緊急避妊薬を薬局で試験的販売へ 手放しで「前進」と喜べない理由
厚生労働省は6月26日、意図しない妊娠を防ぐ「緊急避妊薬」を医師の処方箋がなくても薬局で購入できる試験的販売を、調査研究として早ければ今年の夏頃から実施する方針を示しました。しかし、緊急避妊薬のOTC化(薬局販売)を求めてきた立場として、これを手放しで「前進」と喜ぶことはできません。
72時間のタイムリミットがある緊急避妊薬
緊急避妊薬は、避妊の失敗や性暴力等、妊娠可能性のある性行為からできる限り早く、72時間以内に服用することで高い確率で妊娠を防ぐことができる薬です。
WHOは、緊急避妊薬の入手は女性の権利とし、妥当な価格で「必要とするすべての女性・少女がアクセスできるようにすべき」と勧告しており、世界約90ヶ国で処方箋なしに薬局等で購入することができます。中には若者に無償で提供する国もあります。重い副作用はなく、市販化しても無防備な性行動や性感染症は増えないとWHOのファクトシートでも結論づけられています。
現在日本では緊急避妊薬の入手には、医師の診療と処方箋が必要で、価格も1万5000円程度と高額であり、価格や病院の受診がハードルとなり入手をあきらめざるを得ない人もいます。筆者は2020年に「緊急避妊薬の薬局での入手を実現する市民プロジェクト」を有志で立ち上げ、緊急避妊薬の薬局販売の要望申請や政策提言を行ってきました。
異例のパブコメ4.6万件、圧倒的多数の98%が「賛成」だが…
緊急避妊薬は、2017年に薬局販売が検討され否決された後、2021年から再度検討が始まりましたが、この2年で実に7回の検討会が開催され、長い時間をかけて薬局販売にあたっての課題と対応策が整理されました。
性教育の遅れや悪用・濫用の懸念があるとして、慎重な意見やできるだけ販売を制限する条件が多く挙げられた中、緊急避妊薬のアクセス改善を求めるオンライン署名キャンペーンでは約17万筆の賛同が集まり、昨年末から今年はじめにかけて実施されたパブリックコメントでは、異例の46,312件が集まり、その約98%にあたる大多数がOTC化に賛成との意見で、喫緊のニーズが示されました。
膨大な数の市民の賛成の声が届き、早急な薬局販売の後押しになるのではと思われましたが、残念ながらそれは淡い期待に終わりました。地域の一部薬局を対象とする試験的運用を法律の可能な範囲でしていく方向性が提案され、厚労省からは一定の要件を満たす薬局で、早ければ夏から調査研究として開始し、今年度末までに結果をまとめることが示され、今後は公開の場ではなく、厚労省と関連団体で検討を進めることが共有されました。一見すると、緊急避妊薬のアクセス改善に向けての前進のようにも見えるのですが、薬局販売にあたっての課題整理は既にこれまで海外調査も含めてされており、調査研究の目的自体が不明確で、調査の必要性・妥当性が充分に説明されていません。
更に、試験的販売の対象となる薬局の条件が厳しく、厚労省案によれば日本全国で50から355件ほどの薬局を想定しているそうですが、かなり限定的な店舗数での実施となるのではと考えられます。どのように市民、医療従事者、支援者等に周知するかも課題となるでしょうし、性やプライベートな内容に関わる調査研究に協力する負担が、緊急避妊薬の服用をためらう理由になってしまう懸念もあります。
全面的な薬局販売の承認は2年以上後?
今後試験的販売が実施された場合、研究結果をまとめて分析し、その後、薬事・食品衛生審議会の部会にて薬局販売の可否を審議することとなりますが、厚労省の検討会では「これから全面的な薬局販売の承認には2年以上かかるのでは」「もし充分な数のデータが集まらなかったらどうするのか」という意見や質問に対して、厚労省からは明確な返答はなく、「時期をいつまでと区切ることはできないが、できるだけ早期の検討を進める」という回答に留まりました。また、製薬企業側からすると、販売要件が決まらなければ需要の予測ができず企業の承認申請に至らない懸念があるのでは、という意見もありました。
パブコメでこれだけ当事者の切実なニーズが可視化されたにもかかわらず、試験的運用によって実質OTC化は先延ばしされ、緊急避妊薬へのアクセスが不当に阻まれていると感じています。薬局販売が実現するまでの間にあとどのくらいの人が妊娠の不安に耐えなければいけないのか、思いがけない妊娠で苦悩しなければならないのか、そういった危機感が共有されないまま、国の議論が進んでしまったことが非常に残念です。
ジェンダーギャップ、125位を物語る状況のなかでできること
日本は今年1月、国連人権理事会の普遍的・定期的審査(Universal Periodic Review/UPR)において、115ヶ国から300の勧告を受けており、「緊急避妊薬を医師の処方箋なしに薬局で購入できるようにする取り組みを加速させる」(オランダ)などの内容も含まれています。
G7広島首脳コミュニケでは「我々は、特に脆弱な状況にある妊産婦、新生児、乳幼児及び青少年を含む全ての人の包括的な性と生殖に関する健康と権利(SRHR)を更に推進することにコミットする」と発表され、女性版骨太の方針2023には、「当事者目線での緊急避妊薬の処方箋なしで薬局で利用する検討」が明記されています。
しかし、実際には、何も実現しないまま足踏みの状態が続いており、それがジェンダーギャップ指数が過去最低の146ヶ国中125位という日本の実状を物語っているのではないでしょうか。
パブコメで提出した意見を共有してくださった方の中には、「今回の緊急避妊薬スイッチOTC化さえも実現されなければ、日本に絶望して、この国で子どもを産むのはやめようと思います。子どもにこの絶望的な国で生きて欲しくないからです。」という切実な声もいただいています。
しかし、絶望で終わるのではなく、上げた声は無駄ではなかったと信じたいです。私たちは無知で力のない存在ではありません。「いつ妊娠するかしないかを自分で決める」という当たり前の権利を当たり前にしていくために、これからもおかしいことは「おかしい」と声を上げ続け、連帯を深め、歩みを止めないことを実践し続けていきたいです。