誰もが当事者になり得る「避妊の失敗」 緊急避妊薬、薬局販売の未来に必要なこと
「全ての人が適切で質の高い保健医療サービスを受けること」を求める日に…
皆さんは12月12日が何の日だったかご存知でしょうか?
正解は、UHC(ユニバーサル・ヘルス ・カバレッジ)デー。UHCとは、「全ての人が適切で質の高い保健医療サービスを、支払い可能な費用で受けられる状態」のこと。それを求め、呼びかける日だったのです。
そんな日に、日本産科婦人科学会の定例記者会見では、緊急避妊薬の薬局販売に慎重な姿勢を示した、という報道を目にしました。犯罪への悪用の懸念や薬剤師の知識不足を理由に、「いろんな条件が成熟していない」との発言があったとのことです。
しかしながら、緊急避妊薬は世界約90カ国で医師による処方箋なしに薬局等で購入可能な薬です(ICEC調べ)。日本での緊急避妊薬の入手には医師の受診と処方箋が必要で、価格は6000円~2万円ほどと高額。自由診療のため医療機関によって価格が異なります。海外では、数百円から高くても5000円以下で入手できる国がほとんどで、若者には無料で提供する国もあります。これまでも筆者が産婦人科医や市民団体代表者と共同代表を務める「緊急避妊薬の薬局での入手を実現する市民プロジェクト(通称:緊急避妊薬を薬局でプロジェクト)」を中心に、アクセス改善を求める活動をしてきました。その現状と課題、そしてこれからについて取り上げたいと思います。
政府では市民の声を受け、「検討を進める」
緊急避妊薬は、アフターピルとも言われ、不十分だった避妊や性暴力被害から72時間以内にできるだけ早く服用することで、高い確率で妊娠を防ぐことができる薬です。
これまで2017年の厚生労働省の検討会で、緊急避妊薬の薬局販売が検討されたものの、緊急避妊薬は悪用や濫用等の懸念があることや、薬剤師の知識が十分ではないこと等により見送られました。
その一方で、国内未承認の海外並行輸入薬が通販で入手でき、フリマアプリやSNSでの転売による逮捕者も出ています。背景には、国内の正規ルートによる緊急避妊薬入手のハードルの高さ・海外との薬の価格差があるからこそ、起こっている問題であると感じています。
そして、緊急避妊薬を知っていたとしてもその価格や病院受診の抵抗感から入手できない人の声が多く存在します。さらに、コロナ禍では、10代からの妊娠相談が急増。ピルコンのメール相談の件数もそれ以前の約2~4倍に増加し、妊娠の不安に自動応答で答えるLINEチャットボット「ピルコンにんしんカモ相談」でも、相談件数が1万件を越える月も複数ありましたが、これも氷山の一角に過ぎません。コロナ禍において緊急避妊薬が必要な状況にもかかわらず、その3割が入手を断念したという調査結果もありました。生後間もない乳児の虐待死などの事件が相次ぐ中、緊急避妊薬へのアクセスは意図しない妊娠を防ぐ重要な選択肢であり、社会問題として注目が集まっています。こういった現状をふまえ、緊急避妊薬を薬局でプロジェクトでは政府に緊急避妊薬のアクセス改善や薬局販売を求める10万筆を超える署名と要望書を提出するなどしてきました。
内閣府の第5次男女共同参画基本計画案には「緊急避妊薬に関する専門の研修を受けた薬剤師が十分な説明の上で対面で服用させることを条件に、処方箋なしに緊急避妊薬を利用できるよう検討する」と盛り込まれました。策定にあたっては「#男女共同参画ってなんですか」の企画で若者の声が多く集まったことも後押しになったそうです。田村憲久厚労大臣も2020年10月の会見で「しっかりと検討を進めていく」と発言。現在厚生労働省では緊急避妊薬のオンライン診療のための薬剤師研修も進められています。
「薬剤師の対面での服用」という条件は当事者の心理的負担や性被害の二次被害につながる恐れがあり、課題が残る一方で、緊急避妊薬の薬局販売は市民の声を受け、検討が前向きに進んできています。
緊急避妊薬の安全性は?
