聖戦に向かう欧州の若者たち ―ソーシャルメディアで過激思想が入り込む
(以下は新聞通信調査会が発行する月刊メディア冊子「メディア展望」10月号に掲載された筆者の原稿です。若干補足していることと、9月の執筆時から11月上旬の間の情報が反映されていない点をお含みおきください。)
8月末、米国人ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー氏がイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の戦闘員と見られる人物に首を切られ「処刑」される動画がネット上に出た。世界中の多くの人が首切り行為、そしてその場面を動画にしてネットで公開するという手法に残酷さを感じた。
英国での衝撃は格別だった。というも、黒装束の戦闘員は英国のアクセントがある英語を話したため、この人物が英国人である可能性が出たからだ。何故英国の青年がこのような行為を行ったのか、防ぐ手立てはなかったのかと英国内で大きな議論が発生した。
英国でイスラム教を盲信する若者たちがテロ行為、殺害行為に関与したのは今回が初めてではない。また、英国のみならず、ベルギー、フランス、スウェーデンなどほかの欧州諸国から多数の若者たちがシリアやイラクに出かけ、ISやほかの過激武装組織の構成員となって戦闘行為に参加している。こうした若者たちの「敵」にはいつしか西欧諸国の一般市民や中東諸国で取材をする西側の報道陣や支援組織のスタッフなども含むようになっている。
西欧諸国で生まれ育った若者たちは何故「聖戦(ジハード)」に参加するために海外に出かけ、戦闘行為に参加し、さらには西欧の市民の首に手をかけるようになったのだろうか?
若者たちの聖戦兵士への変化の原因を明確に分析するには多くの専門家の知見が必要となり、筆者一人の手に余るが、ここでは最近の具体例の紹介をすることで、処々の問題の理解や今後の解決策を考えるための一助になればと願う。
なお、いくつかの言葉の定義について確認しておきたい。まず「聖戦(ジハード)」という言葉だ。ブリタニカ国際大百科事典では「イスラム伝播のためイスラム教徒に課せられた宗教的義務。ジハードは必ずしも武力によるものではなく、心による、論説による、支配による。さらに剣による4種類のジハードに分かれる」とある。決して武力による戦いのみを指すわけではないのだが、この原稿の中でシリア、イラクあるいは欧州各国で発生している現象を説明する文脈においては主として武力による戦いとして使っている。
また、「イスラム過激派」あるいは「穏健派」という表現がある。在英のイスラム教組織の人々によると、イスラム教徒には「過激派、穏健派という区切りはない」という。また、ここで問題にする若者たちは「イスラム教徒ではない。そのように書くことがおかしい」という指摘がある。イスラム教という名前を使っているだけだ、と。
筆者はこうした指摘を重要と思っているが、新聞や通信社などの報道では本稿に出てくるような若者たちを「イスラム教の過激思想の持ち主」として扱うのが一般的であるため、ここでは論を進めるためにそうしていることをご理解願いたい。
ロンドン・テロでイスラム教青年が注目浴びる
筆者が住む英国の例から見てみよう。イスラム教徒の青年たちが自国民にテロ行為を行うという英国民にしてみれば想定外の状況に遭遇したのが、2005年、数人の青年たちがロンドンの地下鉄やバスで自爆テロを行った時である。
英国民にとって「テロ」言えば、記憶にあるのは英領北アイルランドのカトリックとプロテスタントの住民との間のテロであり、それが英国本土に上陸した際のテロ行為であった。
ロンドン・テロの実行者は全員がイスラム教徒で、3人は英国で生まれ育ったパキスタン系移民2世、1人がジャマイカ生まれで英国に長年住んでいた青年だった。「国産の(home grown)テロリスト」という言葉が報道によく出るようになった。テロの経緯に関する調査報告書が複数出たが、家族や知人が「どこにでもいる普通の青年」が何故どのような過程でテロ行為に走ったのかについて、一般市民が分かるような説明が出ないままに、何年もが過ぎた。
