Yahoo!ニュース

『サマーウォーズ』OZの世界をゲームディレクターが解説「作った人はおそらく地獄だったはず」

まいしろエンタメ分析家

細田守監督の最新作『竜とそばかすの姫』が好評だ。

インターネット上の仮想世界<U(ユー)>を舞台とした本作だが、その原点とも言えるのが2009年公開映画『サマーウォーズ』である。先日、日本テレビ系「金曜ロードショー」でも『サマーウォーズ』が放送され大きく話題を呼んだが、この作品を現代の技術者から観てみるとどう見えるのだろうか?

今回は現役のゲームディレクターであり、ゲームプランナー・エンジニアとしてこれまで多数のゲームを手掛けてきた「かえるD」さんに映画『サマーウォーズ』についての様々な疑問をぶつけてみた。

<かえるD プロフィール>

  • ゲームディレクター/ゲームデザイナー。ScopeNext取締役。
  • モバイルや、PCゲームのディレクターを多数行う。
  • note.com/kaerusanuにてゲームの作り方を執筆中。

■数億かけたゲームでもヒットするのは1割以下

ーーまず、「ゲームディレクター」とはどういうお仕事なのでしょうか?

映画でいう「監督」のような役割で、ゲームのシナリオや世界観、ゲームデザインを決定します。

ゲームプランナーと呼ばれるゲームの企画担当からスタートして、サブディレクターやパートディレクターなどの順序を踏んで、最終的にゲームディレクターになるのが一般的です。

筆者作成(表記ない限りは記事内すべて同様)
筆者作成(表記ない限りは記事内すべて同様)

ただ、業界の変化が激しく、新しい領域の場所では経験者がいないため未経験でも「やりたい!」と手を挙げたら抜擢されることがあります。それでチャレンジして、生き残れたら勝ちという世界ですね(笑)。

ーーまさに実力主義ですね。ゲーム開発チームのリーダーにあたる役割かと思いますが、通常何名ほどのチームで制作されているのでしょうか?

ものによりますが、ソーシャルゲームなどであれば、30〜100名ほどのチームで1年半ぐらいかけて開発していることが多いです。それでだいたい数億円ほどかかります。

ーー数億円かけたゲームでも「当たる」ときと「はずれる」ときがあると思いますが、実際勝率はどれほどなのでしょうか?

気持ちとしては毎回「当てるぞ!」というつもりで出していますが、いまのスマートフォン市場だと赤字にならないゲームが2~3割程度、ヒットするゲームが1割以下ですね。

やっていることはほとんどギャンブルです(笑)。

ーー想像以上に厳しい世界なんですね……! ご自身はいままでどういったゲームを制作されてきたのでしょうか?

私自身はソーシャルゲームが多いです。

ストラテジーゲーム(※じっくり計画を立てて進めていくゲーム)を作るのが好きなのですが世間的にはRPGが人気なので、その中間にあたるゲームをよく作っています。

ーーRPGはやはり人気のジャンルなんですね。

最近は変化してきていますが、ソーシャルゲームの世界だとやはり人気です。

ゲームって、ヒットするためには「キャラクター」がとても大事なんですね。

RPGはユーザーにキャラクターへの思い入れを持ってもらいやすいジャンルなので、「ソーシャルゲームを作るぞ!」ってなったらとりあえずRPGを作ろうとすることが多いんです。

ーーなるほど。なかなか普段は知る機会がないゲーム業界の裏側のお話が聞けておもしろいです!

■仕様がどうなっているのかわからない「OZ」の世界

ーーそれでは本題の『サマーウォーズ』についてお聞きしていきたいです。映画には、世界中の人々が集って楽しむことができるインターネット上の仮想世界「OZ」が登場しますが、こちらの第一印象はいかがでしたか?

制作がかなり難しそうというか、「どうなってるんだこの仕様は...?」というのが率直な感想でした(笑)。

ーー(笑)。 実際に制作する場合、どういった点が特に大変そうでしょうか?