WHOでは、緊急避妊薬の安全性について科学的根拠に基づくファクトシートを公開しており、緊急避妊薬を薬局でプロジェクトでは産婦人科医の協力のもと、WHOにも許可をいただき日本語訳を公開しています。一般の方にも分かりやすい資料としてまとめていますので、ぜひ参考にしていただければ幸いです。
【緊急避妊薬 知っておきたい8つのこと】
1. 緊急避妊薬は 思春期を含むすべての女性に安全に使用できます
2. 緊急避妊薬に 重い副作用や長く続く副作用はありません
3. 緊急避妊薬は 子宮外妊娠のリスクを高めません
4. 緊急避妊薬は 将来の妊娠のしやすさに影響しません
5. 緊急避妊薬は 胎児に害を与えません
6. 緊急避妊薬は 流産させる薬ではありません
7. 市販化された場合、女性は、緊急避妊薬の情報を理解し正しく使用できます
8. 緊急避妊薬が手に入りやすくなっても、無防備なセックスは増えません
なお、WHOは「緊急避妊薬は医学的管理下に置く必要はない」としています。また、WHOや国際産婦人科連合(FIGO)は「緊急避妊薬は副作用も少なく禁忌がないため薬局での販売に適している」として、「すべての女性・少女がアクセスできるようにすべきだ」としています。なお、緊急避妊薬は服用すれば必ず妊娠を避けられる薬ではありませんが、緊急避妊薬専用薬であるレボノルゲストレル服用後の妊娠率(実際に妊娠する確率)は1.34%。そして、性交から72時間以内の服用が有効とされますが、妊娠阻止率は24時間以内で95%、48時間以内で85%、72時間以内で58%と、早く服用した方が高い効果が期待できるものです。
日本社会に必要なこと
私自身も、かつて思いがけない妊娠と中絶を経験した一人です。日本の年間人工妊娠中絶件数は約16万件。昨年、日本の15~44歳の女性の予定外妊娠は年間61万件にのぼるとする推計も発表されました。予期しない妊娠は、特に若い女性にとって、出産に至ったとしても女性の学業・キャリアの継続の阻害や児童虐待・貧困などにもつながる問題となります。
避妊の失敗は、遠い世界の話ではなく、だれもが当事者になり得ることです。どれだけ普段気をつけていても、避妊の失敗や、性被害に巻き込まれる可能性は0にはなりません。日頃の避妊でも、コンドームよりも避妊効果の高い低用量ピルやIUD(子宮内避妊具)がもっと普及することや、性教育の充実はもちろん大切ですが、緊急避妊薬はそのバックアッププラン(備え)となるもの。特別な人が特別な事情で必要になるものではなく、性生活を始めれば、日常生活の中で誰もが必要になる可能性があるのです。
ユネスコらがまとめる国際的な性教育の指針である「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」では、
と設定されており、「意図しない妊娠というのは起こるもので、すべての若者は健康やウェルビーイング(幸福)に必要なサービスや保護にアクセス可能であるべきである」とキーアイディアに明記しています。
京都大学SPH薬局情報グループでは、今後の緊急避妊薬の薬局販売に向けて、薬剤師向けの緊急避妊薬の学習動画や資材をウェブ上に公開しています。そして、緊急避妊薬の情報は、医療従事者だけ、もしくは学校の性教育で子どもたちが教わるだけのものではなく、誰にとっても生活の中で当たり前に入手できるべきものだと思います。ピルコンや緊急避妊薬を薬局でプロジェクトでは、科学的に正確な、分かりやすい情報の発信を今後も行っていく予定です。(ピルコンの緊急避妊薬の情報ページもご参照ください。)
そして、今日も日本中で妊娠の不安を抱く人がいる中、緊急避妊薬が安心して迅速にアクセスできる社会は、ある日どこかから突然降ってくるわけではありません。国際社会から大きく遅れている状況を「日本だから仕方がない」と見過ごすのは、もう終わりにしたいです。避妊という人生や健康に大きな影響を及ぼす選択肢に、当たり前にアクセスできるその日の実現に向けて、社会を作っている私たち一人一人が声をあげ、社会のためにできることを考えていきませんか?
【緊急避妊薬】薬局での適切な運用のためのウェブアンケート協力者募集中!
https://forms.gle/AfGpVV2kcCmSNQoN7
緊急避妊薬に対する世論、また、緊急避妊薬の処方、受診時の現状と当事者のニーズを明らかにするための調査を実施しています。ぜひご協力をお願いいたします。
回答期限:2020年12月20日まで
「性教育2.0」について
筆者はNPO法人ピルコンの代表として、中高生や保護者の方、教育関係者の方向けに性教育についての情報発信や講演活動や政策提言をしています。
「性教育」と言っても、私たちが推進しているのは、性に関するリスク低減や自己肯定感の向上に有効とされる「包括的セクシュアリティ教育」。つまり、性を生殖や性行為のことだけではなく、ジェンダー平等や人間関係を含む幅広いものとしてとらえ、人権をベースに学ぶ教育です。性を通じて自分・相手のことを知り、心とからだをいかに大切にするかを学ぶこと。そんなこれからの「性教育2.0」となる情報をお届けできればと思います。