当初、4人の実行犯たちは「例外」として考えられたが、その後の数年で、この青年たちと同様に「突然(と家族や知人は見る)イスラム教過激主義に心酔し、何らかの武装行為をいとわない」若者たちの事例を英国民は次々と目撃するようになった。
近年の例では、昨年5月、ロンドン南東部ウーリッチにある英陸軍砲隊兵舎近くを歩いていた英兵が路上で男性二人に殺害される事件が起きた。実行犯はともに20代のナイジェリア系英国人で、通りかかった通行人に「米軍によるイスラム教徒の殺害に復讐するために殺害した」と話した。キリスト教徒として生まれ育ったが、イスラム教徒に改宗していたという。
英兵はこの日非番で、兵舎近くを歩いていただけで刃物による攻撃を受けた。実行犯らは犯行後、現場を去らず、通行人に状況を撮影するよう頼んでいた。幾度となくテレビで放送された動画は、「自分もいつ攻撃を受けるか分からない」という恐怖感を国民に植え付けた。二人は昨年末、殺人罪で有罪となり、今年になって終身刑を下された。
今年6月、英西部ウェールズ地方出身の学生2人など数人の若者たちがシリアやイラクでの聖戦を勧める動画がネット上に出た。家族や友人たちは学生たちが戦闘行為に参加するためにシリアに向かっていたことを知らなかった。
シリアやイラクで欧米を敵視するイスラム教過激派組織「イスラム国」(IS)が勢力を拡大し、ISや同様の組織に加わって聖戦戦士となる英国民が目立つようになってきた。
米フォーリー記者の殺害動画発表から約10日後の8月29日、キャメロン英首相は会見で、英国籍のIS戦闘員が「約500人」と述べた。英国の安全が脅かされているという認識から、テロ警戒レベルを5段階の上から3番目の「重大」から「深刻」に引き上げた。引き上げは約3年ぶり。
首相は、9月1日、テロ対策を強化する法案の成立を目指すと発表。法案は国境でテロリストと疑われる人物から場合によってパスポートを没収できるようにする、紛争地を飛ぶ路線の搭乗者名簿を英当局に提出することを義務付けるなどが中心となる。
翌2日、イスラム国は拘束していた別の米国人ジャーナリスト、スティーブン・ソロトフ氏を斬首した場面が入った動画をネット投稿した。動画の中でISの戦闘員と見られる男性はフォーリー氏の場合と同様に英国訛りの英語で話し、ISが包囲したイラクの町に米軍が空爆したことを処刑の理由として挙げた。
13日には英国人の人道支援活動家デービッド・へインズ氏の同様の動画が公開された。これまでの2回同様、動画の中の戦闘員は英国風英語で話した。英国はISに対して直接的な軍事攻撃は行っていないが、映像には「米国の同盟国へのメッセージ」という題がついていた。英国がISへの攻撃を支持するなら、さらに人質が殺害されると戦闘員は話し、恐怖心をあおった。
ベルギー、デンマーク、仏からシリアへ
英週刊誌「エコノミスト」(8月30日号)によると、シリアにいる聖戦兵士のうちで海外から参加した人は81カ国約1万2000人に上る(今年5月末、米スーファン・グループなどによる計算)。このうち、欧州出身者は約3000人だ。
欧米諸国の中で数として最も多いのがフランス(最大700人)、英国(400人)、ドイツ(270人)、ベルギーとオーストラリア(それぞれ250人)だ。人口当たりでもっとも多いのはベルギー、デンマーク、フランスの順となった。
外国人戦士として最も多いのはアラブ諸国で、チュニジア(最大3000人)、ヨルダン(2089人)、サウジ・アラビア(2500人)、モロッコ(1500人)、レバノン(890人)、リビア(556人)、トルコ(400人)、エジプト(358人)など
何故シリアが戦士を外国から集めているのか?「エコノミスト」によれば、シリアの内戦では当初、窮地に陥った国民=イスラム教徒=に食物や医療品を届けるという目的で海外からやってきた人たちがいた。欧米の政府はアサド政権に残虐行為をやめるよう呼びかける中、当時、シリアに人助けに渡ることは悪いことではなかったはずだ。
内戦が悪化するにつれ命を落とす市民が増え、「過激な思想を持つ人々がひきつけられるようになった」。
シリアからの帰還戦士たちへの不安
今年5月末、ブリュッセルにあるユダヤ人博物館で何者かが自動小銃を乱射し、イスラエル人観光客を含む4人が亡くなった。実行犯として疑いがかかっているのはアルジェリア系フランス人の男性だ。後に仏マルセイユで拘束され、ベルギーに送還された。
