深い集中、そして「夢中」を取り戻せ!【井上一鷹×倉重公太朗】最終回
―――――――――――――――――――――――――――
これまでの話から、内発的動機が高く能動的に動けている人は、深い集中を発揮できることがわかりました。それは個人の話だけではなく、組織においても同様です。選択肢が多様化し、複雑化している世の中だからこそ、「何をするのか」を強気で語れる人や組織が強い時代になっていきます。新規採用においても、事業運営においても、「なぜ、この事業をやっているのか」が語れないと、人がついていかず、仕事がうまく回らない世の中になっているのです。自分の人生に集中して生きる人が増えれば、日本社会はもっと元気になっていくことでしょう。
<ポイント>
・初動で悩み過ぎず、何かを始めることを優先する
・一緒に働く人に求めるキャラクター
・「正しくてつまらないことを言う人」と話さなければダメ
―――――――――――――――――――――――――――
■コロナで働き方はどう変わるのか
倉重:これからの時代、特にコロナで新しい働き方がどうなるでしょうか。井上さんなりの切り口で、今年の新入社員や、そういう方に向けてお願いします。
井上:どこの切り口が僕の中で今語りたいかといったら、大概の面白いことをしている人は、10年前と同じことを言っていないと知ったほうがいいなと思っています。
倉重:どういうことですか。
井上:例えば孫正義さんは20歳ぐらいの時点で「何歳に何を実現する」ということがはっきりしていたではないですか。このパターンのアントレプレナーはすごく稀有(けう)だなと思っています。信じられないぐらいピボットを繰り返して、10年前に言っていた夢と全然違うところにたどり着いたけれども、「これは面白いですね」ということが本当に多いです。何を言いたいかというと、初動で悩み過ぎるなということです。
倉重:ピボットというのはどんどん方向性を変えていくということですね。一直線に夢に向かっていく人は今どれだけいるのかという話ですよね。
井上:それも不確実です。10年前に「10年後にはこうなる」と思っていたことが当たっている人もいないので、何かを始めてしまうということが大事です。
倉重:あとは一度決めたことにこだわらないことですか?
井上:間違いなくそうですね。後で変えることを前提に考えてもいいと思っています。「1万時間の法則」という言葉を聞いたことがありますか? どんな領域でも、集中して取り組む時間が累計1万時間になると、その領域のプロフェッショナルになれるという法則です。仕事に集中できるのは1年で1000時間くらいです。そうすると、50年仕事したとしても、1万時間×5個の仕事しかできません。
倉重:何かを極めるには1万時間がかかると。だから、人生で集中できるのは1万×5ぐらいであるということですね。
井上:そうなると目の前の仕事を疑ったほうがいいのです。「これは人生をかけていいものではないな」と思ったらすぐにピボットする癖をつけておくのです。「後々に5分の1をかけていいと思わなかったら自分は変えるタイプだな」と思えれば、初動が軽くなります。
倉重:「別に変えたっていいのだからね」と言って、取りあえず始めてしまえばいいのですね。
井上:「やってしまったのだから、もう10年はやらないと」という真面目さはもちろん大事だし、そういう領域はあるのだと思うのですが、今成功しているタイプの人には少ないと思います。
倉重:いきなり結婚ではなくて取りあえず付き合ってみろと(笑)。
井上:本当にそうだと思います。
倉重:不確実性が高まっている今だからこそ、そういう要素が強まっているということですよね。誰も今までコロナのことなど言っていなかったし、この後がどうなっていくかも分かりません。なおさら、偉い人が言っていたからそうなるとも限らないという話ですよね。あとは何か若い人に向けてアドバイスはありますか。
井上:若い人は何を悩むのでしょうね。
倉重:例えばZoomなどですと、教育などもそうですし、成長している実感がないであったり、仲間意識がないであったり、そういう悩みもあると聞いています。
井上:オフィスに行かないこと自体で一番苦しいのは新人ですよね。僕のようなおじさんは、「昔はこうだった」ということを語り口としています。でも、ルールは変わっているので、それに対しては半分無視すると決めるのが大事なのでしょうね。
倉重:要するにおじさんたちの言うことを聞いているからといって、成功できるとは限らないという話ですね。
井上:オフィスにいないから、背中で感じたり、空気を読んだりしにくいわけですよね。
倉重:仕事っぷりを見ることはできません。
井上:見取り稽古のような話だと思います。僕は軟弱者なので剣道も柔道もやったことがないのですが、見取り稽古という、すごく上達した人をただ見るという稽古があるのです。
