Yahoo!ニュース

将棋がファム・ファタールだと思ってた藤田麻衣子さん(元女流棋士)が連珠に出会ってA級に入るまで(4)

松本博文将棋ライター
2019年連珠世界選手権にて(写真提供:藤田麻衣子)

藤田「最近、『連珠のことがなんにもわかってなかったな』って思って。『連珠って本当はどういうことなんだろう』って好奇心が湧いてきて、めちゃめちゃ新鮮な気持ちでやってんの。A級リーグ(9月19日~21日)が始まるまであと2か月あるから基礎からやり直そうと思って、すごく楽しみにしてる。考えてみたら、将棋の女流棋士になってから、そういう境地にまったくなってなかったんだよね。ただ勝ち負けが苦しいだけで・・・。『大人になってからなんで強くなれたんですか?』って聞かれるんだけど、要するにおんなじなんだよ、子どもと。『好きこそものの上手なれ』とか言うじゃん。『興味がある子がやっぱり強くなります』と。その興味がいま異常にあるわけ。この2、3年、朝起きた瞬間から『今日はどれだけ連珠ができるかな?』と思いながら起きるの。『うちの子、ほっとくと将棋ばっかりやってます。大丈夫でしょうか?』っていうお母さんいるじゃん。私はそのお母さんに心配されてる子どもと一緒なわけ。他のこと、全部最小限にして連珠やりたいと思ってるんだよね。収入じゃないのよ。だから強くなれただけだと思う。私の能力があるわけじゃなくて。子ども心と同じで、いま連珠と向き合ってるんです」

――「全部最小限にして連珠やりたい」というのが「家事を最小限にする」っていうツイートの趣旨なわけですね。いまもう、お子さんは中学生になったのかな。育児にそれほど手がかからなくなったというのも大きいでしょうか。

藤田「そうですね。普通の人はさ、部屋が散らかるとか、気になるわけじゃん。私はまったく気にならない(きっぱり)。私の周りの人は大変だと思います。だから結果を出せて、ちょっとほっとしてます(笑)。21歳の時に『将棋のプロになる!』って荒唐無稽なことを言った時の私と、43歳の時に『連珠で世界選手権に出る!』って言い出した時の私は、まったく一緒なわけ」

――そのノリはずっと変わらないんですね。私もそうですが、普通は歳を取れば取るだけ、チャレンジをしなくなる。二十代前半でもそうだし、四十代も半ばをすぎれば、なおさら。

藤田「世の中の普通の人っていうのは、自分がある程度、他の人より得意なもの、安全パイを持って勝負をするんだよ。ところがなんにもできないうちから『私、これがやりたいから世界選手権に出る!』って決断して。他のこと、どうぶつしょうぎの仕事は『いったんお休みしたい』って北尾まどか(女流二段、どうぶつしょうぎ創案者)に宣言して。『ごめん。連珠に集中したいから、これからどうぶつしょうぎのことはあんまりできない』って言ってやるわけ。バイトちゃんとかも呆れてるわけ。『藤田先生っていつもそんな感じなんですか?』って」

――そりゃ呆れるでしょう(笑)。普通の大人ならそんなことはしない。昔から知ってる人なら「またかよ、ぴえこ」ってとこですかね(ぴえこは藤田さんの愛称、旧姓・比江嶋[ひえじま]に由来)。昔からずっとそんな感じだもんね(笑)。その点は変わらない。

藤田「世の中の人っていうのは、そういう強烈に好きなことがないってことと、好きなことに強烈に何かを注ぐってことをしないんだよね」

――藤沢秀行先生の名言ですね。『強烈な努力』って。

――連珠では、女性はどれぐらいの人がやってるものですか?

藤田「いい質問ですね。実は連珠って、男女の棋力差がそれほど将棋よりない。ただ競技人口的には、ボードゲーム全体見回しても、どこも少ないですよね。連珠もそうです。数はすごく少ない。でも連珠の場合は、世界選手権のトップ12人に入るような女性もいるんですよ。あと、中国では男女合同の大会で女性が優勝することもある」

――おお、それはすごい。

藤田「女性のトップ層は、男性のトップ層とほぼ変わらないぐらいの棋力を持ってる。ただ、競技人口はすごく少ない。日本に関しては、女性でやってる人は本当に少なくて。つい最近も(女性の)世界チャンピオンになったりとか、三段まで昇段して棋戦に優勝したりした人とか、強い人もいたんだけど。