この男性はシリアで1年生活をしたことがあり、イスラム過激組織の一員であったとも言われている。9月上旬、先に亡くなったフォーリー氏やソトロフ氏とともにシリアで人質になった経験を持つフランス人ジャーナリストが、昨年、拘束中のシリアでこの男性に何度も拷問を受けたとフランスの雑誌「ル・ポワン」に語っている。
ユダヤ博物館殺人事件はシリアから帰還したイスラム戦士による暴力事件として欧州首脳陣に警鐘を鳴らした。事件発生直後、マニュエル・ヴァルス仏首相は自国で育った聖戦戦士による脅威に衝撃を受けたと発言している。
英国の元諜報機関幹部リチャード・バレット氏は「どの欧州の諜報機関もシリアから帰還した若者たちの動きに神経を尖らせている」と述べる(英フィナンシャル・タイムズ、6月4日付)。過去3年間でシリアにやってきた外国戦士の数は10年間でソ連に占領されていたアフガニスタンに集まった外国戦士よりもはるかに大きいという。後者からテロ組織アルカイダが生まれたことは記憶に新しい。オランド仏大統領によれば、当時アフガニスタンの戦闘に参加したフランス人戦士は20人だが、先の「エコノミスト」に掲載された調査では約700人がフランスらからシリアに向かっている。
英メディアが聞き出した戦士たちの生の声
何故若者たちがイラクやシリアに向かい、戦闘行為に参加するのか?英メディアは現地やこれから向かう人などに取材し、その声を聞きだしている。
BBCニュース(8月15日付)が取材した1人は、これからイラクあるいはシリアに向かうつもりと言う「アーマド」である。BBC側はこの名前は本当の名前かどうかは確認できていない。顔を赤いスカーフで隠してテレビ取材に応じた。隠したままであること、声の質も放送時に変えることが出演の条件だった。
何故行くのかと聞かれ、「イスラム教徒が(イラクやシリアに)行って聖戦を行うように」と神が命じたからだという。具体的にはISが家を離れ、戦線に参加するよう呼びかけたからだ。「私の人生のすべてよりもこの呼びかけに応じることが優先する。イスラム教徒にとっては大きな意味がある」として、「殉教者として死ぬことは最高の天国に行ける約束を意味する」と続けた。
BBCの記者はロンドンに住むアブ・サーリハ氏という青年にも取材した。同氏はイスラム過激主義者シーク・オマ・バクリの生徒であると述べた。ISを支持し、ISが発するオンライン上のメッセージを世界中に拡散している。
サーリハ氏の部屋では聖戦主義者の動画が再生されていた。聖戦主義者と見られる人物がパスポートを焼き、小型の剣を振り回していた。動画の中の男性はイスラム教徒にイラクやシリアの戦いに参加するよう繰り返し訴えていた。
記者はこうした動画を見て英国の若者たちがISに加盟し、戦闘行為に参加すれば、命を失う可能性もあると指摘する。サーリハ氏は「みんな、神のために死ぬことを辞さない。死は勝利の殉教になる」。こうした発言に抵抗を感じるとしたら、それは「あなたがこちら側にいないからだ。こちらの側にいれば、(殉教)は行動のモーチベーションになる」と答えた。
しかし、英中部バーミンガムのムハマンド・サジャド導師はイラクやシラクで行われているのは「宗派の違いによる戦いであって、聖戦ではない」と記者に語る。
導師の言葉に耳を傾けていた2人のイスラム教徒はイラクやシリアに行って戦闘行為に参加することには反対だ。「過激主義者が宗教の名前をハイジャックするような状態を誇りに思う宗教はない」(ザルファー・カハタブ氏)。「イスラム教徒として心が傷つく」「正当化できない」(アーサン・アーマド氏)。どちらも若い男性たちだ。2人は自分たちが「イスラム教徒の大部分の気持ちを代弁する」という。
過激思想が直接入ってくる
2005年のロンドン・テロ発生後、多くの人が何故若者たちが自分の生まれ育った国で自爆テロを行うのかを分析し、答えを見つけようとした。青年たちに何か非がある、つまり「貧しさ、失業中だった、孤立していた」などの理由では十分な説明とはならなかった。ただ、一部の若者たちがあるときからとりつかれたようにイスラム過激主義に心酔してゆく過程が見えてきた。