OZは、自由にいろんな場所へいって好きなゲームにその場で参加できますよね。この「誰かがプレイしているゲームにほかのプレーヤーが自由に乱入できる」というのは、作る側からすると非常に悩ましい問題なんです。

公園で例えると「サッカーをやっていたら隣の野球が交じってしまった」という状況ですね。カジュアルなゲームなら大丈夫ですが、真剣なものであればそれなりのルールを作らないといけないので、「うわ、これは作るの大変だな……」って(笑)。

ーー確かにOZは自由にどこへでもアクセスできる世界なので、その分ルールを考えるのが非常に大変そうですね。

そうですね。それからOZは、ガラケーやパソコンなど、いろんなデバイスからアクセスできるようになっています。

しかもガラケーのユーザーとパソコンのユーザーがバトルゲームで戦ったりしているので、バランス調整が大変です。それぞれのデバイスに合わせたチェックも必要ですし、これを作った人はおそらく地獄だったと思います。

ーー実際に日々ゲームを作られている方からの言葉は重みが違いますね……!

■時代にあわせて作られた仮想空間のデザイン

ーーOZでは、人型・動物型・モノ型など幅できアバターが準備されており、プレーヤーが自由に自分のアバターを選ぶことができますが、こちらについてはいかがでしょうか?

『サマーウォーズ4DX』公式サイトhttps://s-wars-4d.com/より。高い人気を誇る本作は、10周年となる2020年に4DXで公開された。
『サマーウォーズ4DX』公式サイトhttps://s-wars-4d.com/より。高い人気を誇る本作は、10周年となる2020年に4DXで公開された。

OZはユーザー同士のコミュニケーションを楽しむ空間なので、それに合わせて様々なテイストのアバターが準備されているんだと思います。

(RPGのように)ストーリーや世界観を楽しむ空間の場合は、アバターのテイストをある程度あわせたりするのですが、OZの使われ方に合わせてアバターが設計されていますね。

ーー主要なキャラクターとそうでないキャラクターにデザインの差などは感じますか?

サブキャラクターはモノや虫などが採用されているんですが、主要キャラは人型や動物型のアバターが多いですね。

一般的に、人間や動物はユーザーが共感しやすいので、そういったものを主要キャラに割り当てたんだと思います。

ーーOZはアバターだけではなく空間のデザインも特徴的ですが、どういった意図でこのデザインになったと思われますか?

『サマーウォーズ』が公開された当時、仮想世界というのは「現実に似ている世界」を作ることが多かったんです。「地面があって、空があって、建物がある」という世界ですね。

そういうよくあるイメージに引っ張られず「見たことがない仮想世界」にするために、こういう(地面や空がない)デザインにされたのではないかと思います。

ーー「空や地面がない仮想世界」というのは制作が難しいものなのでしょうか?

デザイン自体は難しくありません。ただ、OZの場合は完全に地面がなく「空を飛べる」ようになっているので、ユーザーの操作は難しいはずです。

空を飛ぶって、前・右・左だけではなくて、上・下含めた360度に自由自在に操作しないといけないんですね。VRであれば将来的には対応できるかもしれませんが、OZではキーボードやコントローラーを使っているのでかなり操作のハードルが高いと思います。

ーー『サマーウォーズ』は何度も見ている作品ですが、操作の難しさに着目したことはなかったです……!

あとは、OZはバトルゲームもかなり操作が難しいと思います。

格闘系のゲームって、基本的に「ジャンプ・パンチ・キック」などできるアクションが限定されているんですね。そうでないと、(ユーザーのコントローラーの)操作ボタンが足りなくなってしまうんですよ。

でも、OZの場合はアクションがかなり多彩です。敵が近くに来たときにとりあえず押す「便利ボタン」を作ればある程度はなんとかできると思うんですけど、それは開発が地獄になるので、やっぱり「これ作るのは大変だなぁ」と(笑)。

ーー映画を見ながら漠然と「作るのが大変そうだな」という感想を持たれた方は多いと思うのですが、実際に制作されている方に聞くと「どこがどう難しいのか」を具体的に知ることができて大変おもしろいです!

