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「パイレーツ5」は、ジョニデとブラッカイマーのキャリア救世主となるか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「パイレーツ・オブ・カリビアン」5作目のL.A.プレミアに現れたデップ(写真:Shutterstock/アフロ)

ジョニー・デップとジェリー・ブラッカイマーが、すぐそこまで迫った船を、どきどきしながら眺めている。その船には、おそらく、彼らが長いこと手にしていないお宝が乗っているのだ。

今週末、日本を除く多くの国で同時公開される「パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊」は(日本公開は7月1日)、デップとプロデューサーのブラッカイマーにとって久々のヒット作となると期待されている。現在の予測では、北米は8,000万ドルから8,500万ドル程度、世界規模では2億3,000万ドルから2億8,500万ドル程度のデビューになる見込み。北米9,000万ドル、世界規模は3億5,000万ドルデビューだった4作目「〜生命(いのち)の泉」(2011)には劣るが、このスタートならば、 2億3,000万ドルと推測されている製作費と多額のマーケティングコストも十分取り戻せる。そもそも、このシリーズももう5作目で、4作目から6年も経ってしまっていることを思えば、多少勢いが落ちるのは、しかたがないだろう。

何よりも、デップとブラッカイマーは、それくらいのことでがっかりできる立場にはいない。このハリウッドの大物ふたりは、4作目以来、手がける作品をことごとく失敗させてきているのである。

デップの出演作が北米1億ドルデビューを飾ったのは、2010年の「アリス・イン・ワンダーランド」が最後。昨年のこの時期に公開された続編は、北米デビューが2,600万ドル、最終的な北米興収が7,700万ドルと、1億7,000万ドルをかけた大作にしては、情けない結果だった。当時はちょうどアンバー・ハードがデップにDVを受けたと主張し、世間を騒がせた時期で、その悪影響もあったのかもしれない。しかし、それ以外にも「ラム・ダイアリー」「ダーク・シャドウ」「ローン・レンジャー」「トランセンデンス」「チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密」「ブラック・スキャンダル」が、すべて期待はずれの結果に終わっている。挙句には、「Forbes」誌から「ギャラをもらいすぎている俳優」の1位に挙げられてしまった。

今作でもジャック・スパロウは観客を笑わせてくれる
今作でもジャック・スパロウは観客を笑わせてくれる

ブラッカイマーのスランプは、さらに長い。

80年代から2000年代初めにかけて、「フラッシュダンス」「トップガン」「ビバリーヒルズ・コップ」「ザ・ロック」「アルマゲドン」「パール・ハーバー」「ナショナル・トレジャー」など、次から次へと大ヒット作を送り込んだ彼の勢いは、2009年の「お買い物中毒な私!」(2009)あたりから、下り坂となる。1億5,000万ドルの予算をかけた「魔法使いの弟子」の最終北米興収は6,300万ドル、デップと組み、2億ドル以上を費やした2013年の「ローン・レンジャー」は、北米で8,900万ドルしか稼げなかった。これを受けてか、ディズニーは、翌2015年、ブラッカイマーとの長年の契約を解消し、さらに「パイレーツ〜」5作目の公開予定日を延期している(延期の理由は脚本の出来とされているが、ブラッカイマーは、ディズニーと製作費でもめたことを示唆している)。

そういう事情があって、当初の予定より2年も多くの年月が費やされた勝負作が、「〜最後の海賊」だ。タイトルからは、シリーズ最後のような印象を受けるが、先週のL.A.プレミアで、ブラッカイマーは、今作がヒットし、デップがまたやりたいと言って、ディズニーがお金を出してくれるのであれば、「次もやるよ」と語っている。映画のラストも、次に続けられる余地を残した感じで、まだ終わらせたくないというのが、彼の本音だろう。その鍵を握るのは、中国かもしれない。今作が同時公開されるのは、中国がちょうど3連休に当たる時期。世界で2番目の映画市場での成功に賭け、ディズニーは、今作の世界プレミアを上海ディズニーリゾートで実施してもいる。4作目の中国での興収は7,000万ドルと、中国の歴代トップ50位にも入らないが、中国市場はそれ以降に急成長を見せており、前作を上回る数字を出せる可能性は、十分にある 。

これ以降も手堅い作品でキャリアの安定を狙う

「パイレーツ」に限らず、ブラッカイマーは、過去のヒット映画に救いを求めている様子だ。トニー・スコット監督の自殺で製作準備が中断していた「トップガン2」は、ついに、ジョセフ・コシンスキー監督(『オブリビオン』)で、再び動き出した。ほかに、これまたなかなか実現に至らないまま14 年が過ぎた「バッドボーイズ」3作目が、来年11月の北米公開予定を目指し、準備入りしている。「ビバリーヒルズ・コップ4」も、監督が決まった。ただし、これら80年代や90年代の作品に、現代の観客を惹きつける力がどれだけあるのかは、蓋を開けてみるまでわからない。

一方で、デップのほうも、この後は手堅そうな作品が並んでいる。年末公開の「オリエント急行殺人事件」は何度も映像化されてきたおなじみのスリラー。彼以外のキャストも超豪華で、話題性は十分だ。来年の「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」続編も、1作目の世界興収が8億ドルだったことを考えれば、ヒットはほぼ間違いない。2パックの殺人事件を扱う「LAbyrinth」がどう出るかは予測しづらいが、とにかく、「〜最後の海賊」をきっかけに、低迷期からは脱却できそうである。

ただひとつの懸念は、「〜最後の海賊」がハッカーによって盗まれ、ディズニーが「金を払わないならばネット上に流出する」と犯人に脅されていること。この事実が報道されたのは先週のことだが、今のところ、実行された様子はない。ディズニーは「金は払わない」と言っており、ハリウッド業界内でも、前例を作り、模倣犯を増やさないためにも、要求に応じてはいけないと言う声が強い。もし犯人が本当に映画を流出したら、オープニング成績は、確実に打撃を受ける。ジャック・スパロウの憎き敵は、誰にも見えないところにいるのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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