英国の中では、イスラム教徒のコミュニティーに何かできることがあるのではないかということで、イスラム教団体やモスクの導師、学者、大学の指導教官、あるいはコミュニティーの年長者などに政府が支援を求めた。
テロ防止法の整備・強化への動きは現在でも続いている。
しかし、近年の特徴として、コミュニティや大学、モスクなどの物理的場所や人を通さずに、過激思想が若者たちに入ってくる状況がある。この状態は何年か前から指摘されてきたものの、シリアの内戦(2011年―)以降、特に顕著になっている。
取り込む側もソーシャルメディアの活用に非常に長けている。
例えばISは世界中から聖戦参加者を募り、自分たちのメッセージを伝えるために洗練された動画やソーシャルメディア使いを工夫している。
英テレビ局チャンネル4の取材(ウェブサイト6月17日付)によると、ISが6月中旬に公開した動画にはISのリーダー、アブー・バクル・アル=バグダーディーの声が入っている。公開初日に3万人が視聴した動画の中で、アル=バグダーディはスンニ派イスラム教徒にISの聖戦参加を呼びかける。「トレーニング用キャンプと外国戦士用の宿はすべてのイスラム教徒に開かれている」「イスラムの若者よ、今こそ立ち上がれ」。
この動画と同時にいくつもの関連動画を複数の言語で制作・公開している。アラビア語やフランス語で作られた動画には英語の字幕が付いている。「アルハヤト・メディア・センター」が制作したとされる動画には「聖戦に出かけよう」という歌の歌詞が掲載されている。
こうした動画の1つには爆発の場面、銃撃の様子、スローモーションの画面が多用されており、まるでビデオゲームのようにも見えるとチャンネル4はリポートしている。
ISの構成員同士で使うツイッターの独自アプリも開発しており、これをダウンロードすると、ISのニュースを受け取ることができる。
一般市民が使うフェイスブック、インスタグラム、ユーチューブもISの構成員が利用しており、戦況や人質への処刑場面などがアップロードされている。フェイスブックやユーチューブ側はアカウントを凍結したり、動画をブロックしたりなどしているが、世界中に構成員がいるため、いたちごっこのような状態になっているともいえる。
具体的な解決策を提示するのは本稿の目的ではないものの、少々暗い結末になってしまった。
若干俯瞰して考えてみたい。まず、シリアやイラクからの帰還戦士が引き起こすテロに欧州の政治家や当局は警戒心を抱き、市民へのテロが起きないよう日々全力を尽くしている現状がある。イスラム教徒の欧州市民は「イスラム教という名前を借りて、犯罪行為を行う人々」に対し、怒りを感じている。また、欧州に住んでいれば、実際に帰還戦士によるテロ行為にあう可能性がある。
しかし、イラクやシリアでは市民に相当の被害が出ており、欧州が抱えている聖戦戦士問題は実は周辺の事象なのではないかと筆者は最近、思う。すでに「第3次世界大戦が起きている」と指摘するコメンテーターもいる。ただし、今回は欧州は主戦場ではなく、周辺なのだ、と。
英国に住むと中東関連のニュースが頻繁に入ってくる。わが身の安全も去ることながら、シリアの市民はどうなのかと比較して考えてしまう。
もう一つ気になる点として、宗教の解釈の仕方だ。キリスト教が主たる宗教となる西欧諸国では、いわゆる「政教分離」が進んでいる。宗教・信仰によって物事を決めたり、「急に信心深くなる」ような行為に対して、一定の懐疑の目を向ける傾向がある。西欧でキリスト教の最大のイベントとしてクリスマスがあるが、実のところ、多くの国で単なるショッピングイベント、商行為の1つになっている感じもある。
こうした面を考慮に入れると、自国内の一部の青年によるイスラム教への心酔、宗教の名の下での戦闘行為をするということなどが、西欧社会では非常に特異な、不審な、理解を超えた存在として見なされるーーそんな面もあるのではないだろうか。西欧社会に住みながら、そんなことも考えるこの頃だ(終)。
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(新聞通信調査会の「メディア展望」10月号に掲載された筆者記事に若干補足しました。9月の執筆時点での情報を元にしていることにご留意ください。)