Yahoo!ニュース

【豚骨ラーメンに見る昭和の美学(其の壱)】“くさい”を“うまい”に変えた生粋の博多っ子クラタジョージ

上村敏行ラーメンライター
福岡のラーメンシーンを席巻する“愛すべき昭和の臭い豚骨”「駒や」

“博多ラーメン”を作る生粋の“博多っ子”大将の中でも、特におもしろい男がいる。倉田承司(クラタジョージ)。現在計4店舗、全国から“くさうま”ラーメン好きの猛者たちが集う「博多ラーメン 駒や」の店主である。1977(昭和52)年生まれ。東区馬出(まいだし)が地元である倉田さんは、幼少期は馬出商店街を走り回りながらおやつ感覚で「博龍軒」、中学生になると「箱崎だるま」(現在は渡辺通)にどハマりするなど、今や福岡のレジェンド級豚骨ラーメン、その他、古の博多ラーメンに囲まれて育った。そんなラーメン小僧が成長した後、自身の記憶を辿りながら昭和の豚骨ラーメンを我流で作りあげることとなる・・・。これまでの「駒や」の歩み、路上遺産的な馬出商店街への倉田さんの深い愛については【福岡「馬出中央商店街」に博多ラーメンの原風景を見る】(豚骨注入!)に、詳しく書いてあるので読んでいただきたい。

倉田承司。気さくで頑固、彼のTHE博多っ子なキャラクター、くさうまな一杯は、食べ手だけでなく多くの料理人を惹きつける。「ラーメン健太」(東京)、「うどん箱太郎」(福岡市)の店主らも敬愛
倉田承司。気さくで頑固、彼のTHE博多っ子なキャラクター、くさうまな一杯は、食べ手だけでなく多くの料理人を惹きつける。「ラーメン健太」(東京)、「うどん箱太郎」(福岡市)の店主らも敬愛

そして今回だ。まだまだ語り尽くせない、倉田承司という豚骨ラーメン職人の魅力をさらに掘り下げると共に、長く九州の豚骨文化を研究してきた筆者的にも改めて気づきとなった、ジョージ的“こだわり八箇条”を2回に分けて紹介する。当然であるが香りの捉え方、脳への刻まれ方は各自で異なる。自分的にいい匂いが他人には臭いこともあるし、逆もしかり。しかし、いま世代を超えて広く“くさいけどうまい”と称賛されている倉田さんの“昭和の博多豚骨ラーメン”はどんな“臭さ”なのだろう。皆が普段親しんでいる豚骨ラーメンから想像できるあの類なのか、はたまたもっと別角度のものなのか興味深くはないか。

博多ラーメンワールドの新たな扉を開ける豆知識として、ゆったりと読んでほしい。くさうま!!

シャバくて、臭くて、うまかろうもん!

倉田さんの功績として、“博多シャバ系”というジャンルを確立させたことが第一にある。豚骨ラーメンにはご当地を筆頭に多岐にわたる分類があるが、シャバ系は泡系、クリア系などと同じように、スープの見た目や状態を表したカテゴライズだ。“シャバシャバ”。つまり、スープの粘度がドロドロでなく比較的サラリとしているということ。使う豚骨の量は決して多くはない。豚骨濃度が極端に高くなくても旨みを詰めた野趣あふれる一杯。豚骨ラーメンヒストリーを振り返ると、スープを炊く燃料は業務用練炭から灯油、ガスへと進化してきた。倉田さんは強力な火力が出せなかった時代の先人たちに思いを馳せ、絶妙な弱火も駆使してダシを取る。「シャバかろうもん! うまかろうもん!」。繰り返し倉田さんが声がけしているうちに、ファンから“博多シャバ系”と称されるように。もちろん“シャバい”という言葉は広く使われているものだ。そして、どこかネガティブなイメージも含んでいるだろう。しかし、福岡のラーメンシーンにおいては「駒や」の登場以来、“シャバい”は、懐古趣味をくすぐるバリうま!豚骨スープの代名詞となった。

