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夏の主役は右サイドバック?バルサ、シティら有力クラブが求める一流の条件

小宮良之スポーツライター・小説家
プレシーズン、ケガから復帰して活躍が待望される内田篤人(写真:アフロ)

今シーズンの欧州サッカー移籍市場。クリスティアーノ・ロナウドの退団騒動に始まり、エムバペ、モラタ、ジエゴ・コスタらストライカーの移籍が噂されるも、未だどれも合意に至っていない。主役のポジションは、意外にも右サイドバックである。

「FCバルセロナがベンフィカのネウソン・セメドを約38億円で獲得合意」

「パリ・サンジェルマンはユベントスを退団したダニ・アウベスと契約」

「マンチェスター・シティはジョゼップ・グアルディオラ監督が二人の右サイドバック、パブロ・サバレタ、バカリ・サーニャを放出。念願のダニ・アウベスと契約できずも、トッテナムのカイル・ウォーカーを約78億円でサイン」

この玉突きによって、右SB市場がさらに大きく動きつつある。

例えばパリSGにダニ・アウベスが入団したことで、ベルギー代表のトマ・ムニエがレアル・マドリーと交渉を本格化。一方でマドリーはブラジル代表のダニーロをチェルシーに放出する話を進め、同時にチェルシーのスペイン代表アスピリクエタも移籍の噂が絶えず流れる。バルサ移籍が確実視されたベジェリンは、アーセナルの引き留めで残留することになったが――。

では、世界のトップクラブがサイドバックに求める資質とは?

一流サイドバックに共通する「スピード」

「スピード」

それは当代一流のサイドバックとして、不可欠な要素となりつつある。バルサが第一希望で交渉していたベジェリンはいわゆる俊足で、突出したスピードの持ち主。第二希望のセメドも快足と形容をされる選手だろう。また、グアルディオラ監督がカイル・ウォーカーにそこまで大金をつぎ込んだ理由も、天性の走力の部分は大きい。

攻守における基本的な俊敏性は欠かせないものと言える。なぜなら、その速さによってアドバンテージを得られる。相手に振り切られるような選手は、右サイドを任せられない。攻撃の先手としても同じことが言える。

もっとも、スピードは身体的な速さをのみ示していない。ポジショニングの良さ。より良いポジションを得られたら、それは相手のスピードを上回ることを意味する。この点、世界最高の右サイドバックと言われたフィリップ・ラームは傑出したセンスを持っていた。相手に何もさせない立ち方、角度、間合いを取れる。

その点は、シャルケの内田篤人も同様で、「知性」が利点になっている。スピードのある選手だが、「相手のスピードを奪う」というようなポジショニングで、速さを消せる。ケガで長く離脱する内田の復帰がこれだけ待望されるのは、その利発さが世界的にも希有なものであるからだ。

スピードには、多分にこの点のインテリジェンスが含まれる。

クライフが求めたサイドバック像

一方、モダンなサイドバックには「ボールを握り、運ぶ」能力が求められつつある。サイドバックはあくまでディフェンダーであり、守りが不安定なら本末転倒だろう。ただし、攻撃においてセンターバックやボランチがパスをつけ、展開できる攻め手となれるかも、評価基準になる。昨シーズンはマドリーのマルセロが左サイドバックとして有力な攻め手となって、リーガ優勝のMVPにも等しい活躍を見せている。

ヨハン・クライフはいち早く、サイドバックにサイドのゲームメーカー的な役割を求めた。高い位置でボールを握り、優位に試合を進め、大きく幅を取ることでスペースを創り出す。そこでボランチだったエウセビオ、アルベルト・セラーデスを、大胆にも右サイドバックにコンバート。昨シーズンのバルサでは伝統が受け継がれ、本来MFのセルジ・ロベルトが右サイドバックとして気鋭の活躍を見せている。

また、クライブの"直系の弟子"とも言えるジョゼップ・グアルディオラは濃厚に同じ発想を持つ。バイエルン・ミュンヘンではラームというサイドバックの選手をボランチで用い、キミッヒというボランチの選手をサイドバックとして使い、ポジション交換で可能性を示した。サイドバックとボランチの共通点を見いだしたのだ。

もっとも、誰もがサイドバックをできるわけではない。

当然だが、ある種の専門性も孕んでいる。

サイドバックのキャラクターとは

「サイドアタッカーを育てるノウハウは手にしたが、サイドバックの育成は課題だ」

フィーゴ、ロナウドなどを輩出するサイドアタッカー王国、スポルティング・リスボンの育成担当者は語っていたが、一つ前のポジションが威光を放つ現状での難しさもあるのだろう。

そもそも、プロになるサイドバックはずっとその道を究めてきた、という選手は少ないだろう。FW、サイドアタッカーからポジションを下げたり、コンバートされるケースが多い。例えばサイドバックとして一躍名を上げたカルラス・プジョルにしても、もとはFW、右サイドハーフだった。

スカウティングが適性として見るのは、キャラクターと言われる。

サイドバックは、「チームプレー」に徹する謙虚さが求められる。ボランチやサイドハーフやセンターバックとうまく連係を創り出せるか。お互いを尊重し合い、守る力が問われる。いくら攻撃で役割を果たせても、守備で綻びを作ってしまうようだと、評価されない(日本では突っ込んでいくようなプレー、上下動が評価されるが、それはウィングバックに近い)。ダニ・アウベスやマルセロのようなブラジル人サイドバックは例外的で、セルヒオ・ラモスでさえ、不用意な攻め上がりは酷評されている(その後、センターバックにコンバートし、攻め上がりを控えて大成)。

リスペクトは、敵味方に関わらない。

内田は対面選手について語る機会が多いが、対戦の経験を自分のものにできるセンスと真摯さが不可欠なのだろう。相手を敬いながら、驕らない。なおかつ、対戦の駆け引きのぎりぎり感を楽しめる。味方と結び合い、敵との真剣勝負によって成長する――。そのアンテナを持っているか。それがサイドバックというポジションの条件なのだろう。

右サイドバック時代、フィーゴを抑えたことで名を上げたプジョルの言葉は説得力がある。

「自分が対戦した選手の中で、一番苦労したのはマドリーのフィーゴだね。少しでもスペースを与えると、自分の間合いでプレーされる怖さを感じた。いつやられてもおかしくなかった。でも、そういう偉大な選手との"立ち合い"が自分を成長させてくれたんだ」

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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