――これまでの将棋界には公然と「将棋は女には向いてない」と言ってるような人たちもいました。

藤田「男と女で差があるかという話は古今東西尽きないんだけど、自分の考えでは、能力に差はないけど、気質にははっきり違いがあるなと思ってる。私は東京工業大学を出て将棋界に入ったんだよね。東工大では、周りにはほとんど男性しかいなかった。夜の10時過ぎても、研究室の灯りが消えないわけですよ。私は早く帰ってご飯を食べたかった。将棋だって飽きるほど検討している人たちいるでしょう? そういうの、率先してやってるのって、主に男性だと思いませんか?」

――そうですね。女性で進んで夜遅くまでやりたいという人は、あまりいないでしょう。

藤田「一つのことに夢中になれるのはボードゲーム向きだとは思うんです。興味あることに邁進する力というか。他のことに目が入らなくなる適性が男性の方が強い傾向がある。私はそういうところがちょっと多めにあったから、こうなったとは思います」

――なるほど。

藤田「もう一つは、普通に楽しむレベルの連珠プレイヤーとして女性が向いてるかどうかって話なんですけど。一般的に、将棋教室の子どももそうなんですけど、連珠をやってる女性を見てると、すごく勝敗の結果を恐れますね。それを公開されたり、人に見られたりすることを、すごく恥ずかしがる。リスク管理がすごく高いのが女性。『わーっ』ってやって、やられてもわりとへっちゃらで、また『わーっ』って行くのが男性。そういう人が多い気がします。

――上級者になればまた別かもしれませんが、初心者のうちは、一般的にそういう傾向が見られるかもしれませんね。

藤田「ボードゲームは最初、無鉄砲に楽しくやれる方が上達が早いんです。女性はなかなか大会に出てこないじゃないですか。負けると怖いから」

――その話はよく聞きますね。私が見聞きする範囲でも「負けたらどうしよう」とか「変な手を指して笑われたりしないだろうか」と心配している初心者の女性は多い気がします。

藤田「そう。心配するから。心配するっていうのは、わるいことじゃないんですよ。そうやって子どもを守ったりするわけですから。そういう防御本能が長けているようなところはあると思うんです。ただ、ボードゲームっていうのはトライ・アンド・エラーで、絶対に失敗をせずに上達することなんてありえないんです」

――どんな達人でも、最初のうちはそうですね。

藤田「失敗をしても折れずに立ち向かえる人が生き残りやすい、という意味では、女性でそういうことに向いている人は、確率的には少ないのかもしれません。

――それは藤田さんのこれまでの経験で、そう感じるわけですね。

藤田「はい。対局するのを怖がるのは圧倒的に女性ですから。それは多くの子どもたちを教えてきてそう思います。どうぶつしょうぎ教室だと、女の子は半分かそれ以上。それが将棋の体験になるとちょっと少なくなって、将棋教室になるとどんどん少なくなって、急激に減るんです。勝負がシビアになっていくほど女性が減っていく。負けることの怖さより、知的好奇心が優るのが男性という気がします」

――藤田さんは南山という名古屋の名門女子校出身でしたね。私は地方公立の進学校出身なんですが、テストでも平均点は女子の方が高いんですよ。それが受験となると、女子は本人が望んでか、あるいは周囲から無言の圧があってか、手堅く受かりそうな大学にするようなところがありました。一方で男子の方は多少は背伸びして、落ちたらまあそれでもいいやと。

藤田「そういうところはあるかもしれませんね。女性と男性の能力がそう変わってるとは私は思わないけれど、例えば、部屋が散らかっていて連珠ばかりやっている女性がいたら、いまの日本社会ではどう思われるでしょう?」

――そういうことですね。

藤田「そういうことだと思います。小さい頃からそういう価値観で生きてると、自己実現のために躊躇なく他のことを捨てられる女性というのは少なくなる。育ちにくいと思います」

――本当にそうですね。(中略)・・・えーと、何の話だったっけ。

藤田「もう全部YouTubeに流そうぜ」

――いや、ヤバい話はできるだけ削って無難にまとめる方向でいきます(笑)。ダメだな、おれも(苦笑)。ああ、そうだ、肝心なことをうかがい忘れていました。連珠界のレジェンドについて語ってもらわないと。中村茂名人という、名人位29期のレジェンドがいらっしゃいますね。

