大地震でも海外の救助隊を拒むモロッコ――人道支援をめぐる政治対立
- 北アフリカのモロッコではM6.8の大地震に見舞われたが、海外の救助隊はほとんど活動できていない。
- モロッコ政府は海外の救助隊をかなり限定的にしか受け入れておらず、これが救助を遅らせているという批判もある。
- これは政治的判断によるものとみられ、とりわけ関係の深いフランスからの支援を断ったことはアフリカと先進国の関係の変化を象徴する。
大災害で「海外からの救いの手」が受け入れられるかどうかは政治に左右されやすい。
現場に入れない救助隊
アフリカ大陸の北西にあたるモロッコで9月8日、マグニチュード6.8と推定される大地震が発生し、中部アル・ホウズ州を中心に2600人以上の死者を出した。このクラスの被害は同国で60年ぶりともいわれる。
地震発生からすでに1週間が経ち、建物の下敷きになったままなくなる人も多い。SNSには惨状を訴える映像が溢れている。
こうした状況にもかかわらず、海外の救助隊はほとんど活動できていない。モロッコ政府は支援物資を受け取っていても、外国の救助隊はほとんど受け入れていないからだ。
災害時であっても、外国の組織が救助活動を行う場合、基本的には当事国の許可が必要になる。軍隊や消防といった公的機関はもちろんだが、NGOなどでも活動が規制されることはある。
東日本大震災の場合、多くの国から救助活動の申し出があったが、日本政府が受け入れたのは結局23カ国のチームだけで、最初に到着したスイスのチームは日本政府の許可がなかなか下りなかったため活動開始を数日待たされた。
モロッコの場合、イギリス、スペイン、UAE(アラブ首長国連邦)、カタールの4カ国のチームだけが作業できている。
この理由についてモロッコ当局は「数多くの救助隊にきてもらっても、コーディネイトできなければ非生産的(counterproductive)だから」と述べている。
震源地に近い地域はアトラス山脈のただなかにあり、たどり着くまでが大変だ。そのうえ、モロッコでは2004年により小規模の地震があったが、その際に数多くの救助隊がやってきて現場がかえって混乱した経験がある。
そのため、理解を示す専門家もある。国際赤十字社のディレクター、キャロライン・ホルトはAPのインタビューに「モロッコ政府の慎重な判断」を尊重すると述べている。
ただし、モロッコにおける救助活動が順調とみる専門家はほとんどいない。死者数が今後さらに増えることが見込まれることもあり、ペンシルバニア大学のカースティン・ブックミラー教授はスピードの重要性を強調する。
フランスはなぜ拒絶されたか
その一方で、モロッコ政府の判断には政治的な理由も指摘される。
とりわけ注目されるのが、これまでモロッコと深い関係を築いてきたフランスが救助活動を認められないことだ。
フランスに本部のあるNGO「国境なき医師団」は地震発生から24時間以内にモロッコに入ったが、13日現在でまだ活動を認められていない。
また、フランス政府から公式に救助隊派遣の申し出があったにもかかわらず、モロッコ政府はこれに返答さえしていないとも報じられている。
これに関してフランスでは「モロッコ政府は国民を見殺しにしようとしている」といった反発も高まっている。
かつての植民地を中心にアフリカ一帯でフランスは大きな影響力を握り、モロッコとも政治、経済のあらゆる面で深い結びつきがある。
ところが、近年では両国の関係悪化が深刻だ。その根本的な理由はモロッコがフランスの影響力から抜け出し、国家としての独立性を確立しようとしてきたことにある。
フランスはヨーロッパ諸国のなかでほぼ唯一、アフリカ大陸に常設の軍事基地を構えてきた。その主な目的は大陸に暮らす約30万人のフランス人の安全とフランス企業の利益を守ることにあり、そのためにはアフリカ各国の内政や内戦にもしばしば介入してきた。
こうしたフランスに対する拒絶反応は近年アフリカで強まっており、2020年から相次いだマリ、ブルキナファソ、ニジェール、ガボンなどでのクーデタはいずれもフランス寄り政権の打倒であった。
