再現された”七夕の悪夢”。ヤクルト小川泰弘は「完全に飲まれてしまった」と…
4月22日から始まったスポーツナビの「プロ野球復刻試合速報」は、過去の試合を当時の時間の流れそのままに再現するという、野球ファンにとっては実に興味深い企画である。その2試合目として23日に“速報”されたのが、2017年7月7日の東京ヤクルトスワローズ対広島東洋カープ戦。「“七夕の奇跡” 最終回にミラクル!」と銘打たれたこの試合には、もう10年ほどヤクルトの取材をしている筆者にも忘れられない思い出がある。
故障明けの小川にとって“抑えデビュー“
当時、真中満監督(現野球評論家)率いるヤクルトは首位から19.5ゲーム差の最下位に沈んでいて、しかも5連敗中。その連敗を止めるべく打線が奮起し、先発の原樹理ら投手陣も踏ん張って8対3とリードして最終回を迎えたところから、ミラクル……いや、ヤクルトサイドから見れば“悪夢”が始まる。
9回表のマウンドに上がったのは、そこまで4勝2敗、防御率2.31の好成績を残していた小川泰弘(当時27歳)。ただし、5月下旬に背中を痛めて約1カ月戦列を離れ、6月30日の阪神戦(甲子園)から、プロ入り以来初めての救援として一軍に復帰したばかり。しかも、その試合で守護神の秋吉亮(現日本ハム)が故障したため、この七夕の日が“抑えデビュー”となった。
リードは5点。スタンドのヤクルトファンは連敗ストップを信じて疑わなかったはずだ。9回先頭のサビエル・バティスタ(今年3月に自由契約)にソロ本塁打が飛び出しても、まだ大丈夫だと誰もが思っていただろう。ところが──。
ここから先は辛くなるので、詳細は「プロ野球復刻試合速報」を見てもらうとして、結果的には広島がこの回に一挙6点を奪って逆転。ヤクルトは8対9で敗れ、連敗は「6」となった。試合後、コメントを取ろうと重い足取りでグラウンドに出ようとしたところで、普段はそんなことは口にしない若い記者が「僕、泣きそうになりました…」と話しかけてきたのを、今でもハッキリと覚えている。
伊藤智仁投手コーチ(現楽天投手チーフコーチ)が小川の肩を抱きながら、記者からガードするようにしてクラブハウスに引き揚げてきたのも忘れられない。とても話を聞けるような雰囲気ではなかった。
「手探り状態でマウンドに上がっていた部分も…」
帰り際、小川は「次はしっかりやり返します」と気丈に話して愛車に乗り込んだが、リリーフでさらに2試合投げたのち、オールスター明けから先発に戻る。
「正直、ホッとしましたね。先発を主としてやっているピッチャーだと自分では思ってるし、そこで頑張りたいなっていう気持ちがあったので」
そう当時を振り返ったのは、ずいぶん後のことだ。
「コントロールが良くて、球威もないとできないポジションなので、(守護神抜てきは)ありがたいことですけど、『ケガ明けでやるのは厳しいな』っていうのが本音でした」
あの七夕の試合、故障明けということもあって調子は決して良くはなく、自信もそこまで持てなかったのだという。本拠地の神宮でありながら、レフトを中心に真っ赤に染まったようなスタンドは、異様な雰囲気を醸し出していた。そんな中で一度火がついたカープ打線の勢いを止めるすべは、本調子からはほど遠いあの日の小川にはなかった。
「本当はいけないことですけど、手探り状態でマウンドに上がっていた部分もあって……。そこで完全に飲まれてしまいました」
小川の抑え起用。それは真中監督にとって“最後”の賭けだった。その賭けに敗れると、連敗は最終的に「14」まで伸び、8月22日にはこの年限りでの退任を発表する。この2017年、ヤクルトは球団史上ワーストの96敗を記録。”七夕の悪夢”はそれを象徴するようなゲームだった。
ただし、勝つ喜びがあれば負ける悔しさもあるのが勝負事であり、プロ野球もまた然り。新型コロナウイルスの感染拡大が続き、シーズン開幕がいまだに見えない今、そんな日常を恋しく思うばかりだ。