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「最高裁、基本給の同一労働同一賃金初判断」について解説

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
(写真:イメージマート)

1 何が「初」なのか

7月20日、最高裁判所は、同一労働同一賃金の基本給について、初の実質的判断を下したことが報道されています(名古屋自動車学校事件、原審:名古屋高等裁判所)。

 なお、「初」といっても、これまで基本給差額が問題となった事案はありますが、いずれも高裁判断がそのまま維持された例になりますので、最高裁で基本給に関する結論がひっくり返り、実質的な判断理由まで示したのが初、ということになります。

2 事案の概要

 本件は、名古屋自動車学校の教習指導員が定年後に再雇用された際に給料が大幅に減額されたのは同一労働同一賃金の観点から不合理だとして、学校側に定年前の賃金との差額の支払いなどを求めたものです。

 原審である名古屋高裁はおよそ625万円の支払いを命じていましたが、最高裁はこれを破棄して、名古屋高裁で審理をやり直すようを命じました。

 なお、原告らは、2013年から2014年に正社員を定年退職し、定年前の基本給は月に約16万円と18万円だったものが、定年退職後の嘱託再雇用においては、約8万円となっていました。

3 議論の前提

 そもそも、同一労働同一賃金(労働契約法20条)は、正社員と非正規雇用の労働条件の相違について、以下の4つの要素を考慮して、「不合理」であってはならないとしています。

  • ①業務内容、
  • ②責任
  • ③配置変更範囲、
  • ④その他の事情※

※その他の事情、には、定年後再雇用であることや労働組合との交渉状況が含まれます。

 また、同一労働同一賃金についてはガイドラインも出されています。

4 最高裁の判断(判断基準)

 それでは最高裁の判断内容について詳細を見ていきます。

 まず、不合理性判断基準については、メトロコマース事件(最高裁令和2年10月13日判決)を引用して、

他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべき

とします。この点は従前の最高裁判決と変わりがありませんが、重要なのは、支給の趣旨目的を具体的に考慮するということです。

5 名古屋自動車学校の基本給に関する認定

  次に、会社の基本給制度について、具体的中身を検討し、勤続年数による差異が大きいとまではいえず、職務給(筆者注:仕事ごとに給与を決める考え方)としての性質もあるとしつつも、一方で、長期雇用を前提として、役職に就き、昇進することが想定されているなどから、職能給(筆者注:職務遂行能力をベースとして給与を決める考え方。年次で能力が向上するという前提が多く、年功序列的運用が多い)としての性質もあるとして、次のように述べています。

 前記事実関係からは、正職員に対して、上記のように様々な性質を有する可能性がある基本給を支給することとされた目的を確定することもできない。

要するに、基本給に関する性質は多種多様なものがあり、その趣旨目的がはっきりしないと指摘しています。これは多くの日本企業の基本給について言えることです。特に、正社員と非正規雇用の基本給相違について、ロジックを持って説明できる企業はどれほどあるでしょうか。

6 正職員の基本給と嘱託職員の基本給の違い

基本給が正職員の基本給とは異なる基準の下で支給され、被上告人(注:労働者)らの嘱託職員としての基本給が勤続年数に応じて増額されることもなかったこと等からすると、嘱託職員の基本給は、正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有するものとみるべき

つまり、正職員と嘱託職員で基本給の性質が異なるとの認定です。これは、上記同一労働同一賃金ガイドライン7頁の注に書いてある「通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間に賃金の決定基準・ルールの相違がある場合の取扱い」に関するケースです。

ここで重要なのは、ガイドラインでは、基本給が正社員と非正規雇用について同じ考え方による場合、職務内容等を考慮して不合理な差異があってはならないとしてますが、日本の99%の企業は正社員と非正規雇用について異なる基本給制度を設けています(年功序列の月給と職務ごとの時給など)。

その99%の基本給制度が異なる場合については、ガイドライン脚注により

当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものの客観的及び具体的な実態に照らして、不合理と認められるものであってはならない。

とされています。つまり、正社員と非正規雇用、それぞれの基本給の趣旨目的を客観的具体的な役割の相違について検討する必要があるということになりますが、高裁判断はそれをしていなかったということです。

 そのため、最高裁は

原審は、正職員の基本給につき、一部の者の勤続年数に応じた金額の推移から年功的性格を有するものであったとするにとどまり、他の性質の有無及び内容並びに支給の目的を検討せず、また、嘱託職員の基本給についても、その性質及び支給の目的を何ら検討していない。