藤田「16歳で名人になって、いま60歳になってもまだ名人なんですよ」

――語彙力がない感じの表現になりますが、すごいですね。

藤田「それを考えると『連珠界、なにも新陳代謝が起きてないんじゃないか、他の人がだらしないんじゃないか』と思うかもしれないじゃないですか。ただ、中村茂って人はとってもやっぱり特性がある人で。たとえば他の対局の感想戦でも、いつの間にか中村さんは盤の真ん前座ってるんです。興味の度合いが若いんですよ。少年の心を今でも持ち続けてて、連珠に対する好奇心がすごい。古い定石とか価値観とか、そういう積み上げたものを普通は簡単に捨てられないじゃないですか。ところが連珠界でいち早くソフトを研究に取り入れたのも中村さんで。中村さんはいろんなことに対応でき、変化できて、強さと若々しさをずっとキープしてるらしいです。中村さんが現代連珠の基礎っていうか、考え方を一通り作ってきたと言われるぐらいで。外国のプレイヤーの方にも絶大な信頼と憧れを抱かれてます」

――なるほど。以上の話をうかがうと、将棋界でいえば、まさに羽生善治九段のようですね。その中村さんに続くのは、たとえばどういう方たちですか?

藤田「三十代の代表が岡部さん(寛九段)です」

岡部寛九段(撮影:藤田麻衣子)
岡部寛九段(撮影:藤田麻衣子)

藤田「岡部さんもかなり早熟な方で、12歳の頃から世界選手権に出て、高校生の時からA級棋士になって、ユースの世界チャンピオンにもなってていう。本当にエリート街道を歩いてた人なんですよね。でも中村さんの壁を突破できなくて」

――なるほど。関係としては、早くから頭角を表しながらも、大山康晴15世名人に押さえられていた加藤一二三九段みたいな感じですかね。

藤田「英語も堪能で、海外でいろんな規定を決めたりとか、いろんな活動を支えたりとか、そういうこともしてる方です」

――岡部さんは日本連珠社の広報も担当されていて、私もお世話になっています。

藤田「五目並べのサイトが流行してた時期があって、そこから参入してた人がいっぱいいるんですよね。中山さん(智晴珠王)はその中の代表格です」

中山智晴珠王(撮影:藤田麻衣子)
中山智晴珠王(撮影:藤田麻衣子)

藤田「中山さんは中学、高校ぐらいにそういうのでハマって、リアルの連珠界で頭角を現して。中山さんは足が不自由なんですが、インターネット上で問題だったり、講座だったりを公開していて普及に対する貢献度が絶大。中国語も堪能で、中国の研究チームとのパイプも持ってるから情報通。『私が出会いたかったのはこの人なんだ!』と思うぐらい言語センスがすごい。『なぜこの手がいいのか』って説明できる人はなかなかいないじゃないですか。強くてもそれがうまいとは限らないでしょ? 中山さんは『なぜこういう考え方に至って、これがどうなっていく』っていうのを汲み取ることができて、話せるんですよね。だから中山さんは探究者タイプで、勝負にはそんなに興味がないというか。連珠そのものを愛しているから。いろんなことを知ってるし、いろんなことに興味関心があって。定石もそうだし、人の棋譜もそうだし。とにかく連珠漬け。藤井聡太さんみたいなタイプだと思います。相手を見て作戦を立てるとかしたくないと。自然に指して、自然に勝つという連珠を目指してます」

――志が高いんですね。

藤田「そうです」

――連珠名人戦のA級に所属するのは、岡部九段や中山珠王などを含めて10人。9月に開催されるリーグ戦は総当りで全9局。持ち時間が一人各100分。それで3日間で9局戦うという過酷な日程で。

藤田「いやもう、信じられないですよね。朝8時半に始めて2時間近い持ち時間の対局を3局する。(将棋の)女流棋士の公式戦は2時間が多いですけど、それを1日3局やるみたいなもんですよ。終わったら夜11時、12時とかで、次の日もまた朝8時半から。それを3日間やるんですよ」

