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フランシス・ダナリー、3枚組の新作アルバム『紫の城壁の詩』を語る【前編】

山崎智之音楽ライター
Elsie, Frankie and Dad / courtesy of IAC

フランシス・ダナリーが2022年3月25日、ニュー・アルバム『紫の城壁の詩~希望、深淵、そして新世界 - The Big Purple Castle』を発表する。

『希望』『深淵』『新世界』の三部構成からなるCD3枚組の本作だが、決して大仰な大作主義に走ることなく、時に辛辣に、時にハートウォーミングにフランシスの経てきた経験や人生観、2人の子供への愛情を描いたシンガー・ソングライター・アルバムに仕上がっている。

イングランド北部に生まれ育ちながら、現在はアメリカのペンシルヴァニア州レイク・アリエルに住むフランシスがインタビューに応じてくれた。“ザ・ビッグ・パープル・キャッスル”の城主に訊く全2回のインタビュー記事、まず前編は『紫の城壁の詩』についてじっくり語ってもらおう。

Francis Dunnery『The Big Purple Castle』(Inter Arts Committees / 2022年3月25日発売)
Francis Dunnery『The Big Purple Castle』(Inter Arts Committees / 2022年3月25日発売)

<“大きな紫のお城”に遊びに行こう!>

●『紫の城壁の詩~希望、深淵、そして新世界 - The Big Purple Castle』、まさに待望の新作ですね。2016年の日本公演からしばらく音沙汰がありませんでしたが、3枚組のアルバム、ウェブの特設サイトのEDR(エンハンスド・デジタル・リリース )コンテンツ、同時にイット・バイツの『ライヴ・イン・ロンドン』CD5枚組+ライヴ・イン・ジャパンのセットもリリースされるなど、もう堪能し過ぎてお腹いっぱいです!

ハハハ、気に入ってくれて嬉しいよ。情報過多かな?とも思ったけど、自分がファンの立場だったら何を求めるか?...と考えたんだ。そして、エヴリシングだという結論に達した。たくさん曲を聴きたいし、解説もあったら最高だ。だからすべてを提供することにしたんだよ。

●本当に久しぶりのオリジナル・アルバムですね。『リターン・トゥ・ザ・ワイルド・カントリー』『ヴァンパイアーズ』(2016)は過去の曲のリメイク・アルバム、『フランケンシュタイン・モンスター』(2013)はカヴァーを主とするアルバム、『Made In Space』(2011)はギター無しの“外伝”的アルバム、『There's A Whole New World Out There』(2009)もリメイク・アルバムだったので、オリジナル・スタジオ・ギター・アルバムとしては『The Gulley Flats Boys』(2005)以来?

うーん、自分では意識していなかったけど、16年になるんだね!時間の流れの速さには驚くよ。ただ、『Made In Space』を“外伝”とは考えていない。曲もメロディも僕のものだし、僕のオリジナル・アルバムだよ。ギターを弾かないというのは、自分自身のアイデンティティを問うことだった。ギター無しで、自分に何が出来る?ってね。額縁を替えても自分の描いた絵画であることには変わりない、そんな感じかな。アーティストとして、クリエイティヴであることは大事だと思うんだ。安全圏の外側に身を置くことで、新しいことをするようになる。実験的なアルバムだし、みんなのお気に入りではないかも知れないけど、僕は誇りにしているよ。...そうそう、最近『The Gulley Flats Boys』をリミックスしたんだ。まるで新しいアルバムのようで、すごく良くなったよ。

●アルバムを発表していない期間も、新曲は書いていましたか?

うん、いつでも曲を書いているよ。毎日24時間、メロディや歌詞が頭の中を巡っているんだ。アルバムを作ってアイディアを形にまとめることは、自分にとって“救済”でもある。『紫の城壁の詩』では膨大な量のアイディアを曲にして、自分の中から解き放つことが出来た。35年ぐらい前からのアイディアもあったんだ。「孤独なフリーウェイ (原題:Love’s Freeway)」なんて、14歳のときに書いたんだ。もちろん長いキャリアを経てソングライティングやアレンジの経験を積んだことで、完成度の高いものになっているけどね。決して“キャリアの集大成”とか大袈裟なものではなく、車庫にあるスペアパーツみたいに、ずっと置いてあったんだよ。

●昔の曲が熟成するまで待つのですか?

