怪我からの復帰が待たれる武豊騎手の、マイルチャンピオンシップを巡る復活の逸話
早々に勝利を確信
今週末、京都競馬場でマイルチャンピオンシップ(GⅠ)が行われる。丁度10年前の2013年、このレースを制したのがトーセンラー。手綱を取ったのは武豊騎手だった。
「結構、自信がありました」
3番人気の支持ではあったが、レース後、お話を伺うと、彼はそう言った。
春には倍の距離の天皇賞・春(GⅠ)を走っていた馬だが、1600メートルが合うと思っていたのか?と問うと、次のように答えた。
「合うというか、直前の動きも良かったので、大丈夫だろうと思いました」
スタートが切られると「あえて下げたのが良かった」と言い、更に続けた。
「前の方がゴチャついていたので、下げなければ巻き込まれたと思います」
結果、早々に勝利を確信出来たと言う。
「道中の手応えが抜群だったので、向こう正面では『進路さえ開けば勝てる!!』と思いました。それだけ早い時点でそんな事を思えるケースはそうそうありません。まして、GⅠですから滅多にない事ですけど、この時のトーセンラーはそんなふうに思わせてくれました」
天才騎手の感覚に誤りはなく、結果、2着のダイワマッジョーレに1馬身の差をつけて先頭でゴール。これが武豊にとってGⅠ通算100勝目。前人未踏の快挙達成となるゴールだった。
名調教師とのエピソード
「直前の調教の感触で、厩舎がうまくマイル仕様に仕上げてくれたと感じました」
GⅠ100勝ジョッキーにそう言われたのは栗東の藤原英昭厩舎だった。
18年にはJRA賞最多勝利調教師賞の座に輝く藤原英昭調教師だが、10年には武豊との間に、こんな事があった。日本のナンバー1ジョッキーにとって、例年、ドバイへ遠征する事が多い3月の最終週。しかし、この年はタッグを組んで中東へ行く馬がいなかったため、日本国内で騎乗していた。一方、この日のメインレースの毎日杯(GⅢ)に出走した藤原英昭厩舎のザタイキは、主戦の藤田伸二(当時騎手、引退)がドバイへ遠征。そのため、武豊に白羽の矢が立てられた。これが悲劇につながった。直線を向いたザタイキは、突然、故障を発症。武豊は馬場に投げ出され、大怪我を負ってしまったのだ。
これにより長期の休養を余儀なくされた武豊は「無理して早目に復帰した」(本人)のが裏目となり、その後も思うように勝てない日々が続いた。
そんな彼が再び輝きを取り戻したのが、この13年の日本ダービー(GⅠ)を制したキズナであり、その約半年後のこのトーセンラーだった。競馬に事故や怪我は付き物といえ、この武豊の復活劇には、藤原英昭もホッと胸を撫で下ろした事だろう。
復帰の待たれる現在
さて、その後も衰えを知らない活躍を続ける天才騎手だが、この10月29日には、東京競馬場でアクシデントに見舞われた。レース直後の脱鞍時に、騎乗していた馬に右足の太ももを蹴られて負傷。当初は「大丈夫」と気丈に話していたが「みる間に腫れ上がり」(本人)、天皇賞・秋(GⅠ)のドウデュース他、その日の残りの騎乗予定を全てキャンセル。それどころか、更に後日に予定していたJBCやオーストラリア遠征も皆、キャンセルとなり、残念ながら現在もまだ、ターフへの復帰を果たせていない。
とはいえ、ここまで築き上げて来た彼のポテンシャルが、この休みで崩壊するわけでは、もちろんない。トーセンラーでマイルチャンピオンシップを勝利した時のように、戻って来た暁には、また素晴らしい騎乗を披露してくれるだろう。1日も早く復帰してほしいとは言わない。時間を要しても良いので、万全の態勢で再びファンの前にその勇姿と手綱捌きを見せてくれる日が来る事を心待ちにしたい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)