あなたの1票が未来を決める 独立に向け燃え盛るバルセロナ 世界を揺るがす民主主義の地殻変動
自治権剥奪の強硬措置
[バルセロナ発]日本では安倍政権5年の是非を問う総選挙の投票が22日行われますが、建築家アントニ・ガウディの代表作サグラダ・ファミリアやサッカーの名門FCバルセロナで有名なスペイン北東部カタルーニャ自治州が独立問題で大きく揺れています。
イギリスの欧州連合(EU)離脱決定、アメリカのトランプ大統領誕生に続いて、極右政党・国民戦線が決選投票に進んだフランス大統領選、世界最年少の31歳首相が誕生する見通しになっているオーストリア国民議会選挙と世界中で民主主義が地殻変動を起こしています。
カタルーニャ独立問題もその一つです。民主主義のマグマが今、地球を突き動かしています。あなたの1票が社会の行方、人類の未来を大きく左右するのです。日本の総選挙も例外ではありません。
筆者はカタルーニャ州の州都バルセロナに19日未明に入り、独立問題を現地で取材しています。1日の住民投票で9割が独立に賛成。プチデモン州首相が独立を宣言する一方で効力を停止して中央政府のラホイ首相との交渉を求めました。しかしラホイ首相は19日までに態度をはっきりさせるよう突き返しました。
19、20の両日開かれた欧州連合(EU)首脳会議が終わるのを待って、ラホイ首相は21日、緊急閣議を開き、憲法155条に基づきカタルーニャ州の自治権を剥奪すると宣言しました。27日にもラホイ首相率いる国民党が過半数を握る上院の承認を得る見通しです。
独裁者フランコ死後の1978年に施行された現行憲法下で155条が適用されるのは初めてです。
「スペインの揺るぎなき統一」
「スペインの揺るぎなき統一」を守るため、憲法は自治州の独立を許しておらず、緊急措置として中央政府に自治権剥奪を認めています。ラホイ首相によると、プチデモン州首相と閣僚12人を全員解任し、中央政府が直接統治に乗り出します。州首相に認められた州議会の解散権はラホイ首相に移管されます。
6カ月以内に州議会選が行われる予定ですが、カタルーニャ政府の国外向け広報組織DIPLOCATのアルベルト・ロヨ事務局長は「独立に賛成する政党は排除される可能性もあります。バスク自治州で前例があるので心配です」と筆者の取材に表情を曇らせました。
中央政府の統治下では、州議会は新しい州首相を選ぶこともできず、いかなる決議についても中央政府の承認が必要になります。カタルーニャ公共放送も「正確かつ客観的でバランスの取れた情報を保証するため」として中央政府の支配下に置かれます。
ラホイ首相は「カタルーニャの自治権が停止されたわけではない。自治の正当性が回復されつつあるのだ」と説明しました。これに対して、プチデモン州首相は21日、中央政府による自治権剥奪を拒否すると発表しました。
逮捕されたのは普通の市民
これに先立つ21日午後5時からバルセロナのグラシア通りで行われた自治権剥奪と市民組織のリーダー2人の「不当逮捕」に抗議する集会を取材しました。地元メディアのカタルーニャ・ニュースによると参加者は45万人にのぼりました。
もともと独立を扇動したとして逮捕された2人の即時釈放を求める集会でしたが、自治権剥奪がラホイ首相によって宣言されたため、プチデモン州首相もマス前州首相とともに急きょ参加しました。スコットランド民族党(SNP)が主導するスコットランド独立運動でこのような大規模デモが行われるのは見たことがありません。
リーダーの1人が逮捕されたカタルーニャ国民会議(ANC)には75人のリーダーがいます。2014~15年にリーダーを務めたことがあるジュゼップ・ペドロルさんは1999年から2年間、京都で日本語を学んだエコノミストです。
「ANCのリーダーをしているのは普通の市民です。逮捕された現在のリーダーの1人も普通の人です。治安警察に写真を撮られるので、ヒゲをはやすようになりました。携帯電話のメッセージや通話はすべて盗聴されています。政府や議会の自治権を守るために私たちは人間の鎖を築きます」
