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韓国国会でまさかの「南北バトル」勃発。脱北者議員の「北の思想を信じているのか?」にやりすぎの声も。

元北朝鮮英国公使のテ・ヨンホ氏。韓国の保守系国会議員として4月に初当選した(写真:ロイター/アフロ)

韓国国会には「人事聴聞会」という制度がある。大統領が新たに公的な高位職位者を任命する際、能力や人格的に適任者か、国会に呼んで話を聞き確かめるというものだ。

7月23日に呼ばれたのは、政府統一部(省)の新長官に任命されたイ・イニョン氏(56歳)だった。「長官」は日本だと「大臣」に相当する。

革新系与党「ともに民主党」の国会議員でこれまで当選回数は4回。高麗大学在籍時に学生運動のリーダーとして知られ、金大中政権時に「新しい血を入れる」として新千年民主党(当時)に迎えられた。7月の長官指名後は、徴兵免除について「腰痛が理由のはずなのに、大量のペットボトルを楽に運ぶ様子を撮った動画がある」と、不正の疑惑をかけられていた。

統一部門の新トップを巡り、なかなか見られない光景が繰り広げられた。

”思想検証”

新長官に対し、何度も「北朝鮮の主体(チュチェ)思想を信じているのか」「思想転向したのか」と聞く、という場面が見られたのだ。

午前・午後の2部制で行われた聴聞会のなかで、保守系野党「未来統合党」のテ・ヨンホ(泰永浩)議員(57)は午前中の質問者となった。4月に当選を果たしたこの議員、2016年6月まで北朝鮮の英国公使だった。この年の7月に韓国に亡命を名乗り出た、「エリート脱北者」なのだ。

16日に開会した国会での大仕事。ここでテ・ヨンホ議員は「空回り」の印象を与えてしまった。

聴聞される側のイ・イニョン新長官が言い返す場面も。全文を紹介する。

  • 両者の攻防は「VS」の構造で報じられた。サムネイルの右側がイ・イニョン氏。JTBC。

「私は金日成主体思想の元祖」「え?」 

テ・ヨンホ/未来統合党議員:お会いできてうれしいです。まず長官候補者として指名され、おめでとうございます。私は他の人よりも候補者への関心というか、そういったものが非常に大きいです。私は、(この4月に)国会選挙の選挙区から立候補し、一番初めに耳にしたネガティブ(な声)は、「テ・ヨンホは共産主義者である。思想の検証ができていない」というものでした。候補者もこれまでにこのような言葉を聞いたでしょう?

イ・イニョン/統一部長官候補者:はい、まあ他者の間でそう囁かれもしましたし、また政権が公に私を「容共勢力(共産主義を容認する勢力)」と指摘していた時代もあります。

テ:だから、私は誰よりも候補者の生活の軌跡をいま一度追跡してきました。そして(今回の聴聞会の質問)タイトルをつけました。「テ・ヨンホとイ・イニョンの二人の金日成主体思想信奉者の生活の軌道」。同意しますか?

イ:まあ、今すぐに同意することができない問題ではないでしょうか?

脱北者出身のテ氏の突然の「テーマ設定」に対し、イ氏はクールな対応を見せた。

テ:私は金日成主体思想の元祖ですよね?

イ:え?

テ:主体思想の元祖でしょ? 私は。

イ:元祖ですって?

テ:はい。

イ:まあ、よく分かりませんが。

元祖、というのは「北から来た」「そこで大使館勤務(大使の一つ下の役職、公使)をしていた」、だから「ここでは誰よりも主体思想に詳しい」ということだ。

テ:私は、私の人生と候補者の人生を一度このように比較してみました。私は1960年生まれで、候補者は64年生まれです。私は80年度に大学に入学、平壌(外国語大学)でした。候補者は84年入学ですね。私は80年代前半と後半とを(学生として)過ごしながら、当時、北朝鮮で主体思想を信奉していました。ところが当時、北朝鮮で何を教えていたかというと、「韓国の主体思想信奉者は非常に多いということです」。そして「全大協(全国大学生代表者協議会)」という組織があり、全大協組織構成員は、毎朝、金日成の肖像画の前で南朝鮮を米帝の植民地から解放するための忠誠の意志を確認するということです。

イ:おそらく北での情報が間違っていたと思います。

テ:だから、そんなことがあったのか、なかったのか?

イ:そんなことはなかったと、私は私の知る限りではお伝えすることができます。

テ:候補者は、そのようなことがなかったのですね?

イ:全大協議長であった私ですが、毎日午前中に金日成の写真に忠誠の誓いを行い、主体思想を信奉した、という記憶が全くありません。

テ:それは北朝鮮が操作した偽のニュースだということでしょうか?

