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ロシアの「師団配備」 北方領土のロシア軍は増強されるのか

小泉悠安全保障アナリスト
色丹島に残るソ連軍戦車(写真:ロイター/アフロ)

「クリル諸島」への師団配備を公表

ロシア軍が新たに1個師団を「クリル諸島」に年内に配備するというニュースが大きな注目を集めている。

2月22日にロシア議会の公聴会に臨んだショイグ国防相が明らかにしたものだが、クリル諸島といえば千島列島と北方領土を含むロシア側の名称であるため、これを「北方領土への」新師団配備と解釈する報道も多いようだ。

また、日本政府も「北方四島でロシア軍の軍備を強化するものであるならば」との条件付きでロシア側に遺憾の意を表明したことを明らかにした。

ただし、冒頭で述べたように、ロシア側が発表したのは(北方領土を範囲の一部に含む)「クリル諸島」への師団配備であり、我が国の北方領土に新たな部隊配備を行うと明言したわけではない。

ロシア側は配備を「年内」としているので近く追加情報が出てくると思われるが、まずは現時点での冷静な議論のために、判明していることをまとめておこう。

その上で、実際にありそうなシナリオを筆者から提示してみたい。

ショイグ国防相の発言

モスクワ郊外の愛国者公園で演説するショイグ国防相(筆者撮影)
モスクワ郊外の愛国者公園で演説するショイグ国防相(筆者撮影)

まずは、ショイグ国防相の発言であるが、以下の通りと報じられている。

「今年は西部国境及び南東部において3個師団の展開を完了するつもりです。我々はクリルの防衛にも積極的に取り組んでいます。同地にも師団(単数形)を展開する予定で、これも年内に完了することになっています」

(タス通信、2月22日)

以上のように、ショイグ国防相は、カムチャッカ半島沖合から北方領土にまで至る約1200kmのクリル諸島のうち、どこにどのような師団を配備するかには一切言及していない。

ただし、「師団」となれば、防空部隊やミサイル部隊ということは考え難い(こうした部隊は通常、連隊や旅団として編成される)。また、前段に出てくる「西部国境及び南東部」の3個師団についてはロシア軍が対NATO・ウクライナ向けに増強している陸軍部隊のことを指すと思われる。

こうした文脈からするに、ショイグ国防相はなんらかの新たな地上部隊をクリル諸島に配備することを示唆していると考えられよう。

北方領土配備の可能性は

では、それが北方領土に配備される可能性はあるのか。

小欄でも幾度か取り上げているように、ロシアはソ連崩壊後も北方領土に1個師団(第18機関銃砲兵師団)を配備している。その規模はソ連時代に比べて縮小しているが、狭い北方領土にもう1個師団を設置するということは考え難いだろう。

ありえるとすれば、前述の第18機関銃砲兵師団を別の師団へと改編するというシナリオで、日本政府が抗議の際に念頭に置いていたのもこの可能性ではないかと思われる。

機関銃砲兵師団というのは地域防御を担う二線級装備部隊を指すが、2008年以降のロシア軍改革により、北方領土以外の地域ではすべて廃止された。北方領土の第18師団だけはいわば辺境防衛部隊として古い編成が残っていたわけで、これを他地域並みの標準編成(自動車化歩兵師団)化することは十分に想定しえよう。

北方領土の「海軍」化?

この際、所属が陸軍から海軍に変わるということも考えうる。

近年のロシア軍は、海軍を中心とした国境防衛体制を採用してきた。

つまり、国土の沿岸部分では海軍を中心とする陸海空統合部隊(海軍自身が地上部隊や航空部隊を保有する場合もあれば、海軍が陸空軍を指揮する場合もある)を編成して防衛にあたるという体制である。

バルト海の飛び地カリーニングラード、北極圏、カムチャッカ半島などはこうした防衛体制の典型例であるが、北方領土を含むクリル諸島でも同様の防衛体制が敷かれる可能性は考えられよう。

そもそもロシアが北方領土を含むクリル諸島に部隊を配備しているのは、それらの島自体を防衛するためというよりは、島々を固守することによってその内側にあるオホーツク海を防衛するという側面が強い。

オホーツク海は核抑止力を担う弾道ミサイル原潜のパトロール海域であり、将来の北極海航路の出入り口でもあるためだ。

カムチャッカ半島に配備された新鋭原潜ウラジミール・モノマーフ(露国防省)
カムチャッカ半島に配備された新鋭原潜ウラジミール・モノマーフ(露国防省)

昨年、ロシアが国後島及び択捉島に新型地対艦ミサイル(これも太平洋艦隊所属)を配備したことについても、対日牽制というよりはこのような文脈から理解する必要があることは以前の拙稿で述べたとおりである(ロシアが北方領土に最新鋭ミサイルを配備 領土交渉への影響は)。

ロシア国防省はベーリング海峡に臨むチュコト半島にも太平洋艦隊所属の1個海軍歩兵師団を配備する計画を昨年明らかにしているほか、クリル諸島中部のマトゥワ島にも海軍の拠点を設置するための調査団を2015年から派遣している。

このようにしてみると、ショイグ国防省の言うクリル諸島への師団配備は、同諸島全体の防衛体制を海軍中心へと再編する動きの一環である可能性が考えられよう。

注目される日露2+2

もちろん、すでに述べたように、ショイグ国防相がいう新たな師団が北方領土に配備されると決まったわけではない。

クリル諸島の防衛強化という意味でいえば、現在は地上部隊の配備されていないほかの島が配備先という可能性もありえよう(それも師団は一つの島には大きすぎるので、複数の島に分散配備されることになると思われる)。

ただ、この場合は基地インフラなどを一から再建する必要があり、年内の配備はかなり難しそうだ。

日本政府は3月20日に東京で予定されている日露外交防衛閣僚会合(2+2)でロシア側に師団配備の真意を問いただすとしており、まずはここでのロシア側の回答が注目されよう。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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