映画『テレビで会えない芸人』が描いたテレビ界の自主規制体質について製作者に聞いた
KTS鹿児島テレビが制作したドキュメンタリー映画『テレビで会えない芸人』が1月14日の鹿児島での先行上映に続いて1月29日から東京のポレポレ東中野ほか全国公開された。ポレポレ東中野では予想通り初日満員御礼の盛況だ。
映画は芸人・松元ヒロさんの半生を追ったもので、ヒロさんの舞台での芸もふんだんに映されており、エンタテインメントとしても楽しめる。だからヒットして当然とも言えるが、ここで私が指摘したいのは、これをほかならぬテレビ局が製作したことの意味だ。
タイトルからもわかるように、これは松元ヒロさんの芸を公開できないテレビメディアのあり方をも問うた映画だ。ある意味ではテレビ批判とも言える作品をテレビマンがどんな思いで作り上げたのか。そこには今のテレビ界の苦悩が反映されている。テレビ界の現状について疑問を感じながらなかなか変わらない現実に悩む現場の思いが、この映画の背後から伝わってくる。
そういう思いを聞くために、監督を務めた鹿児島テレビ報道制作局のお二人に会って話を聞いた。
映画について少し説明しておくと、ベースとなったのは鹿児島テレビで放送されたドキュメンタリー番組だ。同番組は2020年に日本民間放送連盟賞最優秀賞やギャラクシー賞優秀賞など数々の賞を受賞し、高い評価を得た。約50分の番組を81分の映画にしたのが今回の作品だ。
ヒロさんは鹿児島出身で、これまで社会風刺のネタを舞台などで披露してきた。安倍元首相や麻生元首相をギャグにして笑いのめすヒロさんの芸も映画にふんだんに盛り込まれている。
映画で圧巻というべきなのはこれまであまり知られていなかったヒロさんの奥さんとの自宅でのやりとりだ。この女性が実に個性的で、ヒロさんの芸や生き方を理解するうえで彼女の存在が欠かせないことを示してくれる。
そのあたりはぜひ映画館に足を運んでスクリーンで確かめてほしい。
以下、鹿児島テレビ報道制作局の四元良隆部長と牧祐樹ディレクターのインタビューだ。映画の監督はこのお二人が務めている。
「テレビじゃできない」が心に引っかかった
――松元ヒロさんのドキュメンタリー番組を作ることになったきっかけは何だったのでしょうか。
四元 2004年に、鹿児島出身の吉俣良さんという音楽家の取材をしたんですが、その時に、すごい面白い鹿児島出身の芸人さんがいるんだという話を聞いたんです。絶対テレビで流せないネタばかりやるんだけど、という話を聞いた時に、「テレビじゃできない」というところが何か心に引っかかりました。
2019年2月に松元ヒロさんの鹿児島公演を観に行って、酒席をともにする機会がありました。そこでヒロさんから「最近、テレビ局の人が観に来るんです。そして、必ず言われます。『ヒロさん、面白い。絶対、テレビに出せないけど…』」。15年前に感じた心の引っかかりを思い出しました。忖度が横行している今の時代に対する思いもあって、ヒロさんにカメラを向けさせてもらえませんかと話をしたら、「いいよ」とおっしゃった。それが取材の始まりでした。いつ放送するとかは決めていませんでした。実際何が撮れるかわからない。とりあえずカメラを回していこうとなりました。
――テレビではどういう枠で放送したのですか?
四元 最初の放送が2019年7月で、30分番組でした。フジテレビ系列の九州と沖縄の局で制作する「ドキュメント九州」という深夜のドキュメンタリー番組でかけました。
一人の芸人の眼を通して、表現と言論の自由について考えるというのが番組のテーマで、例えば麻生元首相に対して風刺を交えながら、厳しく言及するシーンなど最初から入れました。表現にタブーを設けないよう、ただ単に芸人を追った番組にならないよう心掛けました。
牧 次に2020年5月に1時間番組にまとめて、深夜枠で放送しました。
それが日本民間放送連盟賞のエンターテインメント部門で最優秀賞をいただいて、今度は受賞記念ということで、鹿児島ローカルの枠ですけれど、10月に19時からのゴールデンで再放送しました。
四元 賞を取ったことで社内が盛り上がり、ゴールデンでやりましょう、ということになったのです。
牧 いろいろな賞をいただいたことで追い風が吹いたという感じです。
四元 その頃から映画化の提案を配給会社からいただいて、これまでドキュメンタリー映画を何本も作ってきた東海テレビの阿武野勝彦さんに相談に乗ってもらい、さまざまなお力添えをいただきました。結果、配給会社は東海テレビの映画を手掛けている東風に決まり、映画のプロデューサーもやっていただくことになりました。
奥さんのインパクトと撮影をめぐる経緯
――映画の中でヒロさんの奥さんがすごくインパクトがあって、とても良いシーンになっていますね。
四元 映画に入れたかった奥さんのシーンはあと二つぐらいありました。その一つは安保法制が可決された時に、奥さんが「もうこんな日本には住んでられない」と言って美容室に行ったんですが、帰ってきたら金髪にしていたという話でした。好きなエピソードでしたが、入れませんでした。
牧 撮れたシーンはたくさんありましたが、最も印象的なシーンだけを残しました。僕らも撮影してる中でとても魅力的な方だなと感じていて、ヒロさんを描くためには奥さんの存在は欠かせないと思いました。
四元 ヒロさんへの思いが通じて、奥さんも僕らを信頼して、取材に応えていただいたと思っています。
牧 「私はちょっと映さないでね」という形で始まってるんですけれども、結構長い時間お家にもお邪魔させていただいていて、その間ずっとカメラを回していました。そうすると、奥さんの方から話しかけてくれたり、僕らが行くたびにいろいろ美味しい料理を振舞ってくれたりするんです。そういうふうに迎え入れてくれてるということが、明言はしないけど受け入れてもらったと思っています。
昔は「憲法問題」も普通にテレビでやっていた
――「テレビで会えない芸人」というタイトルは、早い段階から決まっていたのですか?