不思議なことだけど、曲が教えてくれるんだよ。「そろそろ出番だよ。完成させてくれ!」ってね。

●イット・バイツ時代のアイディアは使いましたか?

いや、イット・バイツ時代に書いた曲のアイディアは最初のソロ・アルバム『ウェルカム・トゥ・ザ・ワイルド・カントリー』(1991)でだいたい使ってしまったからね。それより前か、ソロになってからのものばかりだよ。

●最近はどんな活動をしていますか?ツアーはしていますか?

ツアーはもうあまりしないんだよ。2016年の日本公演の後に1回イギリスをツアーしたかな...ここ数年は年4回ぐらいイギリス国内でショーをやって、数回アメリカでもアコースティック・ショーをやる程度だ。ツアー・バスとホテルの日々は一段落した感じかな。それに音楽をプレイする以外のことにも多くの時間を割いているからね。講義もするし、学校に通ったりもする。心理占星術家としてカウンセリングも行っているし、することはたくさんあるよ。もう59歳で、歳を取ったせいかも知れないけど、今のロック音楽には共感をおぼえないし、自分がその一部だとは思えない。それは今に始まったことではなく、もう1990年代初めのグランジあたりから判らなくなったよ。

●2016年の日本公演はあなたにとって現時点で最後の国外ツアーでしたか?

うん、そうだね。華々しいフィナーレではなかったかも知れないけど、すごく楽しかった。日本でプレイするのは、いつだって最高の気分だよ。イット・バイツで初めて日本に行ったときは、人生で最高の瞬間だった。街はきれいだし、人々は礼儀正しいし、素晴らしい経験だった。映画『ブレードランナー』の中にいるようだったよ。2016年のジャパン・ツアーも素晴らしい経験だったけど、裏事情は大変だったんだ。普段とは異なるバンド・メンバーだったから、2日間ですべての曲を修得しなければならなかった。それに当時のパートナーとの関係も壊れつつあったし、難しい時期でもあったんだよ。

●その後、どんな活動をしてきましたか?

2018〜2021年はアルバム作りをしていた。約3年かかったんだ。そのあいだに12年以上人生のパートナーだった相手との別れがあったし、経済的なトラブルにも見舞われた。2人の子供たちにとっても、両親が別れるというのは辛い経験だっただろう。だからこそ音楽がエモーショナルになったことも事実だけど、すごく辛い時期だったんだ。...これまでずっとアルバムを出さなかったのは、比較的平穏な生活をしてきたことも理由だった。人生に波乱があった方が、曲のアイディアが浮かぶんだよ。だから3枚組のアルバムが完成したというのは、決して嬉しいことではないのかもね。

●「我が友、スタンリー (原題:My Friend Stanley)」のような曲は実際の破局を反映しているのですか?

その通りだよ。ただ、自分の経験として歌うのではなく、ひとつの物語として描きたかった。だからスタンリーというキャラクターを設定して、第三者の視点から歌にしたんだ。

●普段、お子さんと暮らしているのですか?

いや、エルシーとフランキーという2人の子供は普段はコネチカット州で母親と一緒に住んでいるんだ。だけどたまの週末や長い休みのときは、ペンシルヴァニア州レイク・アリエルで僕と一緒に過ごしているよ。車で片道3時間半かかるから、なかなか会えないのが悩みだけどね。ただ、僕は今年の夏にコネチカット州に引っ越して牧場を始めるつもりだから、もっと頻繁に会えるようになる。

●何故レイク・アリエルに住むことにしたのですか?いつ頃から住んでいますか?

家族と離れて1人で住むのに、安い家を急いで探す必要があった。それでここに落ち着いたんだ。もう4年間住んでいるよ。ホリデー・パークみたいな場所で、今では600%ぐらい値上がりしたけどね。だからこの家は貸し出して、コネチカットに引っ越すんだよ。

●“ザ・ビッグ・パープル・キャッスル”というのはレイク・アリエルの家のこと?

