Googleがメディアに報酬、「陽動作戦」が明暗を分ける
メディアへの報酬支払い義務化を避けたいグーグル。その「陽動作戦」は、1日違いで明暗を分けた――。
ニュースコンテンツへの使用料支払いについて、グーグルは21日、フランスのメディア団体との合意を発表した。だがその翌日、オーストラリア上院公聴会では一転、使用料支払いを巡って「サービス停止」の可能性も宣言した。
政府、メディアとプラットフォームが対峙し、世界が注目するニュース使用料支払いを巡る攻防。いずれも、ニュースコンテンツを利用するプラットフォームに対し、法の枠組みによって一定の強制力をはたらかせるという議論だ。
なのになぜ、正反対ともいえる対応になっているのか。
使用料支払いが際限なく広がらないための「歯止め」が担保されているか――グーグル(やフェイスブック)が懸念するのはこの点だ。
グーグルは当初、フランスでも支払いに抵抗。政府や司法に追い込まれながらも、「ニュースショーケース」という新たなサービスを"当て馬"とする戦略で、辛うじてこの「歯止め」は確保したようだ。
ところがオーストラリアではこの交渉が暗礁に乗り上げ、グーグルは「検索サービス停止」を持ち出した。グーグルは同様の議論の果てに、スペインでグーグルニュースを閉鎖した前例がある。
米国政府もグーグル、フェイスブックの後押しに乗り出す中で、オーストラリアのモリソン首相は「脅しには屈しない」と、議論は過熱する。
議論の行方次第で、この問題は他の国々にも波及する。
それだけに、グーグルも強気の構えを崩さない。
●フランスでの決着
フランスメディア283社が加盟する「一般報道同盟(APIG)」とグーグルフランスは1月21日、こんな共同声明を発表した。
これは、ほぼ2年にわたる、フランス対グーグルの攻防の果ての合意だった。
ネット広告収入の大半を支配するグーグル、フェイスブック。これらの米国プラットフォームにニュースコンテンツが「タダ乗り」されているとの不満は、各国のメディア業界に長く渦巻いていた。
特にその不満が強かったEUでは2019年4月、メディアに対し、複製権、公衆送信権などの著作隣接権に基づいて、プラットフォームへの報酬請求を認める新たな「デジタル単一市場における著作権指令」が成立。
新著作権指令は加盟国に2年以内の国内法適用を求めており、その先陣を切って法整備を行い、2019年10月に施行したのがフランスだった。
※参照:Googleが1,000億円をメディアに払う見返りは何か?(10/04/2020 新聞紙学的)
※参照:EU著作権改正:「リンク税」と「コンテンツフィルター」は、本当に機能するのか?(09/15/2018 新聞紙学的)
だが、グーグルはそれに先立つ同年9月に使用料の支払いを拒否。法の施行に対しては、メディアが同意しない限りスニペット(コンテンツからの抜粋)とサムネイル(サンプル画像)の表示を取りやめる、と表明していた。
これを受けてAFPなどのフランスメディアが競争監視機関である競争委員会に申し立てを行う。同委員会は2020年4月、「グーグルの対応が、支配的地位の濫用に当たり、報道機関に深刻で直接的な損害をもたらす可能性がある」と認定し、グーグルに対して、メディアとの交渉に応じるよう命じた。
グーグルはこの命令を不服として、フランス控訴院に異議を申し立てる。だが10月8日、控訴院も競争委員会の判断を支持。
グーグルはメディアとの支払い交渉へと、追い込まれていた。
しかも、フランスで交渉を開始する、ということは、今後、EU加盟国すべてと同様の交渉を迫られることを意味する。
そこで控訴院の判断が出る1週間前、10月1日にグーグルCEOのスンダー・ピチャイ氏が発表したのが、3年間で10億ドルをメディアに支払うというプログラム「ニュースショーケース」だった。
「ニュースショーケース」は、グーグルニュースのモバイル用アプリの新コーナー。10億ドルは、この「ニュースショーケース」に参加するメディアへのコンテンツ使用料、という立てつけになっている。
グーグルは、フランスでの合意発表の前日の2021年1月20日、「ニュースショーケース」の最新状況のリリースを発表している。
それによると、すでに10カ国以上の450近いメディアと提携。この中には、ルモンド、ルフィガロ、リベラシオンなどのフランスメディアも含まれている。
●ラップでくるむ
今回のフランスメディアとグーグルの著作隣接権の合意と、「ニュースショーケース」によるコンテンツ使用料はどのような関係になるのか――それこそがこの合意のカギとなる部分だ。
グーグルが最も嫌がっている点、それはスニペット、すなわちコンテンツの抜粋に金を払うことだ。
見出し、リンク、スニペットは、グーグルのあらゆる検索結果表示の構成要素だ。スニペットやリンクに金を払うことを認めると際限がなくなり、グーグル上のあらゆる表示結果に金を払うことにもなりかねない。
そこでグーグルが、いわば"当て馬"として打ち出したのが「ニュースショーケース」だ。
スニペットに金を払うのではなく、契約を交わした個別メディアに対し、「ニュースショーケース」のコンテンツ使用料として金を払う――。
この立てつけならば、金の支払先の範囲は十分にコントロール可能だ。
共同声明が「各加盟社とのライセンス合意は著作隣接権を含み、『ニュースショーケース』での配信を可能にする」としているのが、この部分だ。
法律が要求しているのは、著作隣接権に基づく報酬支払いだが、それを「ニュースショーケース」というラップでくるんでしまい、あくまで特定のサービスでの支払い、という体裁をとる。
