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公開処刑の寸前「金正恩の聖地」から妻子を連れ出した男の逃避行

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮の兵士(デイリーNK)

 朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の軍官(将校)と言えば、安定した生活が営め、社会的地位も高い、あこがれの職業だった。しかし、それは過去の話だ。

 下級軍官の場合、月給は一般労働者と変わらない3000北朝鮮ウォン(約54円)前後だ。食糧はまともに配給されなくなり、経済活動への参加が禁じられているため、極貧生活を余儀なくされるケースもある。

 そんな暮らしに耐えかねて、ある軍官一家が忽然と姿を消した。両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

 事件の舞台となったのは、大規模な再開発が行われた三池淵(サムジヨン)。2.16師団に勤務していたある軍官は、妻の行っている商売で生計を立てていたが、何らかの理由で大きな借金を背負い込むことになった。

 一家のもとには借金取りがやってくる事態に。何とかするため、軍官は、三池淵の再開発工事に使われる資材を横領していた。ところが、「今月10日以降に三池淵建設についての総合的評価が行われる」との話を師団の指揮部から聞いた軍官。以前から「横領に手を染めている」との噂が絶えなかったが、9日の夜になって妻と娘と共に忽然と姿を消した。

 北朝鮮の「正史」において、故金日成主席が抗日パルチザン活動を行ったとされている三池淵は、金王朝の聖地だ。その再開発事業も金正恩総書記が主導しているもので、横領が発覚すれば公開処刑などの極刑を下されるのは間違いない。

(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

 中国との国境に接する地域だけあって、横領がばれるのではないかと不安を感じた一家が脱北したのではないかという疑惑が浮上。妻の親戚が中国に住んでおり、脱北の手助けをしたのではないかと噂されている。

 事件を受けて、秘密警察にあたる軍の保衛部と三池淵市の保衛部が合同で捜査に乗り出した。保衛部が軍官の自宅に着いたときには、「軍官一家が飛んだ」との噂を聞きつけた借金取りが大勢押し寄せ、鍋釜など金目のものを持ち去ろうと大騒ぎになっていた。

 保衛部は、家の接近を禁じた上で、夜通しで現場検証を行い、国境警備を担当する国境警備隊、暴風軍団、さらに保衛部、安全部(警察署)、労農赤衛隊(民兵組織)など兵力を総動員して、地域の完全封鎖を行った。

 事件発生は、朝鮮労働党創建日の前日だ。一切の事件事故の発生が許されないタイミングだったため、責任を問われるのを恐れた軍部隊と保衛部は秘密裏に捜査を行ったが、後に平壌の国家保衛省に報告した。

 保衛部は、一家が脱北して中国に潜入したかもしれないが、さすがに韓国までは行けていないだろうと見ているが、韓国政府は、入国した脱北者について公式の確認を行わないことから、一家が中国にいるのか、韓国まで逃げおおせたのかは不明だ。もし、韓国に行ったところが分かれば、軍部隊や保衛部関係者の責任問題となる。

 また、脱北にあたって国境警備隊の隊員と結託した可能性がないのかなど、捜査を行っている。

 最近、生活のあまりもの厳しさ、将来性の無さ、そして、退役後の待遇の悪さなどに悲観して軍を辞める軍官が相次いでいる。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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