ブラジルとの五輪前哨戦に敗れたなでしこジャパン。3カ月で求められるチーム作りとは?
【本番3カ月前に見えた両者の差】
パリ五輪を3カ月後に控え、なでしこジャパンはアメリカで行われたSheBelieves Cupに参加し、4月9日に3位決定戦でブラジルと対戦。結果は1-1で、PK戦の末に敗れ、4位(最下位)で大会を終えた。決勝は、カナダと2-2の末にPK戦で勝利したアメリカが、4大会連続6度目の優勝を飾った。
日本とブラジルは7月のパリ五輪のグループステージでの対戦が決まっており、この試合は3カ月後に向けた前哨戦となった。FIFAランクは日本の7位に対してブラジルは10位。実力面で大きな差はないが、五輪に向けたチーム作りのプロセスは大きく異なる。
日本は昨夏のワールドカップでベスト8入り。それ以降、主軸メンバーを大きく変えずに戦ってきた。今大会は戦術面やチームの練度を高めながら、各ポジションで、メンバーを見極める段階にある。
一方のブラジルは、昨夏のワールドカップではグループステージ敗退という屈辱的な結果に。大会後の9月に就任したA・エリアス監督は、「ボールを保持しながら流動的に攻撃するサッカー」を掲げて新たなスタートを切った。
パリ五輪では「金メダル」を目標に掲げている。オリンピックは2004年と08年の準優勝が最高成績で、近年はなかなか結果を残せていない。しかも、本番まで約1年というタイミングでバトンを引き継いだだけに、大胆な目標だ。だが、国内女子リーグで約20年、さまざまなクラブやカテゴリーで指揮を執り、ブラジル女子サッカーを知り尽くした同監督のチーム作りには迷いがない。
マルタやクリスチアネら、セレソンを率いてきたベテラン選手たちとの信頼関係を大切にしながら、代表に選ばれたことがない選手も積極的に招集。現在は60人近いラージグループの中で、激しい競争が繰り広げられているという(GKだけでもこの1年で14人が候補入りしている)。
日本が昨年12月に戦ったメンバーからは過半数が変わり、今大会では前線のデビーニャやジェイゼ、最終ラインのラファエレなどの有力選手が呼ばれていなかった。
本番で対戦する日本に“手の内を明かさない”戦略なのか。それとも、他の狙いがあるのか――。いずれにしても、代表定着を狙う若い選手たちの目は狩りをする動物のように鋭く、それは球際の迫力にも表れていた。
初戦のアメリカ戦(1-2で敗戦)から中2日で、池田太監督は先発メンバー6人を交代。4-2-3-1(4-3-3)から3-4-3にフォーメーションを変更し、センターバックに石川璃音と古賀塔子、左ウイングバックに北川ひかる、ボランチに林穂之香、3トップの左に浜野まいか、前線に田中美南を起用。林と田中以外は代表キャップ数が「10」以下と経験が浅く、メンバー選考のテスト色も感じられる構成となった。
フォーメーションの変化もあり、初戦のアメリカ戦に比べて全体的に選手同士の距離感が良くなり、連動性も良くなったように見えた。だが、マンツーマンの守備で球際に激しく寄せてくるブラジルに対し、前線にボールが収まらない時間が続いた。
マンツーマンで守備をしてくるチームに対しては、日本は昨年のアジア2次予選のベトナム戦でも苦戦を強いられた。植木理子は「自分たちが動いてスペースを作りながらボールを動かすことが大事」と話していたが、ブラジルはさらに強度が高い相手。初戦からはメンバーを9人も替えており、事前の分析がはまりにくい面もあっただろう。経験豊富なマルタとクリスチアネの2人が周囲を動かし、最前線の田中に対しては、長身で屈強な3バックが容赦なく削りにきていた。
日本はこの勢いに押される形で、切り替えや出足で先手を取られた。だが、前半5分には、パスで左右に揺さぶったところから浜野がファーストシュートを放ち、10分にも藤野あおばの縦パスから浜野がフィニッシュ。少しずつ形を作る中で、34分に長谷川唯が違いを見せた。中央のルーズボールを拾った林からパスを受けると、中央で相手2人を置き去りにし、右サイドのスペースに走った浜野に展開。浜野が放ったクロスは鋭い回転がかかっていたが、中央に走り込んでいた田中が巧みなトラップから右足で流し込んだ。
