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遺作でオスカー受賞はあるか?故チャドウィック・ボーズマンの偉業への道

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
(写真:REX/アフロ)

 先週の金曜日からNetflixで配信がスタートした『マ・レイニーのブラックボトム』は、『フェンス』(85)等で知られるアメリカの劇作家、オーガスト・ウィルソンによる同名の舞台劇を、トニー賞やオビー賞等、数多くの演劇賞に輝く劇作家で監督のジョージ・C・ウルフが映画化した作品。2013年にデンゼル・ワシントンが『フェンス』の映画版(16)を監督することになった時(同作ではヴィオラ・デイヴイスがアカデミー助演女優賞を受賞)、ワシントンが監督するもう1本の作品としてリストアップされていた。2015年にはワシントンが監督からプロデュースに回り、息子のジョン・デヴィッド・ワシントン、サミュエル・L・ジヤクソン共演、バリー・ジェンキンス監督で起動し始めたこともあった。しかしその後、製作元が当初のHBOからNetflixに移行し、ワシントンのプロデュース作品として、予定はやや遅れて2019年にピッツバーグで撮影がスタートする運びとなる。

『マ・レイニーのブラックボトム』のC.ボーズマン(中央)
『マ・レイニーのブラックボトム』のC.ボーズマン(中央)

 物語の舞台は、1920年代のシカゴにあるレコーディング・スタジオ。ブルースの女王、マ・レイニー(ヴィオラ・デイヴィス/実在する人物にインスパイアされている)が同じ黒人ばかりのバンドメンバーを従えて、トラブル続きのレコーディングにトライしている。何かにつけてわがままなマ・レイニーは、白人のマネージャーやスタジオのオーナーに事あるごとに無理難題を言って困らせている。しかし、何よりもマ・レイニーを苛つかせるのは、女に手が早く、勝手なアレンジを提案してくる作曲家志望の若いトランペッターのレヴィ(故チャドウィック・ボーズマン)だ。レヴィには音楽界で大成する夢があり、陰でスタジオ・オーナーがそれを奨励している。

 マ・レイニーとレヴィ。当時の白人社会に対して対照的な態度で対峙しようとしているかに見える2人が、実は、根底では同じ怒りを内に秘めていることが分かる後半で、役者たちが一層輝き始める。特に、それまで野心的な若者を軽妙に演じていたボーズマンが、一転、想像を絶する衝撃的な告白へと至る後半では、強烈な説得力と吸引力を発揮する。軽妙から重厚への素早い切り替え、言い換えれば演技のグラデーションが凄いのだ。

 本作がクランクインした時点で、すでに末期の大腸癌を宣告されていたボーズマンだが、撮影中、病気の治療を受けながらカメラの前に立っていたことを共演者たちも知らなかったと言うから驚く。そして、ボーズマンは今年8月28日、43歳の若さでこの世を去る。彼にとって14本目の映画『マ・レイニーのブラックボトム』は、同時に遺作となった。

C・ボーズマン
C・ボーズマン

 すでに始まっている本年度の賞レースでは、日曜日に発表された第46回ロサンゼルス映画批評家協会賞の主演男優賞に輝いたボーズマン。(次点は『サウンド・オブ・メタルー聞こえるということ』のリズ・アーメッド)。業界紙”Variety”の予想でも、2番手のアンソニー・ホプキンス(『The Father』)を抑えてトップを走っているし、同じく”The Hollywood Reporter”でも、ホプキンス、アーメッド、『ザ・ファイブ・ブラッズ』のデルロイ・リンドー、『Minari』のスティーウン・ユァンと並んでフロントランナーの5人に選ばれている。

マ・レイニーのヴィオラ・デイヴィス
マ・レイニーのヴィオラ・デイヴィス

 一方、来年1月11日に発表される2021年ゴッサム・インデペンデント映画賞に於いて、ボーズマンはヴィオラ・デイヴィスと共に開催30周年を記念して設けられたトリビュート賞を贈呈されることが決まっている。去る12月6日には、MTVムービー&TVアワード2020のヒーロー・オブ・ジ・エイジズ(時代のヒーロー)を贈呈されたボーズマン。プレゼンターを務めたマーベル作品の共演者、ロバート・ダウニー・Jrは、「スーパーヒーローが何かと言うことを真に体現した革新的な俳優で、スクリーン上のアイコンだった」と表現して、その早すぎる死と、映画界に与えた影響と損失の大きさを強調した。ダウニーの言葉にもあるように、ボーズマンは黒人としての怒りと悲しみをその端正なルックスと物静かな佇まいの中に隠して、人々の心に真実を届け続けた得難い逸材。声高ではない分、その説得力は半端なかった。BLM運動が巻き起こったこの年に、チャドウィック・ボーズマンを失ったハリウッドの、アメリカ社会の喪失感の大きさを、死後に授与された数々の映画賞は物語っているのではないだろうか。

C.ボーズマン
C.ボーズマン写真:ロイター/アフロ

 4月に予定されている第93回アカデミー賞でも候補入りは確実だろう。亡くなった俳優にオスカーが与えられた例としては、やはり、『ダークナイト』(08)のヒース・レジャー(助演男優賞)が思い浮かぶ。『ネットワーク』(76)のピーター・フィンチは死後に初めて演技部門でオスカー(主演男優賞)に輝いた俳優として記録されている。しかし、ボーズマンには『ザ・ファイブ・ブラッズ』で助演男優賞候補の可能性があり、もし、同じ年に2部門で候補入りを果たしたら、ジェームズ・ディーンを超えて(ジミーの場合は死後に『エデンの東』(55)と『ジャイアンツ』(56)で2年連続候補)記録を達成してしまう。

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映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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