■ゲームで人工知能に勝つなら「コイントス」がおすすめ

ーー『サマーウォーズ』は、人工知能「ラブマシーン」がOZの2056桁のセキュリティコードを解いて暴走するところからストーリーが始まります。この2056桁のセキュリティというのはこれは現代の基準に照らし合わせても高いものなのでしょうか?

セキュリティコードにはいくつか種類があるのですが、OZはおそらくRSA暗号と呼ばれるものを使用していると思います。その場合、一般的に使われている鍵の桁数は、最長でも617桁です。617桁以上の暗号は、現時点の技術ではコンピュータでも突破しにくいですね。

ーーそう聞くとOZのセキュリティはかなり高いように思えます。

それがそうとも言えません。ハッキングというのはたくさんやり方があるので、たとえ正面玄関を2056桁の暗号で守ったとしても、他の入り口が甘ければハッキングされる恐れはあります。

OZの場合、もっとも簡単そうなのは「運営している組織にスパイとして潜り込む」というパターンだと思います。他にも、OZという世界自体が広いので、どこかしらに穴があると思います。

ーー「2056桁で守る」というのは、たくさんある抜け穴の中のうちの1つを固めているだけということですね。作中では、ハッキング後に「ユーザーアカウント乗っ取り」や「アカウントのなりすまし」などが発生します。こういった事態が実際に起きた場合、制作者としてはどういった対応をされるのでしょうか?

映画で描かれているところ以外でいくと、まずはすべてのアカウントを元に戻すために、アルバイトを1000人規模で雇って修復にあたる必要があると思います。

それから、アカウントなりすましの被害の規模が大きい場合、訴訟問題に発展すると思います。『サマーウォーズ』は規模が大きいので国レベルの訴訟になると思います。なので、おそらく大量に弁護士を雇うことになったはずです。

ーー高校生が家族と一緒に頑張る映画だと思って観ていましたが、見えていないところで大人の戦いもあったんですね……。『サマーウォーズ』のクライマックスでは、暴走した人工知能「ラブマシーン」とゲームで決着をつけるシーンがあります。作中では「花札」を選んでいましたが、実際に人工知能と戦うならどういうゲームがおすすめですか?

人工知能と戦うなら、運の要素が強いゲームがおすすめです。人間の反応速度には限界があるので、その速度を超える人工知能に人は勝てないんです。

なので、「コイントス」のような運だけのゲームの方が勝率は高いです。

ーー考えたり努力するゲームよりも、カンや度胸で乗り切るゲームの方が向いているんですね……!作中で選んだ「花札」もやや運の要素があるゲームですが、これは比較的、人工知能との戦いに向いているゲームだったということでしょうか?

花札も運の要素はありますが、複雑なゲームではないのでこのレベルの人工知能だとすぐに学習してしまうと思います。

なので、ここでラブマシーンに勝てたのはかなり主人公たちの運が良かったんじゃないかなと思っています。

ーー主人公たちの運が良くてよかったです!やはりゲームの世界では人工知能はかなり強いものなんですね。

ただ、最近のゲームでは「弱いユーザーにうまく負ける相手」として人工知能が使われることも多いです。

弱いユーザー向けに人工知能を調整して、ストレスを感じないようにうまく負ける、という使われ方ですね。

ーーそんな人工知能による人間の接待が進んでいるとは!

「負ける」ってやっぱり人間にとってはストレスが大きいんですね。ゲームの場合、80-90%ぐらいは勝てないとなかなか続けられないんです。

なので強いユーザーは人間どうしで、弱いユーザーは人工知能とプレイするという世界になってきています。

ーー映画に描かれなかった部分のお話から、最近のゲームの事情まで幅広くお話が聞けて大変おもしろかったです。本日はありがとうございました!

エンタメ分析家

エンタメ分析家。データ分析やインタビューを通して、なんでもないことを真剣に調べてみた記事をたくさん書いてます。よく書いているのはエキサイトニュース、デイリーポータルZなど。アート作品のマッスルを延々と解説する初書籍『アート筋トレでスリム美体に!』が発売中。漫画・アニメ・ゲームなどについても書きますが、音楽と映画が特に好き!

まいしろの最近の記事