イ:誇張された話だ、そう思います。

ここでテ議員はフリップまで提示し、時系列で二人の歩みを比較し始めた。イ新長官はあくまでクールな表情。いっぽう「私の知る限りではなかった」という曖昧な表現が後半の流れに影響を与える。

  • 聴聞会の様子を報じるJTBC。テ議員側には時折、笑顔も見られるが…

テ:で、次に私の90年代後半の人生と、候補者の生活を一度比較してみました。90年代についてはご存知でしょうが、世界的に大規模な波動が起こります。それゆえ北朝鮮もやはり「苦難の行軍」に入るようなことが起きて、私も海外勤務の発令を受け、デンマークとスウェーデンでの生活で生活をしました。当時、韓国でも非常に大きな変化が起こります。主体思想派であった多くの人々が、90年代後半に入り、転向をします。私は候補者がこの時、何をしたのかと(いま一度南北関係の事情を)振り返ってみたのですが、非常に奇妙なことを一つ見つけました。北朝鮮が非常に困難な時だったにもかかわらず、むしろ逆にその金正日は韓国を再び赤化統一させてみようと、(南に)スパイを送りいわゆる地下党組織の修復活動を繰り広げます。その状況下に南に来たスパイが書いた本があります。「誰も私を申告しなかった」。もしかしたら、この本をお読みになったことがありますか?

イ:聞いたことがあります。そして、最近そういった本があるというので、私と関連する部分の質問があるだろうと思い、抜粋もしてみました。

テ:それでは、この320ページになぜスパイが北から来たのかという内容があり、339ページにある方と接触して、その内容が詳細にされているが、これは候補者についての内容だということで正しいですか?

イ:339ページなのかはよくわかりませんが、私に関連する(文脈の)4行、その内容は、私もいま持っています。その内容をすべて読みあげてくださいよ。

テ:結構です。私はすべて読んだので。

「誰も私を申告しなかった」(2013年)。北朝鮮の元対南工作員による自叙伝。筆者は韓国での工作活動中だった1995年に韓国警察との銃撃戦の末逮捕。以降は韓国軍での分析官などを務めた。
「誰も私を申告しなかった」(2013年)。北朝鮮の元対南工作員による自叙伝。筆者は韓国での工作活動中だった1995年に韓国警察との銃撃戦の末逮捕。以降は韓国軍での分析官などを務めた。

テ議員は書籍の内容を引用し、「あなたは北のスパイと接触していたのではないか?」と詰め寄る。イ議員は「だったら今、読んでくださいよ」と反撃を見せた。さらにこの後、テ氏が少し言葉に詰まると「逆襲」に出ようとする。

イ:であれば、私の方からも二つだけ申し上げてもよろしいでしょうか?

テ:いや、私は当時その本を読んだ立場として、候補者が幸いなことに(その後)よく世渡りをしてきたなと思ったもので。

イ:何がいったい世渡りなのかを、これを見守る国民に明らかにしていただく必要があるのでは?

テ:いえ、私が(言いたいのは)、(当時、イ氏が北から来たという人物を)機関員だと知っていた。しかしスパイとしては認知しなかった。いずれにせよ彼との会話を拒否したという文脈が出ています。問題は(イ・イニョン氏がスパイの存在を知りながら)申告をしなかったということでしょう?

イ:申告を私がしたのならば、彼をスパイとして認知していたということではないでしょうか? それは今おっしゃったことと矛盾した行為に該当しませんか? 私がスパイとしてその人物を認知したら、申告するのは当然で、スパイとして認知していなかったから、申告していなかったことは、一貫した行為はないでしょうか?

これほどにテ氏が突っ込みを入れる理由は、当然のごとく「韓国側の統一部門のトップが、じつは北の共鳴者ではないか」「学生運動出身とあれば過激な思想の持ち主では?」という疑いを追求するというものだ。そしてこの日は国会議員側の代表者と一人として質問に立ったのだった。

イ長官の反撃「南の民主主義を理解していない」

テ:その後に、候補者(イ新長官)が書いた文章も、いくつかの裁判記録もたくさん見たが、そこにこのような表現が出てきます。「南朝鮮は米帝の植民地…」というような。

イ:今、私が書いた文章だと言われましたか?

テ:書いた文もあり、裁判記録もあり、メディアに出てきた内容もあり。

イ:それは議員がとても不正確な話をされているということです。私が書いた文章ではないでしょう。もう一度確認した後にお話をされないと、歪曲した話をこの場でしていることになります。

テ議員、指摘を受け、話題を変える。

テ:では、追加質問いたします。こういうことでしょう。私が大韓民国に来て以降ずっと、多くの人が私に「思想転向したのか」と尋ねます。ところが私はまだ……私は今回、これ(聴聞会)の準備しながら、候補者の生活の軌跡を多く見てきました。いつ、どこで、またどのように思想転向をしたのか、これを見つけられません。いっぽうで私のような立場の人間は、大韓民国に来て幾度も「大韓民国万歳」も言ってきました。だから、いったいどこの誰が私について「思想転向しなかった」というのは何の話をしているのか、(強い姿勢で、抗議の意味をもって)言えます。大韓民国に来て最初の記者とのインタビューでのことです。私ははっきりとこうやったと明らかにします。もしや、候補者もいつ、どこで、どのように「私は主体思想を捨てた」または「主体思想の信奉者ではない」と口にしたことがありますか。公開宣言のようなもの、とでも言いましょうか。

