セクハラで大揺れの英議会 親日・国防相が辞任 EU離脱交渉に影響「越えてはならない一線」明確化が急務
権力とセクハラ
[ロンドン発]地位と権力あるところにセクシャルハラスメント(セクハラ)あり。多くのアカデミー賞作品を生んできたハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン氏が30年以上も女優や女性スタッフにセクハラをしていた問題を引き金に、ハリウッドだけではなく、イギリス議会(ウェストミンスター)でもセクハラが日常化している実態が浮き彫りになってきました。
欧州連合(EU)離脱交渉が難航するイギリスのテリーザ・メイ首相は頼りにしていた重要閣僚マイケル・ファロン国防相をセクハラ問題で失い、大ピンチです。先の保守党大会でファロン国防相は非常に落ち着いた風格で北朝鮮に対する核抑止の重要性を強調していただけに、筆者も驚きました。
セクハラは地位と権力と密接不可分です。
ワインスタイン氏はハリウッドでの影響力を武器に女優や女性スタッフに肉体関係を強要していました。断るとハリウッドで仕事がもらえなくなる恐れがあるので、渋々ワインスタイン氏の要求に応じた女性も少なくなかったのかもしれません。
「ノー」と言いにくい立場の人の体を触ったり、いやらしいことを口にしたり、肉体関係を迫ったりするのは、レイプと同じ犯罪と言えるでしょう。
ネットフリックスのオリジナルドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』で大統領役を好演するケヴィン・スペイシー氏のセクハラも発覚。彼が芸術監督を務めていたロンドンのオールド・ヴィック・シアターは自宅のすぐ近くだけに大きな衝撃を覚えました。
映画界や演劇界のセクハラが実力者に集中しているのに比べ、イギリス議会で進行中のセクハラ・スキャンダルは底知れない広がりを見せています。
発端はワッツアップ
10月下旬、イギリス議会やホワイトホール(官庁街)で働く女性リサーチャー、女性秘書、女性スタッフが男性下院議員から受けたおぞましい体験の数々を暗号化コミュニケーション・アプリ、ワッツアップ・グループで密かに共有していることが報道され、セクハラ・スキャンダルが一気に火を吹きました。
「タクシーの中は危険」「ドリンキング・パーティーでお尻を触られた」「新しいリサーチャー求む!ただし女性には無理」「この議員とだけはエレベーターに乗ってはダメ」。セクハラ加害者には、さもありなんという古株議員から「あの人がそんなことするの」と驚くような若い議員まで含まれています。
英大衆紙サンによると、イギリス議会やホワイトホールで働く女性がワッツアップ・グループで共有したセクハラは次の通りです。
・複数の下院議員が議会の事務所でスタッフとセックスしている
・ある閣僚はドリンキング・パーティーで必ず女性に言い寄っている
・「ディスコ・キング」というニックネームの労働党下院議員が海外視察で女性に言い寄っている
・ある下院議員はスタッフにお土産として大人のオモチャを買ってくるよう要求した
・保守党の大物議員は足の長い女性をスタッフとして雇うことを禁止された
・ボスがいやらしい目つきで女性スタッフのことを「甘いおっぱいちゃん」と呼び、肉体関係を求めている
・政府の大物は女性の部下に関係を迫っている
ワッツアップ・グループの女性たちは「世界中の女性陣、セクハラについて今こそ声をあげよう」と呼びかけています。
保守党議員36人にセクハラ疑惑
今、イギリス議会には保守党下院議員36人のセクハラ疑惑を書き連ねた文書が出回っているそうです。女性スタッフ、女性議員、女性ジャーナリストが触られ放題だった実態が浮き彫りになっています。
暴言・暴行癖が明らかになり、落選した日本の豊田真由子元衆院議員のようなパワハラ女性議員3人の名前も加害者リストの中にはあるそうです。
加害者が認めない限り、合意があったのか、なかったのかセクハラを立証するのは難しく、被害者の方もセクハラを公にすると「ムラ」から除け者にされてしまうかもしれないという抑圧された心理が働きます。このため保守党はセクハラの訴えをリスト化しても公表せず、該当者が政権に造反しようとした時に脅す材料に使っていたようです。
セクハラ・スキャンダルの展開次第ではメイ政権が崩壊し、それでなくても難航しているEU離脱交渉が暗礁に乗り上げてしまう恐れもあります。それだけにメイ首相は「イギリス議会で働くスタッフをセクハラから守るため断固たる措置をとる」と表明しました。
労働党のジェレミー・コービン党首も「地位の乱用やセクハラに関わったとみられる下院議員は説明責任を果たせ」と要求しました。ジョン・バーコウ下院議長は「下院議員と女性スタッフの間のセクハラ文化疑惑は議事進行の妨げになる」と話しました。
女性記者の膝に手を置いただけで辞任した国防相
ファロン国防相は2002年、ディナーで女性ジャーナリストの膝の上に手を置いたことを認め、「15年前、10年前なら許されたことでも今、許されるかどうかは明らかでない」と辞任しました。一方、被害者とされる女性ジャーナリストは「彼が15年前に私の膝に触ったことが理由で辞めたとしたら、歴史上最も馬鹿げた辞任理由だ」と話しています。
ファロン国防相は日英防衛協力の頼りにできるカウンターパートだっただけに、安倍政権にとってもあまりうれしいニュースではなかったはずです。
影の文化・メディア・スポーツ相を務めたことがある労働党下院議員も不適切なテキストメッセージを労働党の女性活動家に送った疑惑で労働党から資格を停止されました。疑惑は保守党、労働党にどんどん広がりそうな雲行きです。
セクハラ基準の明確化を
セクハラ・スキャンダルで閣僚の誰が辞任するかでソフト・ブレグジット(EU単一市場へのアクセスをできるだけ残す)とハード・ブレグジット(単一市場、関税同盟からも離脱)の勢力が逆転してしまう恐れもあります。EU離脱交渉の行方に頭を痛める有権者や企業関係者からすれば「いい加減にしろ」と政治家を怒鳴りつけたい気持ちです。
セクハラによって映画界や演劇界のキャストが決められているとしたら、作品の質も落ちてしまうでしょう。また政治家のスタッフがセクハラを許容する人たちばかりで固められているとしたら、政策立案にも大きな影響を及ぼすでしょう。優秀な女性が働きたくなくなるような職場に未来はありません。
メイ首相とイギリス議会はセクハラ、パワハラに関して「越えてはならない一線」を明確にし、一線を越えて被害にあった人たちに必ず報告することを制度化すべきです。女性がセクハラを許さない姿勢を示しやすくすることが問題解決の第一歩です。日本の国会もイギリス議会のセクハラ・スキャンダルを「他山の石」として対策を進めるのが賢明でしょう。
(おわり)