四元 ヒロさんが舞台で僕らの取材をネタにして、「『テレビで会えない芸人』なんです」と笑いを取って、それを聞いた瞬間に、もうこれにするしかないなと思いました。
テーマが「言論と表現の自由」です。「テレビで会えない芸人」をテレビが追っかけて、その芸は本当にテレビが出せないものなのか。もし、そうでなければ何がそうさせているのか、それを僕らはテレビで観てもらおうと思ったのです。
番宣で麻生元首相や安倍元首相をヒロさんがネタにしているシーンを流した時には「何というもの流すんだ、お前らは」みたいな抗議がちょっと来ましたが、番組そのものを放送した時には1本も来ませんでした。むしろ「再放送してほしい」という声が多数寄せられたんです。伝える思いがあって、ちゃんと観てもらえばわかってもらえるんだと思いました。
牧 テレビで流せないと言われてるものを流したからすごいでしょみたいな感じでは我々全然思っていなくて、むしろ今番組で観ていただいたようなものが、最近のテレビでは観なくなっていませんか、皆さんこういうのって何故なくなっちゃったんでしょうねと一緒に考えてもらう番組にできれば、というイメージですね。
四元 昔は「憲法を考える」とか普通にテレビでやっていたような気がするんです。でも今はクレームを恐れているのか、やらない時代になりました。だからこそ、憲法については扱いたいなと思いました。ヒロさんの舞台で憲法のネタをやる日を聞いて撮りました。
牧 イデオロギーの話というよりは、おかしいものにおかしいと言えない世の中はおかしいよねということですね。
――局としての評価はどうですか?
四元 局を挙げて応援してくれています。年末、ゴールデンの番組でも紹介してもらい、宣伝のCMも流してもらっています。鹿児島が先行上映なので、その公開に合わせて各番組での特集を展開していくことになっています。
今のままではテレビの方が棄てられる
――テレビ局としても、テレビで思い切ったことが言えない状況について考えてみようという姿勢なわけですね。
四元 「テレビで会えない」というのは、多分、今のままのテレビでは僕らの方が視聴者に会えない、僕ら(テレビ)が棄てられるのではないか、という思いもあります。
今テレビは、ネットでちょっと批判されたり、抗議が来ると、「じゃあそれやめよう」とかいうのが本当に多くなっています。例えば温泉の番組企画で、許可をもらっているのかとかネットで書かれると、「許可を得て入ってます」とかスーパーで表示する。抗議が来ないようにそうするわけですが、でも許可を得て入っているのは当たり前でしょう。それなのに全部言い訳というか、抗議が来ないようにを最優先に考えてしまう。そういう空気に流れやすい今のテレビ界の姿勢を、ヒロさんは嫌だと言い、これでいいんですかというのを僕らに突きつけているような気がするんです。
牧 批判や抗議が聞こえてくるともう怖くなって、萎縮するという。そうすると次はそういう声が無くても、相乗効果でどんどん表現が狭くなってしまう。
――映画で表現するのは、テレビとはまた違う問題提起ができますね。
四元 テレビは決まった放送枠内で表現しなければならず、ローカル放送だと観てもらえるエリアも限られ、そのほとんどが1回放送したら終わりです。しかし、映画は長い時間をかけて表現でき、作品としても残り続ける―やっぱりそれは魅力だなと思います。今回、鹿児島テレビが初めて挑戦した映画『テレビで会えない芸人』、ぜひ多くの人に観てもらいたいなと思います。
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