うん、そうだよ。子供たちを初めて母親抜きで家に連れてきたとき、とても不安そうだった。フランキーは当時3歳だったしね。だからおとぎ話みたく“大きな紫のお城”に遊びに行こう!と言ったんだよ。両親が別れた暗くて寂しい家とは思わないで欲しかった。

●田舎のホーム・スタジオでたくさんの曲を書いたアルバムの作風からして、ザ・バンドの『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』からインスピレーションを受けたタイトルかと思いました。

何それ?そういうアルバムが存在するの?知らなかったよ(笑)。家の屋根が紫とピンクを混ぜたような色だから、そう名付けたんだ。

●エルシーとフランキーはアルバムで手拍子を取ったり歌ったり、「ミル・ミルの時間 (原題:Mill Mill Reigns Supreme)」を書いたり、ジャケットにも登場するなど、大フィーチュアぶりですね。

そうだね。アルバムのレコーディングでも常に彼らのことが頭にあったし、『紫の城壁の詩』は彼ら抜きでは作ることが出来なかったよ。彼らはいつだって歌っていて、家にはいろんな楽器があって、2人ともしょっちゅうドラム・キットをドカドカ叩いているよ。彼らとバンドを組むのが僕の夢だけど、どうなるかな。...エルシーは2012年、フランキーは2015年生まれだ。彼のフル・ネームはフランク・ダネリーだけど、僕の母親がかつて僕をフランキーと呼んでいたように、彼のことをフランキーと呼んでいるんだ。

Francis Dunnery / courtesy of IAC
Francis Dunnery / courtesy of IAC

<金儲けや人気より、自分に誠実な音楽を生み出すことが大事だ>

●3枚組アルバムを『希望 - Hope』『深淵 - Underworld』『新世界 - Renewal』の三部構成にしたのは?

アルバムの曲を書き溜めていくうちに、大まかに3タイプに当てはまることに気づいたんだ。希望に満ちたポジティヴな曲、地下世界を歩くような陰鬱な曲、そんな状態から脱して再び自分らしさを取り戻す曲というものだよ。いわゆるコンセプト・アルバムではないけど、まとまりのある作品なんだ。アルバムで留意したのは、あまり長くなったり、情緒過多にしないことだった。40曲ぐらい収録されているけど、どれもコンパクトな仕上がりだし、飽きることはないと思うよ。飽きる前に次の曲に移ってしまうからね(笑)。ここ“ザ・ビッグ・パープル・キャッスル”での生活を反映しているんだよ。いろんな出来事が起きるけど、基本的に楽しい日常を過ごしているんだ。子供たちが母親の元に帰ってしまうと寂しいし悲しいけど、次に会えるときが楽しみでワクワクする。

●アコースティック・ギターのバッキングと、エレクトリック・スライド・ギターがサウンドの軸となっていますが、この構成になったのは?

自分のミュージシャンとしての強みは、リズム・ギターだと思うんだ。リードよりもリズム・プレイの方が、自分の個性が表れているよ。馬鹿でかいドラム・サウンドが入ってくるとギターが埋もれてしまうから、ドラムスはあまりフィーチュアしないようにしている。

●「支配される世界 (原題:The Whole World On My Shoulders)」など自伝的、あるいはダナリー家の年代記的なアルバムだといえるでしょうか?

僕の両親や子供のことは歌っているけど、年代記というほど範囲は広くなく、ここ10年前後ぐらいだよ。

●キム・ジョンウン、米ソ冷戦、キム・カーダシアン、ロドニー・キングなど、時代性を感じさせる出来事や人々を登場させたのは意図したのですか?

まあ、そういうわけでもないけどね。自然にインスピレーションが浮かんだんだ。キム・ジョンウンは単に語呂が良かったから使っただけだし、「ロドニー・キングの言葉 (原題:The Rodney King Song)」はロサンゼルス暴動のときに書いた曲だった。もう30年前、まだ酒を飲んでいた頃だよ。悪夢の中にいるようだった。それから間もなく酒を止めたのは、現場で暴動を経験したことも理由のひとつだったと思う。

●「卵殻の上を歩く (原題:Walking On Eggshells)」の“女性でいるのは大変だけど、男性でいるのはもっと大変”という一節はポリティカリー・コレクトな時代においては性差別的だと誤解されるかも知れませんね。

僕の歌は、あるひとつの視点から歌ったもので、それを僕自身が100%信じているわけでもない。男女問わず、この世界で生きていくのは楽じゃないよ。ただ、昨今の何でもかんでも“ポリティカリー・コレクト”な状況は気に入らないね。僕はもう歳を取り過ぎたし、どうでもいいよ。自分が何を考えるべきか、何を言うべきか指図する奴がいたら、「死にやがれ!」と言ってやる。他の人が自分をどう思おうが、知ったことじゃないね。

●「地球の子 (原題:Earthchild)」の歌詞からはヒッピー思想めいたものも感じますが、彼らとは共鳴しますか?