として、原審を叱責しています。ここで難しいのは、基本給の性質や趣旨目的について、はっきり明快に述べられる日本企業がどれほどあるのだろうかということです。また、基本給の性質について各企業ごとに本当に多種多様な考え方、会社の歴史的経緯ものがあり、一律に決定することは困難です。

さらにいえば、正社員の基本給制度を作ったときには非正規雇用の賃金制度はなかったという会社もあり、そのような場合にどのように相違を作っていくのか、後付けで理屈を考えるのかなど、難しい問題があります。

これらの点は、人事の専門家である企業人事プロ、社会保険労務士や人事コンサルの方でも難儀することが多く、今後、自社の基本給はいったい何が「支給の目的」なのか、改めて考えていく必要があるでしょう。

6 労使交渉について

 また、本件は裁判紛争になる前に労働者らが加入する組合と労使交渉を行っていたようですが、最終的な妥結には至らなかったようです。そのため、高等裁判所は労使交渉をあまり重要視していなかったのですが、最高裁は

労使交渉に関する事情を労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮するに当たっては、労働条件に係る合意の有無や内容といった労使交渉の結果のみならず、その具体的な経緯をも勘案すべき

と判断しています。これは重要で、労使合意に至っていなくとも、どのような交渉過程であったのか精査しろということです。つまり、交渉過程でどちらかが無茶なことを言っている場合、相手に有利な判断となる可能性があります。万が一、労働組合が「100%要求を飲まない限りは一切妥協しない」など頑なな態度であった場合には、会社に有利な判断も今後あり得るでしょう(もちろん逆もまた然りです)。

 したがって、労働組合との団体交渉の場面で、「どちらが無茶言ってるか」が重要となります。

 なお、最高裁は

原審は、上記労使交渉につき、その結果に着目するにとどまり、上記見直しの要求等に対する上告人の回答やこれに対する上記労働組合等の反応の有無及び内容といった具体的な経緯を勘案していない。

と述べて、再度原審を叱責しています。交渉は結果のみならず、過程が重要ということですね。

7 賞与と嘱託職員一時金について

 正職員の賞与と嘱託職員の一時金についても、最高裁は

嘱託職員一時金は正職員の賞与に代替するものと位置付けられていたということができるところ、原審は、賞与及び嘱託職員一時金の性質及び支給の目的を何ら検討していない。

労働組合等との間で、嘱託職員としての労働条件の見直しについて労使交渉を行っていたが、原審は、その結果に着目するにとどまり、その具体的な経緯を勘案していない。

として三度・四度の叱責です。

つまり、基本給であろうが、賞与であろうが、一体それはどういう性質や目的があり、正社員と非正規雇用でそれがどのように異なるのか、具体的に実態に照らして検討しろということです。

8 61%ルールについて

 ここで、定年後再雇用については、給料が下がるのが一般的であることから、これを補填する趣旨で、高年齢雇用継続給付という制度が設けられています。

厚生労働省HP参照

この給付制度は、定年前の給与と比べ、61%程度まで下がることを前提に、図のように、設計されています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000158464.html 
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000158464.html 

そのため、人事界隈では「61%までは下げられるのではないか」との俗説がまことしやかに囁かれていましたが、今回の最高裁判断を踏まえると一律に61%云々と考えるのではなく、あくまで基本給の趣旨目的や実態的な役割の相違に基づいて具体的に検討しなければならないことになります。

8 今後企業や人事専門家が行うべきこと

今回の最高裁判断を踏まえて、改めて名古屋高裁がどのような審理・判断をするかが要注目です。もっとも、現時点で企業人事や人事専門家ができることは、まず企業の基本給制度について、その成り立ち・歴史を調べ、どのような目的、狙い、趣旨があったのかを紐解くことです。

その上で、非正規雇用の賃金制度についても、どうしてそのような設計にしたのか、改めて確認し、これを正社員の賃金制度との違いとして説明できるようにする必要があります。その際は、業務内容の相違、責任の相違、配置変更範囲の相違などを含めた役割の相違を検討します。

また、労働組合があるところについては交渉過程も重要となります。なぜそのような相違が生じているのか、ロジックで説明できるようにしましょう。

基本給制度は複雑かつ多種多様であり、企業によって様々です。今後、我々弁護士や裁判官も、人事コンサルの方と議論できるくらい、人事制度に関する理解を深める必要がありますし、それは企業人事の方にとっても同じことです。

曖昧模糊とした基本給について、まずは自社の賃金制度の歴史から調べてみましょう。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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