モロッコの場合、フランスとの関係悪化は今年2月、駐フランス大使が召喚されたことでピークに達した。2021年7月にモロッコ政府がスパイウェアを用いてマクロン大統領の携帯電話から情報を抜き取ろうとしていた疑惑が浮上したことで、両国の関係は極度に悪化したのだ。
こうした背景から、モロッコがフランスの申し出を無視したとしても不思議ではない。
寝た子を起こさないため
ただし、それだけならフランスの救助隊を排除すれば済む話で、他国の申し出まで断る理由にはならない。
モロッコ政府がフランスだけでなく外国の救助隊の受け入れに消極的であることには、国内の状況が広く知れ渡ることへの警戒もうかがえる。
今年2月に大地震に見舞われた後、トルコはモロッコと対照的に数多くの救助隊を受け入れた。しかし、そのうちのドイツとオーストリアの救助隊が「現地の治安情勢の悪化」を理由に活動を停止したことで、トルコがもともと抱えていた問題が表面化した。
トルコでは数十万人規模で受け入れているシリア系難民をめぐり、もともと国内で不満が募り、嫌がらせなども増えていたが、大地震後にこれがエスカレートして難民への襲撃や暴行が相次いでいたのだ。
これに代表されるように、国内の問題を外国の救助隊に「騒ぎ立てられる」ことへの警戒は多くの国が抱えるものだ。
モロッコは形式的には立憲君主制だが、実質的には王族や軍隊が大きな権力を握る国だ。
そのモロッコでは近年、格差や政府の腐敗などへの不満から大規模な抗議デモが頻繁に発生している。2016年10月には、北部アルホセイマで魚の行商人が警察官に殺害されたことをきっかけに数万人規模のデモに発展した。
さらにコロナ禍やウクライナ戦争は8%前後のインフレを招き、今年6月には最大都市カサブランカで生活苦を理由とする大規模なデモも発生している。
そのモロッコでは大地震への対応への不満が高まっている。
こうしてみた時、海外の救助隊をできるだけ絞り込もうとする一因に、モロッコ政府が国内の暗部に光が当たるのを恐れていることがあるとみても無理はない。
西サハラをめぐる温度差
だとすると、最後の疑問としてあるのは「なぜ4カ国だけ救助活動は認められたか」である。
イギリス、スペイン、UAE、カタールには一つの共通項がある。国際的に評判の悪い、しかし無視されやすい西サハラ問題でモロッコの立場に理解を示していることだ。
モロッコ南部にある西サハラでは現地に多いサフラウィ人が1976年にサハラ・アラブ民主共和国の独立を宣言したが、モロッコが歴史的領有権を主張して全土を実効支配し、サフラウィ人を「テロリスト」として弾圧してきた。
これに対して、周辺のアフリカ諸国はサハラ・アラブ民主共和国を国家として承認しているが、日本を含むほとんどの先進国はモロッコとの関係を優先させ、その占領政策にあえて触れないようにしてきた。
しかし、7月に(アメリカの同盟国だが国際的に評判の悪い占領政策を行なっているという点では同じ立場の)イスラエルが西サハラをモロッコの領土と認めたことで、他の先進国にもこれに追随する動きが一部にあり、とりわけモロッコ沿岸の漁業権をめぐって深い関係をもつスペインとともに、イギリスはモロッコが最も期待をかける国とみられる。
今年4月、イギリスの権威ある新聞The Timesは「モロッコの主権を認めるべき」という論考を堂々と掲載している。
逆にこの点でフランスは態度を鮮明にしていない。
イギリスはフランスとともにアフリカで大きな影響力を持つライバルで、フランスの凋落はイギリスのアドバンテージになる。
昨年、モロッコ国王モハメド6世は「サハラ問題はモロッコが世界をみるときのレンズである」と述べている。この観点からみれば、大地震でどの国の救助隊を受け入れるかにも西サハラの影があったとみられる。
自然災害には人間の世の中の問題を浮き彫りにする一面がある。モロッコ大地震もその例外ではないと言えるだろう。