韓国にやってきて、保守系の国会議員にまでなった自分は、はっきりと「大韓民国バンザイ」と口にした。”そちらもはっきりと言えないのか?”こう詰め寄った。自身がバンザイをする写真までプリントアウトし、その場で提示した。イ新長官は、別の切り口で質問者に言い返した。

イ:いわゆる転向というのは、テ議員のように北から南に来られた方に普通は該当する話ではないでしょうか? 私は南から北へ行ったり、北から南に来たりした人間ではありませんが? 私に思想転向したかどうかを確認するのは、いくら議員が私に聴聞委員として問いかけた内容だとしても、穏当ではない質疑内容だと思います。もう一つは北では、いわゆる思想転向のようなものが明示的かつ強制的に行われているものかもしれません。南では、いわゆる思想と良心の自由は法的なものでなくとも、社会政治的な民主主義の発展のレベルにおいて強制するものではありません。その点で見れば、委員が私に「思想転向したかどうか」を度々聞くということは、まだ南の民主主義に対する理解度が落ちるのではないか。私はこのように申し上げるよりほかありません。

この「民主主義への理解度」「思想転向」のくだりは、左右双方の韓国メディアも見出しに使うほどの「反撃」だった。雰囲気が微妙な方向に向かったからか、司会者の”合いの手”が入った。

[ソン・ヨンギル/国会外交統一委員長]

質疑を終え、追加質疑とします。追加の質疑までは……30秒空けましょう。30秒待ちますので追加質問がありましたら発言してください。

  • 地上波SBSのように両者の対面を少し面白おかしい演出で報じるメディアもあった

テ:では、いまだ主体思想信奉者なのですか、ないのですか? 国民の前で正直に「私は今、主体思想を捨てた」。そう言うのは難しいのでしょう?

イ:その当時も主体思想信奉者ではなかったし、今もそうではない。この点は明らかに申し上げます。しかし、それにもかかわらずこのような話が、テ(聴聞)委員が私に思想転向を絶えず強要したり追及したりする行為により(国民には)誤解していただきたくないです。

テ:つい先ほど、言われたことなのです。尊敬するキム・ヨンホ委員(別の国会議員であり、今回の聴聞委員)がこの場は思想を検証する場だと言われました。

イ:思想検証と……?

テ:(与党の)ともに民主党議員らにとってもこの場を思想検証する場だと考え、質問したのです。ところが、その言葉(主体思想主義者だと否定する言葉)がそれほど大変なものですか?

イ:思想検証と、思想転向を強要されるのはまったく別の話だと思います。

テ:主体思想を信じるのか、信じないのか。

イ:韓国で私の知る限りでは、思想転向を強要するのは北と、南の独裁政権時代の出来事だ。私はそう考えています。

はっきりと言え、と再度促すテ議員。「言ってんだろ?」とばかりにクールに切り返すイ新長官。国会がそんなことを問う場所なのか? いくら聴聞とはいえ、「何度も聞くのは失礼」という話だ。そして最後には「あなたの考えを押し付けられることはない」と反論している。

このやりとりについて、いまや韓国の保守派が集う場所となったYouTube(保守第一党は2017年の大統領選挙での得票率約24%、2020年の国会選挙では議席獲得数約30%に追いやられている)の関連ニュースコメント欄では、テ議員への称賛の声が挙がった。よくぞ言ったと。

いっぽう、革新系与党(つまりイ新長官側)は激怒。議員側からは「思想検証とは、70年代、80年代の幽霊が復活したようなもの」「質問する様子は、彼の悲しいコメディだった」とのコメントが出てきた。いっぽう保守系野党(つまりテ議員側)は「何を怒っているのか?」「聴聞会での核心的質問だった」と涼しげな顔。

保守系の中央日報系列のJTBCは、「与党「テ・ヨンホの悲しいコメディ」、野党「なぜそこまで敏感なのか?」思想転向」とのヘッドラインでニュースを報じた。朝鮮日報は「転向しましたか? テ・ヨンホが聞くや、蜂の巣を突くような攻撃が始まった」と報じた。与党側からの反発が強かった、ということだ。

現場でも上滑りの雰囲気があったことを察知したか、当のテ議員も午前中の質問後、午後のやりとりでは弁明に出た。「転向」の言葉がネットで大騒ぎだと認め、「この言葉を辞書で調べると、従来の思想や理念を変え、それと異なる思想や理念に変えること」とした。この言葉にイデオロギー的な色を加えすぎるのはむしろ韓国的な特徴だ、と説明した。イ新長官は「テ議員は少なくとも韓国の民主主義を理解していない」と繰り返した。韓国での左右対立の深刻さを改めて知らせる出来事となった。

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

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