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バルサ退団を報じられる日本人少年、ユース年代のサッカー海外移籍の実像とは?

小宮良之スポーツライター・小説家
バルサ時代の久保建英。(写真:アフロスポーツ)

「FCバルセロナの下部組織に籍を置く日本人選手、久保建英君(13才)が同クラブを退団へ」

スペインの各スポーツ紙は一斉にそう報じている。

昨年4月、FIFAはバルセロナに厳しい処分を下した。18歳未満の外国人選手獲得に登録違反があったとして、移籍市場での活動を停止。結果的に、久保君も1年半以上公式戦に出場できない状況が続いていた---。

そもそも、ユース年代にサッカー選手が海を渡るリスクとはどこにあるのだろうか?

昨今、多くの日本人少年が海外の名門クラブでプレーする機会が増えつつある中、それを賛美する声がある一方、危険性はあまり語られない。久保君は"被害者"で、偶然、事故に遭っただけとも言える。しかしユース年代で、日本人選手が海外でプロとして成功するには、他にも障害と困難が待ち受けているのだ。

世界最優秀選手に3年連続で選ばれているアルゼンチン代表、リオネル・メッシは13才でバルサに入団している。メッシは神がかった技術と鉄のような精神力で煌びやかな名声を手にした。バルサの下部組織で育てられる環境に恵まれ、才能を開花させたと言えるだろう。

ただ忘れてはならないのは、メッシには言葉の壁は存在しなかったということだ。アルゼンチンではスペイン語が公用語、言葉のストレスは感じない。言葉の問題は、ユース世代では大きく影響を及ぼすもので、アフリカ人選手の多くがフランスに渡るのは、フランス語圏の国が多く、言葉の障害がないからだ。

もし日本人が海外でプレーする場合、必ず言葉の問題がついて回る。

「若い頃の方が、言葉を学習するスピードが速い」

その意見はたしかに頷けるところがある。

しかし、15才以下で異国での生活を送る場合、その国の言葉を学ぶのと反比例するように日本語の発達は遅れてしまう。「生きる上で核になるべき言語を持たず、生まれた国の言葉も片言になってしまう」という危険性を孕んでいる。これは人生を長いスパンで考えると、好ましい状況ではない。

サッカーという集団スポーツにおいて、コミュニケーションは重大な問題である。ゴルフ、卓球、テニスなど個人競技では、基本的に自分の技量を習熟する作業のため、海外でプレーすることのマイナスは少ない。しかしサッカーでは集団の中で、自分の良さを伝え、相手の良さを理解する、という意思疎通が欠かせない。

そこで必要になるのは語学以上に、自分自身のキャラクターを発信することである。

「メッシはどこにいてもアルゼンチン人のまま行動してきた」

そう言われるが、彼は自らのパーソナリティを構築していた。ただ、日本人は自分の考えを言語化し、相手に伝えるという点で、成熟に遅さがある。そもそも言語や文化が大きく違う日本人は、外国をそのままは受け入れられず、どうしても現地の人のようなライフスタイルを身につけざるを得ない。そのストレスは尋常ではないという。

「スペイン人以上にスペイン人になろうとしていた。それで自分を見失った」とかつて十代でスペイン挑戦をした日本人少年の告白を聞いたことがある。

過去、欧州や南米にサッカー留学をしてプロを目指した少年たちは、数万人以上いる。にもかかわらず、ほとんどが打ちひしがれて帰国している。日常の些末な異なる習慣にとけ込むことに気力を削がれ、ホームシックを覚え、またサッカーのリズムの違いやレベルの高さに顔を覆った。

もちろん、例外はいる。

15歳にしてブラジルに単身で渡った三浦知良は、ホームシックにかかりながらも強い精神力で18歳の時にサントスとのプロ契約を勝ち取った。その後、21歳の時に所属したキンゼ・デ・ジャウーで一躍脚光を浴び、左ウィングとしての名声を手中にした。5年間のプロ生活を経て、Jリーグ創設が決まった日本に戻っている。その後、伝説的になった経歴についてはここで語るまでもないだろう。

海外から戻り、日本でプロとしての足跡をしるした選手というのは少なからずいる。しかしその多くは現地でのプレーを持ち込んでしまい、日本に適応できずに苦しんでいるのだ。

<これが海外だったら・・・>

そんな思いにさいなまれてしまう。

日本人少年の海外移籍は、改めて検証する必要があるだろう。

一つだけ間違いないのは、異国での経験は人生の糧にもなり得るということだ。結局は、本人がそれをどう受け止めるか、ということかもしれない。ただし、ユース年代で外国人として生きる、というのは今回の久保君のようなケースは十分に起こりえる。プロ選手と同等の契約問題に発展してしまい、人生を翻弄されてしまう。そのリスクは覚悟する必要がある。

今回は不幸な事故に遭ったわけだが、久保君にプレーヤーとしての力があるならば・・・道は再び開かれるはずだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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