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オオカミとイヌはどちらが「賢い」か

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 何か目標を指し示す際、我々はよく「指差し行動(Pointing Gesture)」をとる。「あれを取って欲しい」とか「ここに入っている」というように、他者に情報を与えたり注意を喚起したりするために指差しをするわけだ。

 ヒトの子どもでは、生後約1年弱くらいから2歳くらいまでの間で指差し行動をするようになる。あちこちへ指を差している赤ん坊の動作をよく見かけることもあるはずだ。この指差し行動、我々ヒトに固有のものなのだろうか。

指差し行動の理解とは

 指差し行動は「あれ」や「これ」といった抽象的な象徴についてコミュニケーションする動作であり、発達心理学の分野ではヒトの言語習得との関係も示唆されている。また、「ヒト・ヒト」、「ヒト・モノ」といった1対1の関係性から「ヒト・モノ・ヒト」といった三者の関係性を理解できる、ということでもあり、指差し行動はヒトとしての社会性を獲得するための動作でもあるようだ。

 野生のチンパンジーによる自発的な指差し行動も観察されているように、これはヒトに固有の動作ではない。性成熟したばかりのチンパンジーは、ヒトの2歳児と同程度には指差し行動を理解する(※1)し、アフリカゾウも別に教えずともすぐに指差し行動が何を意味するか理解できる(※2)。

 だが、筆者が飼っているネコは、指で何かを差しても、空しくじっと指の先を見つめるだけだ。時折、濡れた冷たい鼻を、指先にくっつけてきてくれたりもする。

 指差し行動の理解は、チンパンジーやアフリカゾウなど、社会性を帯びた種の動物にとって重要なコミュニケーション手段なのかもしれない。ネコの仲間の多くは基本的に単独行動なので、指差し行動の理解能力が低いのだろう。

 では、オオカミとイヌではどうだろう。これまでオオカミとイヌの「認知能力」の違いを調べることで、イヌがどうやって家畜化したのか、という研究が盛んに行われてきた。

 こうした研究によれば、オオカミはよく訓練すれば別だが、イヌほどにはヒトの指差し行動を理解できない、とされてきた(※3)。つまり、ヒトの指差し行動を理解できる「賢さ」は、ヒトと一緒に暮らし始めたことで獲得したイヌ固有の「能力」なのではないか、というわけだ。

 ただ、群れで暮らすオオカミが、高度に社会性のある種であることも確かだ。こうした動物の認知に関する研究は、研究者が対象と触れ合う機会が多いため、どうしても対象がヒトの影響を受けやすい。指差し行動に対する反応にしても、オオカミとの「接し方」によって結果は様々なのも事実だ(※4)。

 その中には指差し行動の理解について、遠くの対象物に対する指差し理解で劣るものの、オオカミとイヌにそれほど大きな違いはない、とする研究もある(※5)。この研究によれば、大人で社会性を持ったオオカミが遠くの対象物にも反応を示しにくい理由は、発達段階の初期から獲得する食物に対するオオカミ特有の生態的な態度(アゴニスト行動)によるもの、としている。

オオカミは因果関係を理解できるか

 ところが、オオカミは物事の「因果関係」ではイヌよりも認知能力が高い。そんな実験結果(※6)が先日、英国の科学雑誌『nature』の「Scientific Reports」に出た。実験をしたオランダのラドバウド大学などの研究者は、捕獲された12頭のオオカミ、14頭の野犬、12頭のペットのイヌを同一の条件下で使った。

 まず、それぞれに対し、実験者の視線や指差し行動で、食べ物が入っている容器と空の容器を見せて選ばせた。その後、容器の中身を見せず、実験者の仕草だけで選ばせた。そして、実験者は存在せず、容器の中の食べ物の有無でガラガラと音が出る「原因と結果」の因果関係の手掛かりだけで選ぶことができるかどうかを実験した。

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オオカミを使った実験風景。フェンスで囲われたエリア(3メートル×6メートル)に面した試験台で行われた。一人の女性実験者が、食べ物(ソーセージ)が入った容器と空の容器を使い、目線や指差し行動、音をたてる、といった情報を与えてオオカミやイヌに選択させる。Via:Michelle Lampe, et al., "The effects of domestication and ontogeny on cognition in dogs and wolves." Scientific Reports, 2017

 その結果、イヌ(野犬とペット)は因果関係の推論ができず、オオカミだけがエサの有無を「原因と結果」で区別することができた、と言う。研究者は、こうしたオオカミの探索能力は、家畜化してイヌになっていく過程で低下し、イヌはよりヒトとのコミュニケーションをとるほうへ軸足を移していったのではないか、と考えている。

 指差し行動はヒトが言語やコミュニケーションを獲得する過程で得ていく能力の一つだが、オオカミにとってはそれほど優位性の高い能力ではないのかもしれない。イヌはヒトとコミュニケーションするために指差し行動を理解するようになったが、オオカミにとってはエサを得るために因果関係から探索するほうがより重要なのだろう。

 筆者は誰かからエラそうに指差し行動されるとイラっとするが、この行動、支配と従属、使役といった関係性に関わっているようにも感じる。いずれにせよ、オオカミとイヌはすでに別の生きものだ。それぞれの環境で生き抜いていくため、それぞれの「賢さ」を進化させてきたのである。

※1:Daniel J. Povinelli, James E. Reaux, Donna T. Bierschwale, Ashley D. Allain, Bridgett B. Simon, "Exploitation of pointing as a referential gesture in young children, but not adolescent chimpanzees." Cognitive Development, Vol.12, Issue.4, 1997

※2:Anna F. Smet, Richard W. Byrne, "African Elephants Can Use Human Pointing Cues to Find Hidden Food." Current Biology, Vol.23, Issue.20, 2013

※3:Adam Miklosi, et al., "A Simple Reason for a Big Difference: Wolves Do Not Look Back at Humans, but Dogs Do." Current Biology, Vol.13, Issue.9, 2003

※3:B Hare, M Brown, C Williamson, M Tomasello, "The domestication of social cognition in dogs." Science, No.298(5598), 2002

※4:Zsofia Viranyi, et al., "Comprehension of human pointing gestures in young human-reared wolves (Canis lupus) and dogs (Canis familiaris)." Animal Cognition, Vol.11, Issue.373, 2008

※4:Monique A. R. Udell, NicoleI R. Dorey, Clive D. L. Wynne, "Wolves outperform dogs in following human social cues." Animal Behaviour, Vol.76, 2008

※5:Marta Gacsi, et al., "Explaining Dog Wolf Differences in Utilizing Human Pointing Gestures: Selection for Synergistic Shifts in the Development of Some Social Skills." PLOS ONE, 28, August, 2009

※6:Michelle Lampe, Juliane Brauer, Juliane Kaminski, Zsofia Viranyi, "The effects of domestication and ontogeny on cognition in dogs and wolves." nature,Scientific Reports, 15, Sep, 2017

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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