シャバいスープを、とことん愛すべき昭和の豚骨ラーメンのアイコンへと持ち上げた
シャバいスープを、とことん愛すべき昭和の豚骨ラーメンのアイコンへと持ち上げた

そしてもう一つ、ニンニクをクラッシャーで砕き丼の縁にこすりつける“へずる”行為。この“へずり”についても“シャバい”と同じように倉田さんが豚骨ラーメンを通じて発することで、どこか懐かしい、愛されるラーメン用語へ昇華された。

「ニンニクは正義」。魅惑の“へずり”も広く発信している
「ニンニクは正義」。魅惑の“へずり”も広く発信している

「ニンニクを潰す“あれ”は昔から“ニンニクへずり器”としか呼んでなかったもんね。正式にはニンニククラッシャーって言うっちゃんね。実はラーメン屋になってから知ったとよ」と倉田さんは笑う。

ニンニクをガシュッと砕いて濃厚豚骨ラーメンにイン。最高である
ニンニクをガシュッと砕いて濃厚豚骨ラーメンにイン。最高である

愛すべき骨粉の“発酵臭”

「子供の頃は母ちゃんの財布からよく小銭を“ガメて”ラーメンを食べに行ってたんやけど、母ちゃんには財布の中身よりも前に服に染み込んだ豚骨臭でバレよった。あと、出前で勝手にラーメンとった時は、“部屋が臭くなるからやめんしゃい!”って怒られてたもんね」と笑いながら幼少期を振り返る倉田さん。「駒や」を出す前はラーメン経験ゼロ。自分なりの昭和の豚骨ラーメンを作り込む際、キーとなったのはこの記憶の片隅にあった“えもいわれぬ臭い”であった。

倉田さんは仕込みの時にスープの臭いを“かぎまくる”。幼少期に刻まれた博多ラーメンの心地よい“発酵臭”を求めて
倉田さんは仕込みの時にスープの臭いを“かぎまくる”。幼少期に刻まれた博多ラーメンの心地よい“発酵臭”を求めて

「駒や」のラーメンは豚骨を煮込む過程で強火の時間が圧倒的に少ない。ガツガツ炊いて、砕いて乳化させるのでなく、弱火でじっくりコトコトと、骨でダシをひくイメージ。また、一般的には繰り返しダシを取った古い骨と、新しい骨を入れ替える“骨替え”という作業があるが、同店はほとんどない。一度、骨を入れたら極力触らず、鍋蓋も空けず。寸胴内で骨が擦れ合う音などで判断して火加減を調整。豚骨が自然とボロボロになるまで煮込み、サラサラの骨粉をあえて残し蓄積させている。「ダクトから外に出る臭いすらもったいない」と倉田さんはよく言う。豚骨の旨み、香りのすべてを詰めたラーメンなのだ。

そして、芳しく、酸っぱ臭いような独特な臭いは、鍋底に層となって蓄積した骨粉によるものが大きい。濃厚な豚骨スープの類で、継ぎ足し“熟成させる”とよく聞くが、「駒や」はどちらかというと「発酵」に近い。発酵により活性化する菌など生物学的な観点からの論考は長くなるのでまた別の機会に書くが、とにかく、「発酵臭」という言葉からの方がイメージしやすい臭いが“駒やらしさ”を支えているのである。

【昭和の豚骨ラーメンに美学を見出す職人(その弍)】博多ラーメンを楽しむための“マニアックすぎる”八箇条

へと続く。

ラーメンライター

1976年鹿児島市生まれ。株式会社J.9代表取締役。2002年、福岡でライター業を開始。同年九州ウォーカーでの連載「バリうまっ!九州ラーメン最強列伝」を機にラーメンライターとして活躍。各媒体で数々のラーメンページを担当し、これまで1万杯以上完食。取材したラーメン店は3000軒を超える。ラーメン界の店主たちとも親交が深く、ラーメンウォーカー九州百麺人、久留米とんこつラーメン発祥80周年祭広報、福岡ラーメンショー広報、ソフトバンクホークスラーメン祭はじめ食イベント監修、NEXCO西日本グルメコンテストなど審査員も務めてきた。その活躍はイギリス・ガーディアン紙、ドイツのテレビZDFでも紹介

上村敏行の最近の記事