オフィスがないとそれができなくなるわけですよね。ザ・日本企業の「空気を読みましょう」ということもできなくなります。上の人たちが活躍できない場所がまた増えたわけですよね。先ほど言ったようなオーラで仕事をすることが難しくなったわけなので、とがり方を変える方向に進まないとしんどいですよね。
倉重:むしろ新しい環境に適合するのは若い世代のほうができるわけですからね。私からは最後なのですが、井上さんのこれからの夢をお願いします。
井上:僕自身が大谷翔平のまねをして、1年前ぐらいに自分の人生のマンダラチャートを書いたのですね。ど真ん中に置いたのはやはり企業内起業家を増やすことでした。それは前に話したことと多分一緒なのではないかと思うのですが、これだけ企業が、コロナが起きても内部留保をしまくって、金余りが発生し、いろいろな会社が新規事業開拓のミッションで人を採用しようとしています。もう入れ食い状態です。
倉重:チャンスでしかないだろうと。
井上:そうです。投資をしたくて仕方がない企業がたくさんあります。本当に会社の金で遊ぶという感覚ですよ。だって、給料が決まっていて、リスクを背負わなくていいのが、「会社」という発明だから、乗らないわけにはいきません。
倉重:損は何もないですものね。自分が借金を背負うわけでもないし、破産するわけでもありません。
井上:こんなことを言ったら怒られるけれども、本当にそうだと思います。
倉重:新規事業はそういう遊び心から生まれてくるものですしね。そういう意味では終身雇用だけではなくて、業務委託やフリーランスで働く人も増えています。対等な立場で「この人とは来年も一緒に仕事をしたいな」と思ってもらえるような自分でいたいですね。
井上:それは間違いないですね。
■リスナーからの質問コーナー
倉重:あとは若手からの質問に答えてもらいたいと思います。ではコヤマツさん。
コヤマツ:ありがとうございました。今の話は、「夢中になるためには内発的動機を改めて見直そう」など、ある意味で個人としてのお話を主に聞かせていただいて非常にためになりました。仕事は誰かと一緒にやらなければいけないという話も出てくるものですよね。多分、誰とやるかがすごくキーファクターになってくる時代が来ていると思っています。それで、井上さんが考える「こういう人たちと一緒にやったら夢中で働く自分を取り戻しやすいよ」といった、一緒に働く人に求めるキャラクターや素養などはあったりするのでしょうか。
井上:ありますね。これは一般論だし、僕も8割方はそうだと思っていることを言うと、Yes and系の人ですよね。「こういうものはどう?」と言ったら「そうだね」という人です。Yes butがいるではないですか。それはbutで言いたいだけですよね。Yes andの人はもっと建設的に、企画系や構想フェーズにおいては非常に仲良く一緒にものづくりができます。
これがなぜ8割かというと、これだけだと危ないと思っているからです。ポジティブモチベーションで集まった組織はいいことのほうが多いのですが、そこに行って新規事業の話をすると「これはものすごく面白い」とみんなが言います。Yes and Yes and……と続くと、これは素晴らしいものだと勘違いし始めるのですよ。そうするとおかしくなります。
倉重:評価が高くなり過ぎる問題があるのですね。
井上:だけれども、僕がきょう言ったような話は、日本で10万人ぐらいしかうなずいていないと思うのですよ。だけれども、これをどこかの集まりやZoomで話すと、集まっている人が選定されているから、Yes and系などはみんなうなずいて「すごくいい」と言います。だけれども、池袋で街頭演説をしたら絶対に聞かないですよね。
だから、やはりYes andが8割で、自分のモチベーションも保ちながら、より建設的な人とものを考えることは大事だと思いますが、やはり自分に対して非常にネガティブな人も必要なのです。うちの会社は少な過ぎるけれども、オフィスに行っていた時は「JINS MEMEは何でやっているの?」という人はいました。
倉重:「何なの。うちでやることではないだろう」と。
井上:「何か会社の金で遊んでいない?」ということですね。自分に対して利害関係があるからこそネガティブな意見が出ます。遠い関係性で会ってくれる人はものすごくYes andなのだけれども、近い人に「もう絶対お前の言っていることは違う」と言っている、利害関係がある人が絶対にいます。この人との会話を避けると、訳が分からない、ふわふわの人間になってしまいます。これを8:2で配合するということがすごく大事だと思っています。
倉重:確かにね。感度の高い人だったらJINS MEMEはみんな知っていますけれども。やはり一般人で言ったら、まだ知っている人のほうが少ないですものね。
井上:全く知らないです。
倉重:だって、井上さんのお母さんも知らなかったでしょう?