さらに、業界団体を窓口とした枠組みで「歯止め」を明確化している。ただ、APIG加盟社以外との交渉も排除しない、とは述べている。
報酬額は、メディアの影響力、日々の配信本数、月間のネット上のトラフィック、などの基準から個別に算定される、という。
テッククランチの報道によると、グーグルは「ニュースショーケース」の枠組みが、新著作権指令による各国での法整備をあらかじめ想定したものであるとしている。
そしてグーグルは、これがあくまで「ニュースショーケース」での支払いで、そこに著作隣接権も含む、という立てつけであると説明しているという。
だが、使用料の支払い金額は各社で異なり、非公開。そして、「ニュースショーケース」への支払いと著作隣接権への支払いの区分についても、明らかにされていない。
EU新著作権指令、さらにフランスの改正著作権法には、著作隣接権の適用除外規定がある。「リンク」と「極めて短い抜粋」だ。
「極めて短い抜粋」にスニペットが含まれるかどうかは、グーグルが何に金を払うかに関わる、核心の論点だ。
だが、グーグルはテッククランチの取材に対して、「当社はリンクと極めて短い抜粋ではなく、コンテンツに対して支払いをする」と回答。
メディア側のAPIGは、スニペットは「極めて短い抜粋」には該当しないと説明する。
グーグルにとっては「ニュースショーケース」への支払い、メディアにとってはスニペットを含む著作隣接権への支払い。
それぞれが、それぞれの立場で主張できる玉虫色の決着ということのようだ。
●グーグルの「検索停止」発言
フランスでの合意発表翌日の1月22日、オーストラリア上院経済委員会で午前10時から始まった公聴会で、証言に立ったグーグルのオーストラリア・ニュージーランド担当のマネージングディレクター、メル・シルヴァ氏は、そう述べた。
シルヴァ氏が言うのは「ニュースメディア・デジタルプラットフォーム契約義務化法」のことだ。
やはり公聴会で証言したフェイスブックのアジア太平洋公共政策担当副社長、シモン・ミルナー氏もこう述べている。
フランスにおける議論と並行して、やはりグーグルなどのプラットフォームに、メディアに対するニュースコンテンツへの使用料支払いを法制化する取り組みが続いてきた。
そして、その法案が2020年12月9日、議会に提出された。
だがオーストラリアでは、フランスのような歩み寄りの気配は今のところはない。
シルヴァ氏の上院公聴会での「グーグル検索停止」発言は、その現在地を端的に示している。
フランスとの大きな違いは、コンテンツ使用料発生の条件として、コンテンツの再利用に加えて「スニペットとリンク」がはっきりと書き込まれている点だ。
上述のように、使用料支払いに歯止めが効かなくなることを、グーグルは忌み嫌う。
さらに法案では、プラットフォームとメディアの交渉が不調に終わった場合には、政府当局が仲裁に入り、判断を下すことになっている。この仕組みもメディアに有利だとして、グーグルは反対している。
その上で、合意が成立したフランスと同様に、使用料の支払い対象を「スニペットとリンク」ではなく「ニュースショーケース」とする、という修正案を示している。
オーストラリアは当初から「ニュースショーケース」の対象国になっており、すでにメディア7社が契約を結んでいるという。
ここでも"当て馬"戦略で使用料支払いに歯止めをかけようとしているわけだ。
ただ、今のところはあまりうまくいってはいないようだ。
公聴会の前週に当たる1月13日には、グーグルのスポークスマンはシドニー・モーニング・ヘラルドなどの地元メディアに対して、こんなコメントを出している。
ヘラルドなどの報道によると、これは検索結果からの地元メディアのニュースコンテンツの除外実験だという。
そしてグーグルはすでにスペインで2014年、ニュース使用料を巡り、グーグルニュースを停止した先例もある。
※参照:“グーグル税”はメディアにどれだけのダメージを与えたか(08/02/2015 新聞紙学的)
●「脅しには応じない」
オーストラリアのモリソン首相は、上院公聴会でのグーグルの「検索停止」発言に不快感を示し、さらにこう述べている。
つまり、ルールを決めるのはグーグルではない、ということだ。
やはり公聴会で証言に立った法案の担当部門であるオーストラリア競争・消費者委員会(ACCC)委員長、ロッド・シムズ氏は、グーグルの主張に対してこう述べている。
つまり、「ニュースショーケース」への支払い、というフランスで合意したような"当て馬"戦略は、オーストラリアでは通用しない、との宣言だ。
●米国の懸念
ただ、グーグルの主張には、支援の動きもある。米国政府だ。
公聴会を開催した上院経済委員会への意見書の中で、米通商代表部(USTR)は、法案の修正を要請している。
USTRの懸念するのは、法案が実質的にグーグルとフェイスブックという米巨大IT企業への狙い撃ちになっている点、そして政府当局による仲裁の仕組みがメディア側に有利になっている、とする点だ。
グーグル、フェイスブックは、反トラスト法(独占禁止法)違反で、米司法省、米連邦取引委員会(FTC)、各州司法長官らによる波状攻撃的提訴にさらされている。
※参照:2021年、GAFAは「大きすぎて」目の敵にされる(12/18/2020 新聞紙学的)
だが一方で、米国IT企業への狙い撃ちが世界的に広がることへの警戒感もあるようだ。
議論の行方は、メディアとプラットフォームの今後に少なからぬ影響を与えそうだ。
(※2021年1月23日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)