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チョコで脳の若返り?大いに疑問な予備実験での記者会見

詫摩雅子科学ライター&科学編集者
高カカオチョコで脳が若返る?という報道があった。その実態は(写真はイメージ)(写真:アフロ)

バレンタインデーまで1カ月弱という1月下旬、魅力的なタイトルの記事がいくつかネット上を流れた。

「高カカオチョコレートが脳を若返らせる」(エコノミックニュース)

「高カカオチョコレート:食べると脳が若返る? 国家プロジェクト並みの研究本格化」(J-CASTニュース)

「チョコレートを食べると脳が若返る? 明治と内閣府の共同研究」(ITメディアニュース)

「高カカオチョコレート 継続摂取で脳が若返り!?」(デイリー)

「チョコレートと脳の関係を解明する研究が本格始動」(朝日新聞デジタル)

どれも菓子メーカーの明治と内閣府の大型研究プロジェクトである「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)山川プログラム」(注)が共同で1月18日に行った記者発表会での内容を伝えたものだ。記事によって説明の細かさにバラツキがあるが、要は「カカオ成分70%以上の高カカオチョコレートを成人が毎日4週間にわたって摂取したら、大脳皮質の量が増えた」というもの。大脳皮質の量が増えたことを記事では「脳の若返り」と表現されている。

高カカオチョコレートは、通常の板チョコに比べればやや割高だが、それでも数百円と十分にお手頃な値段だ。チョコを食べて脳が若返るのであれば、こんなに嬉しいことはない。

だが、このニュースをNHKや毎日新聞、日経新聞など、大手メディアは報じていない(冒頭に朝日新聞デジタルを挙げているが、紙の新聞には載っていないようだ。書き手も「ライター」となっている)。そして、筆者のツイッターでのタイムライン上でこの報道に言及した研究者たちからは、ほとんど一言で吐き捨てられていた

なぜか?

理由1)比較対照用のコントロール実験がされていない

理由2)大脳皮質の増加と脳の若返りの関係性があいまい

理由3)グラフの書き方が不誠実

……などなどだ

高カカオチョコの効果とは言えない

理由1)今回の記者会見は「中間報告会」とされていた。研究成果も予備的な実験だ。それでも、きちんと実験計画が練られたものであったら、ほかの研究者からあきれられることはなかっただろう。この日に発表された実験結果は、高カカオチョコを4週間にわたって食べる前と後を比較しただけなのだ。通常の医学・生物学系のこの手の実験では、必ず比較対照群(コントロール群)を設ける。必ずだ。この場合のであれば、例えばカカオ成分の低いチョコやチョコ以外のスイーツを食べるなどが考えられるだろう。こういう比較対照のためのグループと高カカオチョコを食べ続けたグループを比べないと、高カカオチョコのおかげかどうかは、わからない。

カカオ以外のチョコ成分のおかげかもしれないし、甘いモノを毎日食べられる喜びや研究に参加するという非日常的な体験のせいかもしれない。もちろん、高カカオの効果である可能性もある。だが、この予備実験だけからでは、高カカオチョコに効果があったとは言えないのだ。

認知機能の改善を確かめてはいない

理由2)大脳皮質の量の増加はMRI(磁気共鳴撮像装置)を使った画像から、その量を割り出している。とくに注目しているのは「灰白質」という神経細胞の密度が濃い部分で、年齢とともに量が減ることがわかっているという。それが増えたので「数年前の状態に戻った」→「脳の若返り」となったわけだ。

「大脳皮質の量の増加」を「脳の若返り」と表現するのは、いかにもメディアがやりがちな魅力的でわかりやすい表現(≒大袈裟で、ときに誤った表現)の典型例のように思える。だが、実は明治の公式サイトにあるプレスリリースでも、さらに詳しいPDFの資料でも、「脳の若返り」と書いてある。

「脳の若返り」といわれて私たちが思い浮かべるのは何だろう? 年齢が進むと「若い頃のようにすぐに覚えられなくなった」「暗算ができなくなった」などと、脳の機能の衰えを自覚するようになる。「脳の若返り」からイメージするのは、こうした知的機能の衰えが改善されることではないだろうか。

脳の画像からわかることと脳の機能を結びつけた研究は多い。しかし、今回のように新しい物差しを導入したのであれば、それが例えば、言葉を操る能力や新しいことを覚える能力などと、どこまで相関があるのかを明確にする必要があるだろう。大脳皮質の量が増えたからといって、それが知的機能の改善に結びついているのかどうかは、確かめなければならない。だが、その評価はしていない。

わずかな差を強調したグラフ

理由3)下の図はリリースに載っていたグラフで、高カカオチョコを食べ続ける前と後での大脳皮質の量の測定値を示したものだ。

出典:明治のプレスリリース
出典:明治のプレスリリース

大きな差が出たように見えるが、グラフの縦軸がゼロから始まっていない点に注意してほしい。食べる前と後の数値(30人の平均値)がそれぞれ94.7と95.8。

これを起点をゼロとしたグラフにしてみよう。

上のグラフとデータの数値は同じだが、縦軸をゼロから始めた
上のグラフとデータの数値は同じだが、縦軸をゼロから始めた

いかがだろうか。まったく印象が違うのではないだろうか?

