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「わからない映画」がなぜヒット? 『TENET テネット』が示す映画興行の面白さ

斉藤博昭映画ジャーナリスト
「時間を逆行する」というかつてない設定で、一度観ただけでは理解不能な映画が誕生。

観たけど、意味不明!

結局なんだったのか、モヤモヤする

2回観た。でもやっぱりわからない…

9月18日に日本で公開された映画『TENET テネット』は、週末動員ランキングで2週連続トップに立った。3週目に突入しても、その勢いは衰えていない。久々の洋画の大ヒット作として注目を集めているにもかかわらず、SNS上には「わからない」という声もあふれている。

たしかに、主人公が「時間逆行」を利用して人類の危機を救おうとする物語は、時間が順行する世界とのシンクロ、時制の把握しづらさ、誰がどんな目的で行動しているのか不可解な謎など、とにかく観客を混乱させる要素だらけ。なぜここまで「理解不能な映画」がヒットしているのだろうか?

まずヒットの最大要因として挙げられるのが、「観客の渇望感」。新型コロナウイルスの影響で、ハリウッド大作の公開がほぼストップしているなか、「とにかくスゴいものが観られるらしい」という期待感を高め、映画館の大スクリーンにふさわしい作品への欲求に応えたのが『テネット』だ。クリストファー・ノーラン監督が映画館での上映にこだわり、アメリカの大都市が映画館をオープンできない状況にもかかわらず、世界の観客にできるだけ早く届けたいという判断は、少なくとも日本では成功といえるヒットにつながった。実際に、より映像や音の効果を体感できるという意味で、通常のスクリーン以上に、IMAXでの上映が異例の人気で、平日でも満席の回が目立っている。たとえばIMAXのスクリーンを擁する奈良県が、近県よりも数字が好調だったりと、まさに特大スクリーンで映画を観る喜びを、観客が久々に味わっているのだ。

「わからない」「難解」こそが作品の魅力

公開3週目に入っても池袋グランドシネマサンシャインのIMAXレーザーGTのスクリーンは、上映の数時間前にこのようにほぼ満席となってしまう(10/3、池袋グランドシネマサンシャインのHPより)
公開3週目に入っても池袋グランドシネマサンシャインのIMAXレーザーGTのスクリーンは、上映の数時間前にこのようにほぼ満席となってしまう(10/3、池袋グランドシネマサンシャインのHPより)

しかし、ここ数年の洋画の大ヒット作と比べると、『テネット』への反応は複雑だ。『ボヘミアン・ラプソディ』のようにハイテンションでの一体感で何度も観たくなるパターンではない。『ジョーカー』のように主人公に不思議な陶酔感を味わって惹きつけられるわけでもない。また『パラサイト 半地下の家族』のように先が見えない面白さでもない。すでにあちこちで語られているように、『テネット』は「難解でわかりにくい」ゆえに観客の興味を誘い、なおかつリピーターを発生させている、ちょっと異例のケースなのである。

配給を担当したワーナー・ブラザースの宣伝プロデューサー、小宮脩氏によると、その部分を強調した宣伝戦略が今回はうまくはまったという。

「『わからない』『難解』ながら、それでも観たら夢中になる点がこの映画の圧倒的な個性なので、そこをあえて公開前に打ち出したんです。その結果、一度観てわからなかった人が鑑賞後にさまざまな情報を収集し、もう一度理解するために観に行くという現象が続いているようです」

深く考えず、アクション娯楽作として受け止め可能

この点が成功したことを、クリストファー・ノーラン監督やキャストにも取材を行った、映画ライターのよしひろまさみち氏は次のように説明する。

「本当に劇場公開されるか不安だった8月くらいまでは、そこそこヒットすると思ったのですが、公開が近づくにつれ、Buzzの傾向が変わってきたんです。一般層の興味も上がって食いついてきたので、ヒットの確信がもてましたね」

