イスラエル「ホロコースト前のユダヤ人オリンピック選手」の写真や動画展示 多くが収容所で殺害
戦前の写真や動画をデジタル化して再現「ホロコーストの記憶のデジタル化」
第二次世界大戦の時に、ナチスドイツが支配下の欧州で約600万人のユダヤ人を殺害した、いわゆるホロコースト。イスラエルのエルサレムにある、ヤド・バシェムは第2次大戦時にナチスドイツによって殺害されたユダヤ人らを追悼するための国立ホロコースト博物館である。
そのヤド・バシェムが2024年8月のパリ五輪開催を機に、第二次世界大戦前のオリンピックで活躍したユダヤ人の選手らをオンラインで紹介している。「Jews and Sports Before the Holocaust: A Visual Retrospective(ホロコースト前のユダヤ人とスポーツ:バーチャル回顧展)」というタイトルで、世界中からアクセスできる。
スポーツの種目ごとに、活躍したユダヤ人選手らのモノクロ写真や当時の貴重な動画を掲載している。またユダヤ人選手のホロコーストによる、その後の運命も紹介されているが、ほとんどのユダヤ人選手が絶滅収容所で殺害されてしまっている。
1928年のアムステルダム五輪で体操で金メダルを受賞したエステラ・アグステリベ選手は1943年にアウシュビッツ絶滅収容所に移送されて、2人の子供と一緒に殺害されてしまった。アグシテリベ選手のアムステルダム五輪での体操競技の貴重な動画も公開されている。
戦後約80年が経過しホロコースト生存者らの高齢化も進み、多くの人が他界してしまった。ヤド・バシェムなど世界各地のホロコースト博物館では、当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。
ホロコースト前のユダヤ人らの当時の写真や動画はとても貴重である。オリンピック選手だから、多くの写真や動画が各国の当局や放送局などに保管されて、現在まできちんと公式の記録に残っている。このようにホロコースト前の写真や動画と本人の名前が一致して、デジタル化されて現在まで残っているユダヤ人は恵まれているほうである。
ホロコーストで殺害されてしまい、家族や親せきごと殲滅されてしまった人も多い。そしてホロコースト前の写真が一枚も残っていない生存者や、写真が残っていても、その写真が誰なのか全く手がかりがなくて、わからないユダヤ人もとても多い。
▼1928年のアムステルダム五輪で体操金メダルを取得して1943年にアウシュビッツ絶滅収容所で殺害されたユダヤ人のアグステリベ選手