2014年に非公式の独立住民投票を実施したマス前首相ら10人の政府関係者は計500万ユーロの罰金を科せられました。1日の独立住民投票でも7人の政府関係者が3~4日間逮捕され、ANCなど市民組織のリーダー2人が逮捕されたのです。
スペインではカタルーニャ独立運動に加担することは犯罪なのです。女性にも参政権をと唱えただけで治安警察に監視され、テロリスト扱いされた20世紀初頭のイギリス婦人参政権運動を思い起こしました。
中央警察のヘリが上空を飛ぶたび、参加者は空を見上げて強烈なブーイングを浴びせました。集会参加者が、空から監視するヘリをペンライトで浮かび上がらせた「アラブの春」そのものです。
プチデモン州首相率いるカタルーニャ欧州民主党の中堅幹部、カッレス・アーゴスティさんはこう語ります。
「ラホイ首相の自治権剥奪宣言はカタルーニャの人々の恐怖を呼び覚ましました。10月1日の独立住民投票では治安部隊によって約900人が負傷させられました。次にEUに加盟する民主的国家で独裁国家のようなことが起きるのに驚きました。しかし、だからこそ私たちは独立しなければならないと勇気づけられたと思います」
アーゴスティさんの父はフランコ独裁下、共産党の地下活動家として独立運動に参加していました。
45万人の集会は市民の手で運営され、非常に好感が持てました。アーゴスティさんによると、集会に秘密警察が潜り込み、参加者を暴徒化させるように工作することがあるそうです。カタルーニャの人々は潜入工作員を孤立させ、地元警察に突き出すようにしています。
バルセロナでレストランを営むチャビ・アドメテヤさんは「警官隊の棍棒で殴られるのは正直言って怖いが、私たちはガンジーやネルソン・マンデラと同じで無抵抗、非暴力の独立運動を展開しているのです」と言います。
カタルーニャ独立運動はスペイン継承戦争(1701~14年)に遡る300年余の歴史があります。継承戦争でハプスブルク朝についたカタルーニャはブルボン朝に敗れ、政治権力を失いました。フランコ独裁下(1939~75年)ではカタルーニャ語は禁止されました。
79年に自治州となったカタルーニャは中央政府に協力しながら自治権を拡大させてきました。しかしスペイン・ナショナリズムを掲げる国民党のアスナール政権が2000年総選挙で絶対過半数を獲得してから状況は一変。カタルーニャの地域政党の協力を得る必要がなくなった国民党政権は再中央集権化の動きを見せ始めたのです。
これに反発してカタルーニャは05年、スペインを連邦的な国家にしようと試みる新自治憲章を制定。国民党や他の自治州が反対し、憲法裁判所は10年「新自治憲章は憲法の定める『スペインの揺るぎなき統一』に反している」と違憲判決を下したことがカタルーニャの独立運動に火をつけてしまったのです。
バルセロナを放っておくとマドリードより強くなる
バルセロナを放っておくと政治の中心マドリードより強くなって、スペインを崩壊させる引き金になる――そんな恐怖心に取り憑かれた支配者がカタルーニャを弾圧し、富を収奪する歴史を繰り返してきました。
カタルーニャ自治州の面積は3万2114平方キロメートルで全体の6.3%、人口は745万人で16%。これに対して15年の国内総生産(GDP)は20.1%。納税額も20.8%です。地中海貿易と産業革命の集積が残るカタルーニャは今も昔もスペイン経済の中心で、スペインの輸出の4分の1以上を支えています。
北部のバスク州とナバーラ州には徴税権が与えられていますが、カタルーニャ州には徴税権がなく、国からの交付金が財源になっています。物流も地中海回廊のカタルーニャを経由した方が経済効果を期待できるのにマドリード経由の計画が進められています。
ラホイ首相のやり方ではカタルーニャの独立運動は燃え盛る一方です。カタルーニャ州政府や州議会の自治権剥奪をめぐり警官隊を投入して再び独立住民投票と同じような弾圧が繰り返されたら、独立の流れはもう止められなくなるでしょう。
(おわり)