実際に9月18日の公開初日以来、SNSに書き込まれる『テネット』の反応で圧倒的に多いのは、「『わからない』けれど『面白かった』」というもの。おそらくわずかな予備知識でこの『テネット』を観た人は、ストーリーだけ把握しようと努めても、どんどん置いてきぼりをくらうだけ。それでも観ている間は、超スケールのアクション娯楽作を満喫している気分になるのだ。

「『テネット』はド派手なB級アクションの側面も強い。じつは『ミッション:インポッシブル』や『ワイルド・スピード』シリーズに近いノリを味わえたりするんです」と、前出のワーナー小宮氏も分析する。

冒頭のアクションシーンから、たたみこむような映像と音の演出で、一気に引き込まれてしまう観客も多い。
冒頭のアクションシーンから、たたみこむような映像と音の演出で、一気に引き込まれてしまう観客も多い。

そして、この「わからない」感覚、じつは日本人にとって、マイナスイメージばかりではないようだ。前出のよしひろ氏は、近年の意外なヒット作を例に挙げて、この点を解説する。

「『わからない』作品を観て、『何だったの、アレ?』と思う人がいる一方で、観た人同士でしか共有できないことを語り合うのが、みんな大好き。たとえば『カメラを止めるな!』でも後半の展開は、観ていない人には絶対に言えない。でも語りたくて仕方がなくなる。どんな面白さか『わからない』からこそ観客が集まる傾向は、もしかしたら他国よりも日本で強いのかもしれません」

「わかりづらいがヒットした」作品といえば、同じクリストファー・ノーラン監督で世界観が複雑な『インセプション』も興収35億円と、日本では大ヒット。よくよく考えれば、興収50.6億円を記録した『ジョーカー』も、主人公の突拍子もない行動についていけない(=わかりづらい)にもかかわらず、魅了される観客が多かった。今年前半の『ミッドサマー』のように、予測不能の展開をみせる映画が意外なブームを起こすこともある。突如として、わかりづらさ、または極端な賛否両論がヒットの要因になるのは、観た人だけがその感覚を共有し合うSNSの浸透とも無縁ではないだろう。

近年の洋画サプライズヒットの典型

ワーナーの小宮氏も洋画ならではの傾向をこう解説する。

「近年、先が読めない展開は、とくに洋画でヒットするポテンシャルになっているのかもしれません。わからないけど、スゴいものを観た。そのわからない部分をフォローする記事が情報を埋める。『テネット』はそのうえで逆行する世界をゲーム感覚で楽しめるわけで、この流れが今のところうまくいっているようです」

また公開タイミングが、コロナと経済の両立が本格化した時期だったのも追い風になった。『テネット』は公開週こそ座席を50%のみ販売のスクリーンがメインだったが、翌週には100%開けるところも増えた。いまだに中高年の客足が遠のいている映画館だが、おもに若い世代をターゲットにする『テネット』にとって、このタイミングも効果的だったはずだ。

今後も、公開が予定されていたハリウッド大作の公開延期が相次いでいるので、しばらくはIMAXや4DXなどで『テネット』が上映され続ける可能性は高い。そうなればリピーターは増えるだろうし、「他に観たい作品がない」という新たな観客も開拓できる。そのための「キャパ」は担保されそうだ。『インセプション』の35億円、また2020年、洋画の最大のヒット作『パラサイト〜』の47.1億円にどこまで迫るかは、ここから現象的な流行を作れるかどうかにかかってくるが、はたして……。

「わかりやすい」作品のヒット、そしてサプライズ的に起こる「わかりにくい」作品のヒット。日本の映画興行では、この二極化も進んでいることを『テネット』が証明した。単にわかりやすさを追求するべきではないという意味で、これは映画のあり方として、じつに健全であると感じられるのだ。

画像

『TENET テネット』全国公開中

(c) 2020 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved

配給:ワーナー・ブラザース映画

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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