――聞いただけで気が遠くなりそうです。

藤田「中山さんがよく『最後の日は、ただ石を並べてるだけ、置いてるだけになる』って言ってます」

――ひえー、そうなのか。そうなりますよね。でもしょうがないんだね。将棋のA級順位戦なら、じっくり1日1局、1年をかけておこなえるけれど。

藤田「だからわかったんですけど、将棋界の公式対局っていうのは、本当によくお膳立てされてて。対局に集中できるように環境を整えてもらってたんです。だけど連珠とか、アマチュアの競技の世界だと、必ずしも実力ある強い人が勝つわけじゃないんですよね。3日間の体力を維持できるとか、総合力っていうのが必要なんです。プラス、仕事で来れなくなったとか、そういう人だっているわけですよ。だから世の中には隠れた強豪もいるし、連珠にだけ力を費やせない人もやっぱりいっぱいいる。その中で、私とかラッキーにもA級に入れただけということなんです」

――A級リーグでの目標はどのあたりでしょう? 残留を目指すとか?

藤田「いやいやいやいや。『死なない』ってことですよ。わかってます? 朝8時半から夜12時まで。それを3日間ですよ」

――ヤバいですねえ、それは・・・。

藤田「目標は死なない。救急車で運ばれないことです」

――いち将棋ファンとしては、藤田さんと牧野さん(光則五段)にいい成績を残してもらいたいと思っています。

深川・いっぷくにて、牧野光則五段(撮影:藤田麻衣子)
深川・いっぷくにて、牧野光則五段(撮影:藤田麻衣子)

藤田「牧野さんとは、最初は私の方が先に始めてたんで、私の方が強かったんですよ。ところが一番最初に会った時から、初心者なんだけど『なるほど』って手をやってくるんですよ。で、考えさせられるんです。それで私はすごく惹かれて。『牧野さんとやると楽しい!』と。連珠でも『この人と打つと楽しい!』ってあるんですよ。棋風っていうか。で、牧野さんはどんどんハマってっちゃって。牧野さんの才能っていうのは、私は素晴らしいと思ってて。うーん、なんていうのかな。杉本さん(昌隆八段、藤井聡太棋聖の師匠)みたいな心境ですよ。

――ほう!? と言いますと・・・。

藤田「牧野さんが将来、A級を勝ち抜いて名人挑戦者になるのは既定路線だと」

――えっマジで? 牧野さん、そんなにすごいの?

藤田「私たちが、彼の興味を損なわないように、失わないようにすることだけが心配。牧野さんは名人になれる逸材だと思っています」

――ひえー。驚きました。

藤田「中山さんによく言われるんですけど、最初の初心者の頃から『二人は棋風が正反対で面白い』って言われてて。要するに牧野さんは崩れない連珠らしいんですよ。致命的なわるい手はなく、必ず平均点以上の手を打つ。私は目を覚めるようないい手をやるんだけど、目の覚めるようなわるい手を交互にやるから、崩れるときもあっという間なんだって(笑)。牧野さんの連珠っていつも長手数になる。将棋と一緒なんですよ」

――牧野五段といえば、将棋では420手で持将棋という、戦後最長手数の記録がありますね。

藤田「私は将棋で急戦好きだったでしょ? 斬り合うか、待って戦機をうかがうか、という時に、私は必ずといっていいほど斬り合う方を選んでたから、連珠もそういう傾向があって」

――わかりました。聞きたいことはだいたい聞けたような気がします。ありがとうございます。おつかれさまでした。そういえば藤田さんが昔「名古屋は世界の中心」って言ってましたが、世の中だんだん、そうなりつつあるんじゃないですか?

藤田「名古屋って言ったらさ。(中略)これ、絶対面白い。ちょっと編集してもいいからYouTubeで流そうぜ(ちょきちょきのポーズ)」

画像

――いやちょっと待って(苦笑)。文字にしてチェックして『ああ、このあたりまでなら大丈夫そうだ』ってところまで載せますから。(日本連珠社広報の)岡部さんにもチェックしてもらった方がいいのかな?

藤田「ええっ?! なんか言ってきたら全スルーして! 私は当たり障りのないことよりも、どうにかして爪痕を残したいタイプなんで! 『ぴえこ、丸くなったな』と思われたら負けなんで!」

――なにと戦ってるんだ(苦笑)。まあでもぴえこさん、昔からそうだった。そこはやっぱり変わらないよね。

(終わり)

2005年正月、千駄ヶ谷・鳩森神社にて、藤田麻衣子さん(撮影:松本博文)
2005年正月、千駄ヶ谷・鳩森神社にて、藤田麻衣子さん(撮影:松本博文)
将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

松本博文の最近の記事