エンタメは止まらない! 有料ライヴ配信サービス『fanistream』仕掛け人に聞く、その可能性
有料制ライヴ配信サービス「fanistream」とは?
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響を受け、さらに政府の要請もあり音楽業界は、2月下旬からライブ自粛ムードになり、全国のライヴハウス、そしてアーティストは大打撃を受けている。それはファンも同じだ。心のエネルギーが枯渇している。しかし、そこでとどまっているわけにはいかない。ライヴハウス、アーティストをサポートし、音楽業界を応援するために有料制のライヴ配信の動きが活発化しているが、そんな中でいち早く動いたのが、THECOO株式会社が運営する有料会員制ファンコミュニティアプリ「fanicon」だ。3月19日に「#ライブを止めるな!」プロジェクトを立ち上げ、有料ライヴ配信サービス「fanistream」のサービスをスタートさせ、第1弾として、3月20日から 4月5日までの間に、政府の要請に応え、ライヴ、イベントが中止または延期となったアーティストに対し「fanistream使用料」「ライブ配信用機材使用料」「ライブ配信用スタッフ人件費」「提携ライブハウス使用料」を無償で提供した。4月5日以降も、サービス使用料は無償提供を続けており、現在までに13組のアーティストがこのサービスを活用している(5月19日現在)。サービスの陣頭指揮を執る、同社CEO平良真人氏に「fanistream」の立ち上げまでの経緯、そして運用してみての手応え、さらにこの状況下で、アーティストとファンとの太いつながりが注目を集める「fanicon」の現在について、話を聞いた。
ACIDMAN大木伸夫のひと言がきっかけとなり、プロジェクトがスタート。4日間で作り上げた「fanistream」
始まりは、ACIDMANのボーカル大木伸夫からのひと言だったという。「ACIDMANが毎年3月11日に福島県南相馬市で行っているワンマンライヴ『ACIDMAN LIVE in FUKUSHIMA』が、今年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で開催中止になり、急遽“生配信ドキュメントライヴ”を行いました。大木さんは昨年9月に『fanicon』で、“ある証明”というファンコミュニティを開設しており、そこでもライヴ中継をしたのですが、本当に素晴らしいライヴでした。ライヴ後の打ち上げで、我々のスタッフに大木さんから『チケット制のライブ配信ができたらいいよね』という提案があり、僕のところにすぐ連絡がきました。翌日の12日は他のアーティストからも同様の相談があり、それで3月13日(金)の夕方、開発チームとビジネスチームを招集してミーティングを行いました。すぐに作ろうということになって、ライヴ配信のプラットフォーム自体はすでにあったので、そこにチケットの決済を加える開発と、それを会員だけでなく非会員でも観られるようにするという開発が導線も含めて、16日(月)に出社したらもうできあがっていました」。
「スピード感の一番の要因は現場感、ニーズ感をいかに拾い上げてサービスに落とし込むか」
スピード感が他との一番の差別化――平良氏を始め、Google出身のメンバーが集まり立ち上げた同社が大切にしていることであり、強みでもある。
「ライヴ配信自体はどこも検討して開発しているようですが、実はコモディティまでとは言いませんが、中身自体は真似しようと思えばできます。スピード感の一番の要因は現場感というか、ニーズ感をいかに拾い上げてサービスに落とし込むかです。それはプロダクト的にもそうですし、オペレーション的にもそうで、そのスピード感が一番の差別化だと考えています。メルカリやYouTubeの話をよくするのですが、メルカリが出てきた時って、他の既存のサービスでもいいのではって、最初は多くの人が思ったと思います。でもスマホで簡単にCtoCでモノを出品できるという部分の、細かい開発をすごいスピードでやり続けたからこそ、今のメルカリがあると思うし、YouTubeとかGoogleのプロダクトもそうなんですが、出てきた時にある程度の人数の人に使ってもらって、そこから出てきた課題や新しいアイディアをものすごいスピードで開発していきます。これはユーザーが使ったら便利なんじゃないかって」。
