井上尚弥次戦まであと1ヵ月。高額報酬はフルトンをどれだけ奮い立たせるか?
2人はいくら稼ぐ
スティーブン・フルトン(米)vs.井上尚弥(大橋)の軽量級スーパーファイトまでひと月あまりとなった(7月25日・有明アリーナ)。来月の今頃はフルトンが来日して大いに盛り上がっていることだろう。一方、井上は現在、米国、メキシコから招へいしたパートナーと精力的なスパーリングを行い調整に余念がない。前世界バンタム級4団体統一チャンピオン井上が4階級制覇を達成し2団体統一王者に就くのか、それともWBC・WBO世界スーパーバンタム級統一王者フルトンがモンスターの進撃を止めるのか。文字通り開始ゴングが待ち遠しい対決である。
このカードが世界的な関心を集める背景には無敵の井上が、今までで最強の相手に挑む設定とスリルが見逃せない。対するフルトンもアウェーで今を時めくスーパースターと対戦することにいささかも動揺している様子はうかがえない。むしろ敵役としてリングに登場することをエンジョイしている雰囲気さえ感じられる。井上に勝つという最大の目的と同時に小切手の額への憧憬が彼のモチベーションを刺激して止まない。
フルトンは井上戦でどれくらい稼ぐのか?ネットで検索してみると、最低保証額は井上が6億4000万円、フルトンは3億8000万円という記述に出くわした。
フルトンの報酬は過去最高額の3倍?
前回ポール・バトラー(英)とのバンタム級4団体統一戦で3億円を超えるファイトマネーを得たという井上は、フルトン戦で4,5億円に報酬が跳ね上がるとも言われる。ちなみに昨年、ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)と世界ミドル級2団体統一戦を行った村田諒太は推定6億円の報酬があったという。今回、井上はそこまで到達しないと見られたが、そうでもなさそうだ。またフルトンのファイトマネーは井上を勝るのではないかと思っていたが、他の記事をチェックすると、井上の約半分と推測される。いずれにしても、これだけの金額が捻出されるのは4月にNTTドコモがスタートした映像配信サービス「Lemino(レミノ)」のおかげである。
フルトンは2試合前のブランドン・フィゲロア(米)とのスーパーバンタム級2団体統一戦で総額100万ドル(約1億4000万円)を稼いだと言われる。また昨年5月のダニエル・ローマン(米)との防衛戦では50万ドルが最低保証額だった。今回はキャリア最高、フィゲロア戦のおよそ3倍を得ることになる。
井上の報酬はもちろん、フルトンのそれも100万ドルが高額ファイトマネーの目安と見られる軽量級では破格の金額である。井上のプロモーター、大橋ジム大橋秀行会長が「あっと驚くような金額」と漏らしたのもうなずける。普通なら、それに見合うようなパフォーマンスを披露しようとフルトンのモチベーションはマックスに達するだろう。それが引き金となってフルトンはいっそう張り切り、これまでよりもアグレッシブに対処。予想以上のパンチの応酬、果てしなく勝利を追求しスペクタクルなシーンが続出するかもしれない。
巨額マネーが結末を左右する?
そこに水を差すようで申しわけないが、長くボクシングを観戦していると、そればかりがボクサーの心情でないことがわかってくる。極端に言えば、一部の選手は「金は手に入った。後はどうでもいいじゃないか」という境地に陥るのだ。もしフルトンが井上に勝てば、一挙にパウンド・フォー・パウンドで中位抜擢はほぼ確実。米国軽量級の歴史に名前を刻むことは間違いない。それだけ本人と米国にとって重要な試合となるが、今後、彼がこれだけのファイトマネーを獲得するのはしばらく先のことか、もしかしたら井上戦が最初で最後になるかもしれない。「少しは頑張った。この辺までにしておこう」と試合を投げることがあっても不思議ではない気もしてくる。
例として階級も背景も異なるが、スーパーバンタム級王者から2階級上のスーパーフェザー級王者だったワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)に挑んだギジェルモ・リゴンドウ(キューバ)が中盤であっけなく棄権した一戦が挙げられる。また初戦で村田を幸運な判定で下しWBAミドル級王者に就いたアッサン・エンダム(カメルーン/フランス)がダイレクトリマッチで突然、棄権TKO負けした試合を思い出す。
映像メディアで描かれるフルトンは、そんなヤワな選手には見えない。実益よりも名誉や偉業達成を重視する姿勢を常にアピールしている。一筋縄ではいかぬボクサー、つまり井上を手こずらせる要素をふんだんに備えているように見受けられる。
まるでメイウェザーだ
驚いたのはジムワークの映像。トレーナーとのミット打ちはリズミカルで“マネー”ことフロイド・メイウェザー(米)そっくり。以前「リング誌」の記事で「ローマン戦のフルトンはフロイド・メイウェザーのミニチュアのようだ」という記述を目にしたが、それを裏づけるものに思える。またサンドバッグ打ちやトレーナーがプロテクターを着用して行うボディー打ちの特訓は重厚そのもので、21勝8KO(無敗)のレコードよりもずっとパワフルに感じられた。前々回の記事で、私は井上の比較的早いラウンドでのストップ勝ち、しかもスペクタクルなシーンを期待していると書いたが、予想が揺らいでしまった。フルトン恐るべしだと。
メイウェザーばりの動きでローマンを一蹴したフルトン
とはいえ、トレーニング風景と実際のリングは違う。もう一度フィゲロア戦、ローマン戦を見返してみた。結論から言えば、やはりフルトンは井上にとって脅威的な存在ではない――というもの。両者のパンチ力の差はいかんともしがたいと思われる。
確かに攻守ともまとまっている選手である。ディフェンスはウェービング&ダッキングが上手い。改めて指摘することではないが、スキルは備えている。ただし攻撃力が物足りない。特に右ストレートの放ち方が押し出し気味で手打ちの印象がぬぐえない。その点、左はまだいい方だが、強振しても一撃で倒せるほどのパワーはない。米国在住の知人のトレーナーによると「左で今まで勝って来たようなもの。時々(サウスポーに)スイッチするのは右より左が強いから。井上が唯一、気をつけるのは不用意に左フックを食らわないこと」と手厳しい。
同トレーナーにメイウェザーとの類似性について聞いてみると「ノー、ノー。メイウェザーのパンチは軽そうに見えて実はそうではない。斬れるパンチ。フルトンとはレベルが違う」と取りつく島もない。
黒人としてのプライド
ほんの数日でフルトン脅威説は私の中で氷解した。しかし試合への興味が薄らいだわけではない。井上が苦戦する、初黒星を喫するシーンがまだ頭から離れない。フルトンを駆り立てるものはズバリ、ジャパンマネーだろう。彼がスーパーバンタム級で井上の挑戦を受ける理由がそこにある。体重維持が難しいと言われるフルトンは勝っても負けても、おそらくフェザー級へと舵を取るはずだ。
彼が再び巨額を手にできるチャンスはフェザー級以上でビッグマッチを成立させるしかない(あるいは試合がもつれて井上と再戦というケースも考えられるが)。それがもう一つのモチベーションアップの起爆剤となる。その浮沈はこの井上戦に全てかかっている。やすやすとギブアップしてはあまりにももったいない話。以前ポッドキャスト番組でアピールしたブラックアメリカンとしての矜持も勝負の決め手となるだろう。