、スピードやスキルの点で彼らよりも抜きんでている必要がある。背が高い生徒は技術やスピードが十分でなくても、背が高いからうまくやれるかもしれないという理由でトライアウトに合格することもある。

 

 しかし、日系米国人の場合は、他の生徒よりもスバ抜けて高身長でない限り、バイアスによってトライアウトやチーム内のポジション争いで不利を被るようだ。

 バスケットボールは背が高いほうが有利な種目であることは間違いない。

 「スポーツ遺伝子は勝者を決めるか?」(デイヴィッド・エプスタイン著、福典之監修、川又政治訳 早川書房)には、20歳から40歳までのアメリカ人男性がNBA選手になる可能性は、身長が183センチメートルからスタートして5センチメートル高くなるごとに、ほぼ一桁ずつ上がっている、と書かれている。

 また、身長を基準にして、ポジションのわりに背が低いと言われる選手は、身長を補うためにアームスパンが長いことが多い、とも記されている。

 バスケットボールという種目は、背の高い選手のほうが有利。米国のアジア系やヒスパニック系の平均身長が、白人や黒人の平均身長に比べて低いことは、米国疾病予防管理センターが発表したデータから明らかになっており、事実である。

 

 日系米国人の平均身長が、白人や黒人の平均身長に比べて低いのは、偏見でなくて事実だ。

 しかし、ユース・コーチが「バスケットボール選手に向いていない」、「バスケット選手らしくない体型」とみなし、言葉かけをすることで、伸びるはずの子どもの可能性をつぶしてしまったり、自信を失わせることにつながってしまう。バスケットボールという種目からそれとなく排除することにもなる。人種は生まれもったものであるし、背の高さも本人が努力したからといって、そうそう伸びるものではない。

 冒頭のホーン教授はスライドを見せた後で、ユーススポーツの指導者は、知らず知らずに偏見を持ってしまうことで、選手の成長機会をつぶさないように気をつけるべきだ、としている。

 大学の強豪校やプロは実力の世界。コーチたちも人種差別などしていないという意識を持っているはずだ。しかし、知らず知らずのうちにバイアスのかかった評価をしたり、先入観を持ったりしていることはあるかもしれない。

 米国では、たとえ背が高くても、日系人、アジア系移民は、強さや攻撃性が足りないというステレオタイプがある。それを打ち破って、日本人のバスケットボール選手たちは素晴らしい活躍をしている。

 同時に、日本の学生スポーツ界で活躍する留学生たちに対して、日本人の指導者やファンが「できて当然」、「うまくて当たり前」という視線に偏ることで、彼らの成長の可能性をつぶしていないかということにも気をつけなければ、と思う。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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