「一音楽ファンとして、アーティストと、ライヴに携わっている全てのスタッフの方達に『fanistream』で還元したかった。そしてどんなものを提供したら、その対価としてどれくらいチケット代としていただいていいのか、という基準がまだないので、市場全体で至急考えなければいけない」
「fanistream使用料」「ライブ配信用機材使用料」「ライブ配信用スタッフ人件費」「提携ライブハウス使用料」を、無償で提供するというこのサービスの大きな柱について改めて聴いてみると――。
「大木さんの話を聞いた時に、コロナ禍の中での音楽業界、ライヴシーンの課題を考えた時、アーティスト本人も苦しいですけど、その周りのエンジニアの方だったり、ライヴハウスのスタッフ、ライヴに携わっているスタッフの方も苦労されていると思いました。『fanicon』を通じて、昨今アーティストの方々とお付き合いをさせていただく機会も増えてきましたし、一緒にお仕事をさせていただいていて、少しでも一音楽ファンとしても還元できたらいいなと思いました。これからの課題になりますが、どんなものを提供したら、その対価としてどれくらいチケット代としていただいていいのか、という基準がまだありません。ライヴをデジタルで観るということに対して、その手段は今まではテレビで放送くらいしかなかったのですが、ネットならもっとインタラクティブにできる可能性もあるし、ファンも喜びながら、アーティストもその創作活動に対して対価をもらえる、そんな単純だけど一番大切なことを市場全体で至急考えて、スタンダードを作る必要があります。我々も危機感を持って、マーケットを作っていきたいと思います」。
「将来的には、リアルなライヴとハイクオリティなライヴ配信、両方を楽しむことができればいいと思う」
「fanistream」では、チケット収益はアーティストサイドに100%還元され、THECOO側の収益はゼロだ。そして、第1弾が好評だったことを受け、プロジェクト第2弾(4月6日~4月30日)も実施された。このタイミングで「fanistream」には“投げ銭”と“ライブ配信前のEC誘導”の機能が追加され、主催者やアーティスト側がきちんとマネタイズできるシステムも構築されていった。ライヴ配信のクオリティについても、視聴者から「映像や音響のクオリティやカメラワークがすごくいい」というコメントも多かった。これまで「fanicon」内で行ってきたライヴの経験が「fanistream」に大いに生かされているという。
「投げ銭のチケットは、ライヴ配信ごとにオン、オフが選択できるようになっています。ライヴ配信の時に投げ銭が嫌だというアーティストはやめることもできます。エンタメ業界の中で、ライヴ配信という手法がまだまだ手探りの状況なので、色々なスタイルでのライヴ配信ができるようになっています。ライヴ配信の演出や構成のノウハウは、数を重ねるごとに弊社の配信スタッフの中に蓄積されているのを感じています。VJや凝った照明を使用してアイドルの無観客ライヴを行い、それをライブ配信でレイヤリングしたりすると、動画自体はすごくカッコいいものができあがるので、ライヴ配信ならではの面白みだなと感じています。なので、この状況が収束してまたライヴができるようになっても、もうひとつのライヴとして、ハイクオリティなライヴ配信もあればいいなと思います。電子書籍が出てきても紙の本がなくなったわけではなく、それぞれを使いわけて読んでいる、そんな風にライヴ配信もなって欲しいです」。
「fanistream」を使い、ライヴ配信をしたアーティストの言葉で、平良氏が印象的だったものがあるという。
「ライヴハウスで無観客でやるので、当然ファンとのコールアンドレスポンスはなく、やりにくい部分もありそうでしたが、『バンドで大きい音が出せてよかった』とアーティストが言っていてそれがすごく印象的でした。みんなで集まって音を出すって、バンドを始めた理由に近いじゃないですか。初期衝動というか、そういう言葉を聞くことができてよかったなと思いました。僕はロック、ハードロックが大好きで、ライヴに行くのも大好きなので、やっぱり“音圧”にこだわりたくて(笑)。ライヴで大切なのは音とグルーヴです。料理でいうと旨味成分のようなものだと思います。それを配信で観ている人にストレートに伝え、感じてもらえるようにしたい。どうすればいいか見当がつきませんが(笑)、でも解決したいです。コールアンドレスポンスを含めての“臨場感”をいかに伝えるかなど、ライヴ配信のブラッシュアップについては、5Gの導入によって、様々な可能性を考えることができると思います」。