うん、自分の中にヒッピー的な部分があることは認めるよ。機械文明は苦手だし、スマホも嫌いだ。自然が好きなんだよ。人間は元来動物なんだし、自然と調和するべきだ。我が城“ザ・ビッグ・パープル・キャッスル”ではキリスト教もイスラム教も、大統領も法王も平民も肌の色も関係ない。スマホを置いて、自然と一体化するんだ。

●「理由は簡単 (原題:Easy Is Right)」では“57歳になって、自分の中の炎が消えていく”と歌っていますが、3枚組アルバムを発表する精力的なアーティストのセリフとは思えませんね。

ハハハ、ちょっと謙遜しすぎたかな(笑)。僕が言いたいのは、この世界で自分の存在をアピールする意思が消えていくということなんだ。若い頃は世界をツアーして、ヒットを飛ばして、あれもこれもしたいと考えていた。そんな欲求はすっかりなくなったよ。 道教には“未加工の木材”という概念がある。馬は走り、水を飲み、草を食べるけど、それは誰かに教わったものではない。ただ“ある”ものなんだ。人間も同じように、ただ“ある”べきなんだよ。この曲を書いて2年、僕は59歳になったけど、残りの人生をそうあろうとしているんだ。曲を書いて演奏することは自分の人生の重要な一部であり続けるし、それを聴いて楽しんでくれる人がいたら嬉しいけど、ショービジネスには興味がないんだ。

●「ガンズ&ローゼズ」「デヴィッド・シルヴァー」「レヴェル・フォーティトゥ」など、曲間に音楽ネタを交えたショート・コントが楽しいですね。英語のヒアリングがかなり難しいですが...。

ああ、僕の出身地であるイングランド北部のアクセントだから、訛りがキツくてペンシルヴァニアの人間でも聴き取れないよ(笑)。話している内容も地元のジョークとか坂本龍一&デヴィッド・シルヴィアンの「禁じられた色彩」とか、アメリカ人にはチンプンカンプンだろうな。ガンズ&ローゼズをガンズとローゼズという2人の漫才コンビだと勘違いしたり、坂本龍一を“リッチー・サコメーター”って中国人だと思い込んでいる酔っ払いのコントとかね。数曲ごとにインターヴァルを挟むことで、息抜きにしたかった。まあ正直、悪ノリだから、日本でリリースするCDからはカットするかも知れない。

(注:今回輸入盤国内仕様でリリースされるCDではアーティストの意向によりカットされた)

●『紫の城壁の詩』は自主レーベルからのリリースとなり(日本では“IAC MUSIC JAPAN”から)、メジャーのレコード会社のようにヒット・シングルを求められるプレッシャーはないと思いますが、もしシングル化するとしたらどの曲にしますか?

うーん、「紫の城壁 (原題:The Big Purple Castle)」「我が友、スタンリー (原題:My Friend Stanley)」「嘆きの石 (原題:Paving Stones)」あたりかな。僕の音楽はラジオやMTV向きではないと思う。“ヘヴィ・メタル”や“ヒップホップ”みたいな判りやすいジャンルに属していれば、そういう専門ラジオ局で流してもらえるんだろうけど、どこにも属さないからね。マーシャルの壁を背中にしながらステージを跳びはねて悪魔について歌うなんて、僕には出来ないよ。今更ロングヘアにも出来ないしね(苦笑)。金儲けのためだったら、どこかのジャンルに属した方が売り出しやすいんだろうけど、そんなのはごめんだよ。僕はいつだって自分の可能性を広げようとしてきた。その姿勢はこれからも変わらないよ。金儲けや人気より、自分に誠実な音楽を生み出すことが大事なんだ。

後編記事では『紫の城壁の詩』をさらに掘り下げながら、フランシスの音楽性のルーツ、そしてイット・バイツ時代の秘話について語ってもらおう。

Francis, Elsie and Frankie Dunnery / courtesy of IAC
Francis, Elsie and Frankie Dunnery / courtesy of IAC

【アルバム特設サイト】

The Big Purple Castle - Songs and Stories For The Heart

http://thebigpurplecastle.com/

【国内レーベル・サイト】

エンタテインメント事業−IAC(インター・アート・コミッティーズ)グループ - INTER ART

https://www.interart.co.jp/business/entertainment.html

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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