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渡部建の謝罪会見で思い出す、ヒュー・グラントが売春婦を買って逮捕された時のこと

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
売春婦事件が起きた翌年のヒュー・グラントとエリザベス・ハーレイ(写真:ロイター/アフロ)

 不倫騒動を起こした渡部建の謝罪記者会見が大きな話題になっているようだ。発覚から半年を経て行われた会見は1時間40分にも及び、報道によるとレポーターたちから「我々もガキの使いじゃない!」という怒声まで出たという。同じような質問が何度も出たそうで、ほかの記事にも「公開処刑」という言葉が出ていたが、まさにそのとおりのように思える。

 そこで思い出してしまったのが、今から25年前のヒュー・グラントの例である。今思い返しても、彼の謝罪インタビューは、人間味があって、とてもよかったと思う。

 事件が起きたのは1995年6月、グラントの主演映画「9か月」が北米公開される2週間前のことだ。ひとつ前の「フォー・ウェディング」がアメリカでも大ヒットし、ハリウッドでも注目のスターとなった彼には、美人モデル、エリザベス・ハーレイという長年の恋人がいた。その日、彼は、L.A.で「9か月」の宣伝活動を行い、その後、共演者のジェフ・ゴールドブラム、トム・アーノルドと食事をして、午前1時半、白のBMWで店を出る。だが、彼は、まっすぐ家に帰らず、ウエストハリウッドのサンセット通りで客引きをしていた23歳の黒人売春婦を買うのだ。グラントは、車を脇道に停め、そこで彼女にオーラルセックスをしてもらった。それを警察が見つけ、彼は現行犯逮捕されてしまったのである。

 そのニュースは、彼と売春婦のマグショット(逮捕時に警察が撮影する顔写真)と一緒に、たちまち世界中を駆け巡った。あんなに美しい恋人がいるのにどうしてそんなことをしたのかと、世間は驚き、マスコミはあらゆることを書き立てている。グラントはまず、パブリシストを通じて、「僕は昨夜、本当に血迷ったことをしてしまいました。愛する人を傷つけ、一緒に仕事をした人たちに恥をかかせてしまいました。本当に申し訳ありません。お詫びのしようもありません」と、謝罪の声明を発表した。そして彼は、人気の深夜トーク番組「The Tonight Show with Jay Leno」にゲスト出演するのである。

「The Tonight Show with Jay Leno」でレノのインタビューを受けるグラント(YouTube)
「The Tonight Show with Jay Leno」でレノのインタビューを受けるグラント(YouTube)

 この出演は、事件を受けて急遽組まれたものではなく、「9か月」の宣伝目的のため、公開日に合わせて、かなり前から決まっていたものだ。グラントは、あえてそこから逃げないという決断をしたのである。番組のホスト、ジェイ・レノが、優しいイメージで知られるコメディアンなのは、多少の安心材料だったかもしれない。

 番組が始まり、グラントが舞台の袖から出てきてレノの向かいに着席すると、レノは、「最初の質問。あなたはいったい何を考えていたのですか?」と、いきなり核心を突いた。そう聞かれて、グラントは、恥ずかしそうな、そして気まずそうな笑いを浮かべてしばらく黙っていたが、レノに「これは僕の質問というより、みんなが思っていることですからね」と言われると、「そうですね。でも、簡単には言えないんですよ。プレッシャーが重かったのだとか、寂しかったんだとか、子供の頃に階段から落ちたんだとか、みなさんがいろいろ推測されていますが、そういう言い訳をするのはバカらしいと思っています。人生には、やるべきことと、やってはいけないことがあります。僕はやってはいけないことをしました。それだけです」と答えた。人からどんなことを言われたかについての問いには、「みなさん、とても優しかったです。ガールフレンドも、家族も。会ったこともない有名な映画スターから身体的な障害を抱える人まで、本当に多くの人がお手紙をくれて、感動しました。そういった思いやりに力づけられました」と語っている。

 レノが、「あなたのように大成功している人に何か悪いことが起こると、人はそれを叩きたがりますよね。それをジョークのネタにしたり。それは僕もやりましたが」と、メディアの騒ぎ方について聞くと、グラントは、「もし誰か別の人の話だったら、僕も面白がっていたと思いますよ。こっち側にいるのは惨め。だけど、僕は苦しむべきなんだと思っています。ただ、僕だけのことではないので」と、イギリスにいる父や、「9か月」の関係者にまで恥をかかせたことを悔やんでいると述べた。恋人ハーレイについては、「彼女は僕を支えてくれています。彼女との関係はちゃんと修復したいと思っています」と語っている。スキャンダルの中でもこの番組への出演をキャンセルしなかったのはなぜかとの問いには、「これはとてもファニーな映画で、みなさんに見ていただきたいからです」と答え、主演俳優としての責任を果たした。

 ここでコマーシャルが入り、そこから先は映画の話になる。ここまでは、およそ7分だ。この件に関しては、もうこれで十分である。グラントはちゃんと真摯に語ったし、レノも、明るくはあるけれども、聞くべきことはしっかり聞いている。これ以上、何か聞くことはあるだろうか?観客も、終始ポジティブで、拍手や笑いがたっぷり起こり、グラントを応援している雰囲気だった。この日はスタジオの前にも大勢のファンが詰めかけていて、中には「私だったらお金を『払った』のに」というプラカードを掲げていた女性も見られている。

明るい雰囲気でも聞きたいことは聞ける

 そして、「9か月」が公開されると、結果は大成功。その後、グラントは、「ノッティングヒルの恋人」「ブリジット・ジョーンズの日記」「アバウト・ア・ボーイ」などで、ますますすばらしいキャリアを築いていくことになる。この売春婦も、これで大儲けをした。ディヴァイン・ブラウンという職業名を名乗るこの女性は、タブロイド紙の独占取材でグラントのペニスについて語るなどして、10万ポンド(今日のレートでおよそ1,400万円)を手にしたとされる。ほかからもいろいろオファーがあり、そのおかげで、彼女は売春から足を洗い、わが子を私立学校に通わせることができたそうだ。

 もちろん、グラントとこの女性がやったことは、犯罪である。だが、それは警察がちゃんと対処している。ハーレイも、恋人を支えると言っている。ならば、外野がハーレイのために勝手に怒る必要はない。とは言え、グラントの言葉を聞きたいと一般人が思うのも、当然のことだ。だから、グラントは、このレノの番組でそれをやった。今回の渡部の件も、そのようにできなかったものかと、ふと思う。彼の場合は、犯罪ではない。やったのは悪いことだが、相手の女性は大人で合意の上だし、奥様も、辛いに違いないが、許そうとしている。これが汚職をした政治家だったら、どこまででも厳しく追及してほしいが、これはあくまでよその家の中の話である。レノのように、明るくやることは、できなかったものか。そこには当事者の最初の対応も重要になってくるし、そもそも謝罪会見というやり方では、それは難しいのかもしれない。とにかく、聞きたいことを聞き出すのに1時間40分はいらないというのが、筆者の言いたかったことである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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