「『これからはアーティスト自らがファンと密にコミュニケーションをとって、でもある程度距離感を保ちつつ、双方に価値のあることをやっていきたい』、そんなACIDMAN大木さんの言葉に、『fanicon』というサービスの本質があると思う」
「fanicon」はアイコン(アーティスト・タレント・インフルエンサーなど、ファンに支えられて活動する方々)と、そのファンがコミュニケーションするための“場”を提供する会員制のファンコミュニティアプリだ。2017年にサービススタートして以来、これまでに1500組を超えるアイコンが開設している。ライヴやイベント、握手会などが一切できなくなってしまったこの状況の中で、ファンと密に交流ができる“場”として、その存在に注目が集まっている。2018年に解散したAqua Timezのボーカル・太志は、昨年立ち上げた新しいプロジェクト・“Little Parade”の活動の場として「fanicon」を選び、作品を発表。先日5月1日にはロックバンド9mm Parabellum Bullet菅原卓郎(Vo,G)がオフィシャルファンコミュニティ“Sugar Water Hours”を「fanicon」内に開設した。平良氏に改めて「fanicon」に期待することを聞いた。
「当初の予想よりも早いスピード感で、参加してくださるアイコンの方が増えています。大木さんとよくこの話をさせていただくのですが、『fanicon』を面白いと思っていただいた理由が、これからはアーティスト自らがファンと密にコミュニケーションをとって、でもある程度距離感を保って、双方に価値のあることをやっていきたいと思っているからだそうです。特にファンの声を直接聞けるようになる、聞くことが必要になる、そういう時代なるということを、大木さんがおっしゃっていて。そういう言葉をいただくと、『fanicon』は先見の目があったというか、それが少しずつ浸透してきていると思います。今、いわゆるメジャーデビューをしているアーティストの参加が増えています。大きな動きと同時にファンを大切にする繊細な動きを必要としているのではないでしょうか」。
アーティストが活動をしていく上で、SNSを駆使することは今の時代では欠かせない動きだが、一方でコアなファンとはしっかり繋がって、コミュニケーションを取りながら、様々なことを発信していくことも非常に重要なアプローチだ。「fanicon」に、他ではできないその部分での価値感を感じて、参加している“アイコン”が増えているようだ。まだまだ先が見えないこの状況の中で、アイコンとコアファンの関係はコロナ前と後では、変わってきている部分があるのだろうか。
「音楽、そしてエンタメがあるから人生が豊かになっている」
「この状況が収束してどう変わっていくのかを、一番考えなければいけないことではありますが、現時点でデータだけで見てもライヴ配信数と、いわゆる『fanicon』でのアクティビティが、1コミュニティあたり大体2倍くらいに増えています。NetflixやYouTubeの視聴者が増えているというデータがどこかで出ていましたが、同じように『fanicon』も増えています。単純に『fanicon』を始めようという人だけではなくて、既に開設している人たちにも、以前に増して活用してもらっている状況です。ファンの方に満足してもらいながら、きちんと収益を確保するという部分に関しては、月額会費という手段だけでなく、もっと色々なことが考えられると思います。『fanistream』は必然だったのか、偶然だったのかわかりませんが、急に始まったものではありますけど、求められているものかなとも思うので、これからもこの2つを大きく進化させていきたいです。エンタメ業界の動きが止まって改めて感じたのは、音楽だけではなくてエンタメがあるから人生が豊かになっていると思うし、生きていて楽しいと思えるというか。食べるために生きていたら、ただの生物です。ただの生物じゃんって言われてもいいんですけど、そうじゃないと思いたいです。だからこそ一消費者として、そこにお金をかけるために一生懸命働くのは全然苦ではないし、むしろ沢山魅力的な音楽やものがあるから頑張れるというか。なくなった後にしか気づけないことなのかもしれません。それほどかけがえのないものです、エンタテインメントは」。