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【最新研究】加齢による皮膚や全身の病気を予防・改善する「ジェロサイエンス」とは?

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:アフロ)

【ジェロサイエンスとは?老化研究の新潮流】

近年、老化研究の分野で注目を集めているのが「ジェロサイエンス(geroscience)」と呼ばれるアプローチです。ジェロサイエンスとは、老化そのものをターゲットにすることで、加齢に伴うさまざまな病気を同時に予防・改善しようという考え方のこと。従来の老年医学が個々の疾患の治療に重点を置いていたのに対し、ジェロサイエンスでは老化のメカニズムに直接アプローチすることで、複数の疾患を包括的に予防・治療することを目指しています。

この概念自体は2000年代初頭から存在していましたが、ここ10年ほどの間に飛躍的に発展。米国では、国立老化研究所(NIA)を中心に精力的な研究が進められ、老化の主要因である「老化の柱(Pillars of Aging)」や「老化の指標(Hallmarks of Aging)」といった概念も提唱されました。

日本でも、アンチエイジング医学の分野を中心にジェロサイエンスの考え方が浸透しつつあります。例えば、老化に伴う皮膚の変化(シワ・たるみ・シミなど)も、ジェロサイエンス的なアプローチで予防・改善できる可能性があると期待されています。

【モデル生物から学ぶ老化のメカニズム】

ジェロサイエンスの発展は、モデル生物を用いた基礎研究の成果に負うところが大きいです。例えば、酵母、線虫、ショウジョウバエ、マウスといった生物種では、遺伝子操作や薬剤投与によって寿命が大幅に延長することが明らかになっています。また、カロリー制限によって寿命が延びるメカニズムの解明も進んでいます。

これらの知見から、「老化は可塑性が高く、ある程度コントロール可能なプロセスである」という認識が広まりつつあります。ただし、ヒトを含む長寿命の生物種では、マウスなどとは異なる老化制御メカニズムが働いている可能性があり、注意が必要です。皮膚の老化についても、ヒトとマウスでは異なる部分があるため、基礎研究の成果をヒトに応用する際には慎重な検討が求められます。

【ジェロサイエンスに基づく治療戦略】

現在、ジェロサイエンスの考え方に基づいて、老化関連疾患の予防・治療法の開発が進められています。例えば、糖尿病治療薬のメトホルミンを健康な高齢者に投与し、複数の老年病の発症を同時に抑制する臨床試験(TAME試験)が計画されています。

また、老化細胞を除去する「老化細胞除去薬(senolytic drugs)」の開発も活発化。ヒトの皮膚では、老化に伴って老化細胞が蓄積し、炎症や組織の脆弱化を引き起こすことが知られています。老化細胞を除去することで、シワ・たるみの改善のみならず、皮膚がんなどの疾患リスクの低減も期待できるかもしれません。

ただし、ジェロサイエンスの臨床応用はまだ緒に就いたばかり。現時点では、ヒトでの有効性や安全性は十分に確認されておらず、今後の研究の進展が待たれます。特にヒトの皮膚は個人差が大きいため、万人に効果的な老化予防法を確立するのは容易ではないでしょう。地道なデータの蓄積と、個人の特性に合わせた細やかなアプローチが求められると言えます。

参考文献:

Biogerontology. 2024 May 15. doi: 10.1007/s10522-024-10105-x.

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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