この後は両者ともに攻め合うオープンな展開に。日本はいくつかの決定機をものにできなかったが、ブラジルの反撃は、GK山下杏也加のファインセーブでなんとか食い止め、リードを維持。そして64分、林がペナルティエリア内でファウルを受けてPKを獲得し、追加点の絶好のチャンスを迎えた。
しかし、田中のシュートはGKロレーナに止められてしまう。71分にセットプレーからクリスチアネにゴールを許すと、79分に途中交代の宮澤ひなたが放った決定的なシュートも防がれ、試合はこのままPK戦に突入。1人目の清家貴子と2人目の長野風花はグラウンダーでコースを狙ったが、勢いがなく、ロレーナがストップ。3人目の長谷川のキックは威力はあったものの、これも片手一本で弾き出された。一方、ブラジルは4人全員が決め、悔しい敗戦となった。
【ピッチ内での修正力がチーム力アップのカギに】
初戦のアメリカ戦後に、選手たちからは強度の高い守備に対するビルドアップや、球際、攻撃の推進力などについて課題が上がったようだ。このブラジル戦で修正された部分も見られたが、1対1では、欧米のトップクラスと渡り合うことの難しさを改めて突きつけられた。長谷川や藤野などがポジショニングで先手を取る場面はあったが、総合的には負けていた。
また、メンバーが変わると連動性が落ちたり、守備の奪いどころが定まらなくなったりしてしまうのは課題だろう。
その中でも、シュート(15本)も枠内シュート(4本)も、ブラジルの2倍近い数字を記録している。試合中のPKを含めて、決定機をすべて決めていればあと3点は入っていただろう。
PKは「運に左右される」と言われるが、プレッシャーの中で技術を試される場面でもある。“わかっていても止められない”コースにすべて決めてきたブラジルの選手たちの勝負強さは際立っていた。
また、流れが悪い時など、交代も含めてプレーを止める時間の使い方や、ファウルのもらい方など、南米らしいしたたかさにも苦しめられた。同じ土俵で戦う必要はないが、では、日本がブラジルに勝つために“伸ばせる強み”とは何か?
これまで、経験ある選手たちの言葉には一つの共通点があった。
「試合中、強くいく(べき)プレーに対して声をかけたり、いけていないところに対して言う選手が増えたら、もっといいチームになる」(長谷川/アジア2次予選)
「90分の中で、いかにピッチの中で変えていけるかがすごく重要になる」(熊谷紗希/五輪アジア最終予選北朝鮮戦後)
「相手によって、試合に出ている選手が変えていける(修正できる)ようにしたい」(田中/同)
試合中の修正力は、監督はじめベンチワークも重要だが、強いリーダーシップでチームを動かせる選手が増えていくこと、それを促すチーム作りにも期待したい。
今大会の2試合を通じて、日本はフィールドプレーヤー19人全員が出場。2試合とも内容は良いとは言えず、本職ではないポジションで起用された選手もいるため、指揮官がどのように評価するのかはわからない。ただしポイントとなるのは、ポジションや組み合わせ、先発か途中出場かに限らず、「与えられた状況で自分の良さを発揮できたか」だろう。
この試合で、個人的に特に印象に残ったのは林だ。状況に応じて堅実なプレーの判断ができ、あまり波がない。インサイドハーフのポジションでは、イングランドで幅を広げてきた攻撃面での成長も生かされている。ボランチは長谷川と長野がファーストチョイスになっているが、どちらと組んでもチームの歯車を動かすことができる。
浜野は前半だけの出場だったが、プレッシャーの中でも足を振る積極性や俊敏性、球際の寄せの鋭さなどは、他のアタッカーとは違う強みを感じた。途中出場の上野真実も、本職の1.5列目でキープできる良さを発揮。前線の構成は池田監督の頭を悩ませそうだ。
選手層が薄い左ウイング(サイド)バックは、北川がアジア最終予選に続いてしっかりとアピール。最終ラインでは、2試合を通じて古賀の安定感が光った。
選手たちは大会を終え、それぞれ所属チームに戻っていった。なでしこジャパンはこの後、5月末にも海外遠征が予定されており、7月の国内キャンプを経て、パリへと向かう。今大会で得た悔しさと課題をしっかりと消化し、チームの血肉に変えていくことができるだろうか。
欧州組と国内(WEリーグ)組が多く、多くの選手はここからシーズン終盤へと突入する。パフォーマンスとコンディションも含めて、それぞれの活躍を注視していきたい。