米国は、レバノンへの攻撃を激化させるイスラエルとともにシリアで「抵抗の枢軸」を攻撃
イスラエル軍は9月20日、レバノンの首都ベイルート南部郊外(ダーヒヤ)に対して航空攻撃を行い、ヒズブッラーの作戦部隊司令官を務めるイブラーヒーム・アキールと精鋭部隊のラドワーン部隊司令官複数人を殺害したと発表した。
AFP通信などが伝えたところによると、ヒズブッラーの地盤地域であるダーヒヤに対するこの攻撃では、14人が死亡、数十人が負傷した。
アキールは、1983年の在ベイルート米国大使館爆破事件に対する自爆攻撃(63人が死亡)に関与した主要メンバーの1人とされ、米国は700万ドル(約10億円)の懸賞金をかけて情報収集をしていた人物。
報じられないシリアへの攻撃
9月20日のイスラエルの攻撃は、ダーヒヤに対するものだけではなかった。イスラエルはこの日、昨今のイスラエル軍の攻撃をめぐる日本の報道で驚くほどその名が言及されないシリアに対しても攻撃を実施した。
イスラエル放送協会は9月20日、シリアやレバノンのメディア、カタールのアルジャズィーラ・チャンネル、サウジアラビアのハドス・チャンネルの報道内容、イラク人民兵組織に近いニュース・サイトが引用したシリア治安筋からの情報をもとに、ダマスカス国際空港に至る街道で「要人」1人が乗った車をイスラエル軍が爆撃、この要人と同乗していたと護衛1人が死亡したと伝えた。
イスラエル放送協会によると、殺害された要人は、イラクの人民動員隊に所属するヒズブッラー大隊の司令官の1人アブー・ハイダル・ハッファジーで、攻撃はダマスカス郊外県の住宅地にある指揮所に対して2発のロケットによって行われた。
ヒズブッラー大隊は2003年のイラクでのサッダーム・フセイン政権崩壊直後から活動を始動。2013年からシリア内戦に兵員を派遣、アレッポ市南部郊外などでの戦闘に参加した組織。シリア国内で200人の特殊部隊隊員が活動しているとされる(青山弘之「シリアの親政権民兵」『中東研究』第530号を参照)。
英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団も、イスラエル軍の無人航空機1機が9月20日午前5時頃、シーア派(12イマーム派)の聖地があるサイイダ・ザイナブ町から数キロの距離にある、ダマスカス国際空港に至る街道を走行中の車1台を攻撃、車は炎上し、乗っていたイラクの人民動員隊に所属するヒズブッラー大隊の司令官の1人であるムハンマド・アリー・ハッファージー(アブー・ハイダル)が死亡、護衛が負傷したと発表した。
シリア人権監視団によると、ハッファージーはカルバラー県カルバラー郡アウン区出身の40歳代で、シリアの砂漠地帯からイスラエル占領下のゴラン高原に対する無人航空機による攻撃作戦の責任者をしていた。
ハッファージーらは、ダマスカス国際空港に至る街道沿線に設置されているヒズブッラー大隊の指揮所から、同大隊が所有する休憩施設に向かう途中に狙われたという。
こうした報道に対して、ロシアのスプートニク・アラビア語版はテレグラムを通じて、以下の通り報じており、ハッファージー殺害の真偽は明らかではない。
イスラエルに無人航空機での攻撃を繰り返すイラク人民兵組織
だが、ヒズブッラー大隊が、昨年10月以降、ヌジャバー運動をはじめとする一部のイラク人民兵組織とともにイラク・イスラーム抵抗を名乗って、イスラエルに対する無人航空機での攻撃を行ってきた(と主張してきた)のは事実だ。
イラク・イスラーム抵抗はもっとも最近では、9月18日に、ハイファー市を無人航空機で2度にわたって攻撃したと主張している。
ハッファージーが作戦を指揮していたとされる「シリアの砂漠地帯」が具体的にどこなのかは知る由もないが、イスラエル軍はこれまでにも、同国東方から飛来する「不審な航空標的」を、多くの場合領内に到達する前に迎撃してきたと発表してきた。
だが、ハッファージーが殺害されたとされる9月20日には、イスラエルではない別の当事者が無人航空機を撃墜した。
シリア人権監視団によると、この日、米主導の有志連合所属の戦闘機複数機が、米国が駐留するヒムス県タンフ国境通行所一帯地域、いわゆる「55キロ地帯」付近を飛行する無人航空機1機を撃墜したのだ。
この無人航空機は、シリア砂漠の北西部方面からイスラエル占領下のゴラン高原に向かって飛行していたという。
ここで言う「有志連合」とは、イスラーム国に対する「テロとの戦い」、すなわち「生来の決意作戦」に参加する諸国のこと。だが、シリア国内での作戦は、シリア政府を含むいかなる政治主体の同意も得ないまま開始されており、また国連安保理での決議に基づくものでもないため、その駐留はシリアの国内法、そして国際法のいずれにおいても、違法な占領とみなし得る。
複数対複数の戦い
9月17日と18日に、レバノンとシリア各所で発生した、イスラエルによるとされるページャーと無線機による一斉爆破攻撃は、昨年10月7日のパレスチナのハマースによる「アクサー大洪水」奇襲作戦と、イスラエル軍によるガザ地区への攻撃が、単にハマースとイスラエル、あるいはパレスチナ人とイスラエルの紛争ではなく、周辺諸国、そしてそこで活動する政治・軍事組織、非国家主体をも当事者とする紛争であることを示すものだ。
だが、この紛争は、イスラエルと「抵抗の枢軸」による「1対複数の戦い」、あるいはイスラエルのヨアブ・ガランド国防大臣が今年1月に述べたような「7つの正面」(ガザ地区、ヨルダン川西岸地区、レバノン、シリア、イラク、イエメン、イラン)での戦いではない。「抵抗の枢軸」側も複数の敵を相手に戦いを強いられている。
シリアに対するイスラエルと米国(有志連合)の軍事行動は、そのことを再認識させるものだと言える。