もちろん、成人の大脳皮質の量がゼロということはまずあり得ず、ある数値を境に脳機能が劇的に変化するとこともあるかもしれない。そうであれば、縦軸の起点をゼロにしないことにも理屈は通る。しかし、そのような説明はない。

途中段階の発表の是非

日経新聞社が出している業界紙・日経産業新聞に興味深い記事があった(1月23日付け・先端技術面)。

日経産業新聞1月24日・先端技術面
日経産業新聞1月24日・先端技術面

書いたのは遠藤智之記者。記者会見で比較対照実験をしていないを問題視して質問し、「カカオの量を減らした場合などと比べる研究も検討している」という返事を得ている。大脳皮質の量についても

「脳機能や認知機能との関連を直接示すデータはあるのか」と質問したところ、山川PMは「年齢以外との関連はまだ研究を始めたばかり」とと答えるにとどまった。

出典:日経産業新聞1月23日・先端技術面

つまり、都心の貸し会場で200人近くを集めて行われた発表されたのは研究成果と言えるものではなく、むしろ「今後こういう研究を本格的にします」という内容だったのだ。実はこの記者会見のタイトルは「オープンサイエンス中間報告会」で、プレスリリースでは予備実験であることを示す「実証トライアル」という言葉が使われている。

比較対照群を設定していない実験はいわば“予備実験の予備実験”で、これで本格スタートの判断をしていいのか、筆者にはそこから疑問がある(研究費は国費だ)。NHKなどの大手メディアが取り挙げなかったのは当然の判断と思う。

「猛省を求める」とされた予備実験の発表例

途中段階での研究内容を不適切に発表して問題視された例としては、子宮頸がんワクチンの副反応に関する報告が記憶に新しい。昨年3月に報告会が行われ、その内容は大きく報道された。しかし、実際には予備的な実験だったことが発覚し、厚労省は11月に研究者の実名を出した異例の見解をサイトに載せている。

・マウス実験は、各ワクチン1匹のマウスを用いた予備的なものであった。

・予備的な実験であったため、結果の公表に際しては特段の配慮がなされるべきであった。

・池田氏が発表で用いたスライドには、マウス実験結果を断定的に表現した記述や、自己抗体の沈着、といった不適切な表現が含まれていた。

・前述より、マウス実験の結果が科学的に証明されたような情報として社会に広まってしまったことは否定できない。

・池田氏に対し、混乱を招いたことについて猛省を求める。

出典:平成28年3月16日の成果発表会における池田修一氏の発表内容に関する厚生労働省の見解について

まだ不確かな効果にお墨付きを与えるな

今回の内閣府ImPACTと明治の発表は、断定的な表現こそなかったものの、あたかも「高カカオチョコを食べれば脳が若返る」ということが科学的に証明されたかのようにミスリードされた。日経の遠藤記者は「効果が国の「お墨付き」を得たとの印象を与えかねないことを懸念する。」と記事を締め括っているが、まったくもって同感である。

(注)

革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)は「実現すれば産業や社会のあり方に大きな変革をもたらす革新的な科学技術イノベーションの創出を目指し、ハイリスク・ハイインパクトな挑戦的研究開発を推進することを目的として創設されたプログラム」(内閣府の公式ページ)と説明されている。ImPACT山川プログラムは山川義徳氏をプログラム・マネージャー(PM)とし、「脳情報の可視化と制御による活力溢れる生活の実現」をテーマにしている。

科学ライター&科学編集者

日本経済新聞の科学技術部記者を経て、日経サイエンス編集部へ。編集者& 記者として20年近く同誌に。2011年春より東京お台場にある科学館へ。2014年に古巣の日経サイエンスに寄稿した一連のSTAP細胞に関する記事で、共著の古田彩氏とともに日本医学ジャーナリスト協会の2015年の大賞(新聞・雑誌部門)を受賞。「のんびり過ごしたい」と思いつつも、ワーカーホリックを自認。アマミノクロウサギが好きです。

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