井上:うちの母親などは「何をやっているのよ。真面目に働きなさい」という感じですから。リソースの中でやはり自分のモチベーションが一番大事なので、ベクトルを長くするためには、Yes andの人と話します。その後、ベクトルを微修正して、きちんといい方向に向けるのはネガティブな人の意見のほうが大事です。
倉重:確かに勘違いしないようにしなければいけないですね。本当にすぐに調子に乗りますから。よく分かります。
井上:「絶対に正しいじゃん」と言う人はいますよね。正しくて、つまらないことを言う人と話さなければ駄目なのですよ。
倉重:それはそれで大事なのですね。つまらない話をする人は一般的なのですけれども、新規事業をやり過ぎると現れなくなります。
倉重:いいですね。ありがとうございました。ミハラさんはいかがですか。
ミハラ:私は社労士をやっていまして、20人ぐらいの小さな会社の人が多いのですけれども、やはり見ているとなかなか社員さんがモチベーションを高く持って集中してやっているということがあまりありません。社員の方に集中して働いてもらうためにどのようにアドバイスをしたらいいでしょうか。集中ではないですね、夢中になってもらわなければいけないので。
倉重:何のためにその仕事をやるのかを伝えなければいけないのでしょうね。
井上:それですね。僕は今JINS の中で経営企画も兼任しています。自分でも悩んでいるのですが、やはり人のモチベーションが下がっているときの原因を「何で」と繰り返し聞くと、「何でやっているか分からないからだよ」という答えが出てきます。あらゆる仕事やプロジェクトがどこかでスタックするのは、「なぜ」と「何で」で止まっています。だから、「Why」と「What」が定まっていなかったり、伝わっていなかったりするとスタック条件になります。どうやってこれを届けるか、いつまでにやらなければといった「How」の話に終始し、「Why」と「What」が抜けていることが最悪です。
ミハラ:社長が分かっていても社員は分かっていないということですよね。「やれ」と言われているけれども、何でやっているのかが分からないということですね。
井上:そこもやはり戦略、計画、管理、実行だと思うのです。大体は管理ばかり強くしようとするのですよね。「何で集中してくれないのだろう」「何で頑張らないのだよ」と言って、コントロールしようとしているのです。だけれども、戦略と計画の時点でしっくり来ていないから、土台の部分がつながっていないのです。だから頑張れないのですよね。「そこのビジョンが大事」のようなことをみんな言っていますけれども、その辺りが「何で」ということに止まらせないこと。逆に言うと、会社が「こういうことをしたい」と語っていて、それに全然うきうきしなかったら、辞めたほうがいいではないですか。
倉重:何でいるのだという話ですね。生活のためなのかもしれませんけれども。
井上:そうです。それはライスワークなのですよね。「何を成し遂げたいか」ということや、楽しさを伝えることですよね。
倉重:工場でねじを締める仕事をしている人が、たまたまお客さんのところにその製品を直しにいった時にすごく感謝されたので、その後にとてもやる気が上がったといった話がありました。結局どう役立っているのか分からない単順作業はつらいわけですよね。でも、それがお客さんの役に立っていて、最終的に感謝されているのとやる気が出ます。どのような仕事にもそういう要素はあるので、川上から川下まで全部流れを理解するとずいぶん違うのかなと思いますね。
井上:間違いないですね。
倉重:では、最後に何か一言、言いたいことはありますか。
井上:今、僕は「夢中になれ」のようなことを言いました。でも、今のこの話自体を疑わなかったらダメなんです。「そのとおり、井上さん」と思っている人が一番危ないから(笑)。
倉重:最後にぶっ壊しましたね。
井上:そこがすごく大事かなと思います。うのみにしないということはすごく大事です。
倉重:いいですね。最後の最後にどんでん返しが待っていました。では、井上さんとの3回目の対談はこれぐらいでおしまいにしたいと思います。どうもありがとうございました。
井上:ありがとうございました。
(おわり)
対談協力:井上一鷹(いのうえ かずたか)
大学卒業後、戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトルにて大手製造業を中心とした事業戦略、技術経営戦略、人事組織戦略の立案に従事後、ジンズに入社。JINS MEMEの事業開発を経て、株式会社Think Labを立ち上げ、取締役。算数オリンピックではアジア4位になったこともある。近著は「集中力 パフォーマンスを300倍にする働き方」、「深い集中を取り戻せ ―― 集中の超プロがたどり着いた、ハックより瞑想より大事なこと」。 https://twitter.com/kazutaka_inou