衆議院解散を先送りすれど、岸田首相の前途は暗澹
解散を回避したものの…
第211回通常国会が150日間の会期を終え、6月21日に閉会した。
「政府として提出した予算、および今国会の内閣提出法案、60本中58本が成立するなど、過去10年の通常国会と比べてみても、高いレベルで堅実な成果を残すことができました」
午後6時から始まった記者会見で、岸田文雄首相は胸を張った。だが13日にも、「こども未来戦略方針」を発表するために、記者会見を開いたばかり。しかも「3兆5000億円」という規模だけが売りで、具体的目標値もなく財源も定まらない政策を、岸田首相はものものしく発表している。
この頃、「総理は解散を発表するのではないか」と囁かれていた。何よりLGBT理解増進法や防衛費増額のための財源確保法などが、16日の成立を目途にせわしく動いていた。
当然13日の会見では記者から解散についての質問が出たが、岸田首相は「情勢をよく見極めたい」と述べ、それを否定することはなかった。ただ、多くの同志の命運を左右するかもしれない大事を判断するという「真剣さ」が感じられず、この時に岸田首相がにやりと笑ったことも、決断力のなさの裏返しに見えた。
「何のための会見だったのか」
この時、岸田首相から数メートル離れた席でその様子を見ていた筆者には肩透かしの印象だけが残っている
17日と18日に行われた各社の世論調査で内閣支持率が押しなべて下落したのは、これも影響したに違いない。とりわけ毎日新聞の調査では、内閣支持率は5月の前回から12ポイント下落の33%、無党派層では15ポイント下落の11%となっている。
このまま支持率が低迷すれば、秋の解散もままならなくなるかもしれない。元秘書への暴行問題で自民党の高野光二郎参議院議員が辞職し、10月22日に補選が行われることになるが、この時に衆議院選挙を重ねる説もあるからだ。
いざという時にまとまらない “お家芸”で好機を逃す立憲民主党
だが野党も準備はできているわけではない。立憲民主党では6月16日に小沢一郎氏を中心にした「有志の会」が共産党をも含む野党共闘を呼びかけたが、日本維新の会は即座に参加を否定。国民民主党も「野党共闘」に懐疑的だ。
そして立憲民主党内では、ますます泉健太代表の求心力が低下している。16日の定例会見では「有志の会」について問われたものの、その動きを把握していないことが露呈された。泉代表はむしろ、国民民主党と協力したい意向だが、国民民主党はこれを拒否。4月23日に行われた衆議院千葉5区補選でも、「うちが先に岡野純子候補を擁立したのだから、立憲民主党が乗ってくれば良い」と強気を貫いた。
最たる懸念は日本維新の会の動向だ。維新は2021年の衆議院選で30議席増の41議席を獲得。昨年の参議院選でも6議席増の21議席を獲得し、党勢は上昇傾向にある。
加えて東京28区を巡って自民党東京都連と公明党が争ったため、公明党は東京での関係断絶を宣言。そして維新が権勢を振るう大阪や兵庫で6選挙区を確保したい公明党は、維新への接近を図っていると見られている。
安倍・菅政権時には岩盤支持層だった保守層も、LGBT理解増進法の成立を急いだ岸田政権から離れようとしている。同法の成立の背景には、本国でもLGBT平等法案の成立を目指す米バイデン政権の存在がある。ひたすら長期政権を目指す岸田首相にとって、なんとしてもアメリカから強い支持をとりつけたいが、同法はそのための接着剤のひとつといえた。
鍵をにぎるのは 公明党と日本維新の会
果たして岸田首相は秋までにこうした「失った支持層」を回復することができるのか。自民党は公明党との東京での関係を修復すべく、同党都連に29区に出馬予定の岡本三成衆議院議員を推薦するように要請した。だが公明党の石井啓一幹事長はそうした自民党の態度を評価しつつも、「次期衆議院選で東京では自民党候補を推薦しない」との立場を堅持。いちど壊れた関係を修復するのはなかなか難しいようだ。
こうした事実を考慮すれば、秋の解散総選挙は難しくなるが、来年以降に状況が好転するわけではない。2024年2月には京都市長選が予定されているが、維新が大阪、兵庫、奈良に続いて首長のポストを狙っている。
これまでの京都市長選では、非共産系の政党の推薦候補が共産党の推薦候補と戦うという構図だったが、自民党は現職の門川大作市長が出馬しても支持しないことを宣言。維新の藤田文武幹事長は4月11日の会見で独自候補擁立を表明した。
4月9日に行われた京都市議選で、日本維新の会は10議席を獲得し、国民民主党や地域政党京都党と統一会派を結成。最大会派の自由民主党京都市議員団の19名に迫る18名の勢力となった。昨年の参議院選でも維新が擁立した楠井祐子氏は国民民主党の推薦も得て25万7852票を獲得し、5回目の当選を果たした立憲民主党の福山哲郎元幹事長に1万7288票差まで迫っている。
京都市長選で勝利すれば、維新の躍進に加速が付くことは間違いない。さらに党内の重鎮たちから、年内解散総選挙への圧力もかかってくるだろう。
秋の解散総選挙は?
たとえば5月に北國新聞のインタビューで「解散は秋以降」と述べて、通常国会会期末解散に反対し続けた麻生太郎元首相は、早期解散派と言われている。家族から政界引退を促されている一方で、後継者となる長男の将豊氏は昨年10月に日本青年会議所の会頭に選出されており、2023年はその任にあるため出馬ができないというのが理由とされている。
岸田首相は7月にNATOの首脳会議などに参加するためにリトアニアとベルギーを訪問し、その後にサウジアラビア、UAE、カタールを歴訪する。NATO首脳会議では来年に東京に連絡事務所を開設するかどうかが協議されるが、岸田首相は広島サミットへのゼレンスキー大統領招待などウクライナ支援をアピールする予定だ。また中東訪問は勢力を拡大する中国を牽制するとともに、日本が80%を頼るエネルギーを安定的に確保する目的もある。さらに度重なる北朝鮮から発射されるミサイル問題を議論するため、アメリカから近く日米韓3国首脳会談を開催したいと打診されていることを明かすなど、岸田首相が“得意”とする外交による点数稼ぎに務めている印象だ。
果たしてその努力は実を結ぶのか。岸田首相の「精神安定剤」とされた長男の翔太郎氏は秘書官更迭を余儀なくされ、「右腕」として最も信頼を寄せている木原誠二官房副長官は「隠し子」問題が報道されるなど、足元のぐらつきも目立ち始めた。岸田首相の長期政権の夢は、ますます遠のいてしまうのか。