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被害額は3200億円とも ついに「漫画村」に捜査のメス、ヘビーユーザーは取調べも?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:アフロ)

 人気漫画を違法配信していた海賊版サイト「漫画村」元運営者が潜伏先のフィリピンで拘束された。福岡県警などは関与が疑われる男女2名を著作権法違反の容疑で逮捕しており、元運営者も強制送還後に逮捕する方針だ。

【違法配信の態様】

 ところで、インターネット上で目にする違法配信は、次のとおり4つのパターンに分類することができる。刑罰にも軽重がある。

(1) 漫画や小説、映画、音楽、ライブビデオ、テレビ番組など、他人の著作物を権利者の許可なく無断で配信するもの

(2) 無修正で露骨に性器が見えるなど、わいせつな動画や画像を配信するもの

(3) (2)と同様だが、過去に撮影・録画されたものではなく、視聴者とチャットなどでやり取りしつつ、性行為などをライブ配信するもの

(4) (2)や(3)と重なる場合も多いが、被写体が18歳未満の男児や女児である児童ポルノを配信するもの

 懲役・罰金の最高刑は、会費や広告収入を得るなど有償によるものか否かを問わず、(1)が10年・1千万円(法人だと3億円)、(2)が2年・250万円、(3)が6か月・30万円、(4)が5年・500万円とされている。

 わいせつ事案に関しては、(3)のように視聴者のリクエストに応じてアップに応じるなど、リアルタイムに見せる方が性的興奮をもたらし、風紀を乱すようにも思えるが、実際には(2)のように過去に撮影された動画や画像を単純に配信するほうが罪が重い。

 著作権という他人の財産を勝手に盗むという意味合いから窃盗罪(10年・50万円)と類似している(1)のほうが、(2)(3)のわいせつ事案や(4)の児童ポルノ事案よりも格段に重くされているという点に注意を要する。

 (1)は著作権管理団体や出版社、放送局など権利者側から被害申告を受けて捜査を進めており、(2)~(4)は警察自らないし民間の協力を得て違法配信などを監視する「サイバーパトロール活動」が端緒となることが多い。

【サーバーが海外にあってもアウト】

 ただ、インターネットには国境がなく、(1)~(4)について「サーバーコンピューターがアメリカやロシア、ウクライナなどの海外にあれば、日本の警察としても手出しができないから大丈夫だ」といった見解も見られる。

 確かに、(2)と(3)のわいせつ事案は、海外における犯行を処罰の対象としていない。それでも、裁判所が示した解釈によって、犯罪行為の一部が日本国内で行われ、その結果が国内で発生する場合には、「国内における犯罪」として処罰できるとされている。

 したがって、国内で閲覧や視聴されることを前提として国内から海外のサーバーに向けたアップロードなどが行われていれば、国内で行われた事案として摘発が可能だ。

 現に、データ送信に使われた国内のパソコンなどを押収し、元データや送信履歴などの客観的な証拠を押さえ、逮捕や起訴、有罪に持ち込んでいる。

 一方、(1)の著作権侵害事案と(4)の児童ポルノ事案は、日本人の海外における犯罪行為をも処罰の対象としているから、被疑者が日本人であれば、サーバーの所在地がどこであっても関係ない。

 ましてや、被疑者の国籍を問わず、日本国内から海外のサーバーにアップロードが行われているなど、国内における事件だとみることができれば、全く問題ない。警察も、その点に重点を置いた捜査を行っている。

【なぜ「漫画村」が警察に狙われたのか】

 ただ、インターネット上には(1)~(4)の事案があふれかえっているのが現実だ。そうした違法コンテンツこそが、インターネット普及の原動力の一つともいえる。

 その中で(1)に当たる「漫画村」が捜査のターゲットになったのは、2018年4月のサイト閉鎖までの間、『ONE PIECE』や『進撃の巨人』といった7万冊超の漫画の違法配信を平然と行い、国会で取り上げられ、政府も接続のブロッキング措置まで検討するなど、大きな社会問題となっていたからだ。

 サイトへのアクセス数は6億2000万に上り、数億円規模の広告収入などを得ていたとみられるうえ、出版社などに与えた流通額ベースの損害が推計で3200億円とも言われているから、数ある海賊版サイトの中でも特に目立つ存在だった。

 しかも、無料版の「漫画村」が問題視されてメディアなどで取り上げられるや、「漫画村プロ」という有料版のサイトを開設するといった挑発行為に出た。

 「いたちごっこ」と揶揄(やゆ)されてはいるものの、現在、警察はインターネットを舞台とした著作権侵害事案の摘発に力を入れており、2018年の検挙数も691件と、前年の398件から大幅に増加している。

【今後の捜査のポイントは?】

 「漫画村」に関しても、KADOKAWAや講談社、小学館、集英社、スクウェア・エニックスといった出版社の刑事告訴を受け、警視庁、福岡、栃木、鳥取、熊本、大分県警からなる合同捜査本部が立ち上げられている。

 その後、違法配信者の解明に向けた捜査を進める中、元運営者で首謀者と目される男を特定し、2018年春にその取調べや関係先の捜索を行ったものの、直後に出国、逃亡されたことから、警察は関係各国の協力を得て行方を追っていた。

 外交ルートを介した要請に基づいてフィリピンの入国管理局がこの男の身柄を確保したため、合同捜査本部は男や関係者らの逮捕状を取得し、このタイミングで強制捜査に着手したというわけだ。

 10人以上の若者が違法配信に関与していた模様だが、アップロードの状況や彼らの役割分担のほか、メールなどを介した日々の連絡状況や報酬の分配状況などが今後の捜査のポイントとなるだろう。

 警察の狙いは首謀者の検挙に伴う事件の全容解明とこの男の厳重処罰だが、違法配信で得た不法収益の隠匿を含め、さまざまな隠ぺい工作が行われているものと思われる。フィリピンからの強制送還を待って逮捕に至ったとしても、男の黙秘や否認も予想される。

 2018年6月からわが国で始まった司法取引制度は著作権法違反事件も対象としているし、まさしく「うってつけの事案」ともいえる。起訴されて有罪になれば相当長期の実刑が見込まれるだけに、場合によっては警察が検察と連動し、共犯者らと司法取引を行い、首謀者に対する「突き上げ捜査」を進めていくことも考えられる。

【ユーザーはどうなる?】

 最後に、多くのインターネットユーザーが経験するであろう違法配信サイトの閲覧や受信行為についても触れておきたい。

 まず、(1)~(4)のいずれの場合も、単に「パソコンやスマホの画面上で見るだけ」だと罪に問われない

 また、(2)(3)であれば、データをダウンロードして保存しても、転売やアップロードなどによって利益を得るためではなく、単に私的に楽しむ目的だと、なんら問題ない。

 ただ、(4)は児童ポルノの単純所持罪として処罰される。懲役・罰金の最高刑は1年・100万円だ。

 (1)についても、音楽と動画については、ダウンロードする作品が著作権者に無断でアップロードされた海賊版であることや、本来は有償で提供されているものであることを知っていた場合、処罰の対象となる。懲役・罰金の最高刑は2年・200万円だ。

 ただし、小説や静止画である漫画、写真などは対象外だから、書店などで販売されている単行本の海賊版だと分かったうえでダウンロードをしていても処罰されないし、当然ながら逮捕もない。

 規制の範囲を拡大するため、文化庁が著作権法の改正を目指したものの、反対論も根強く、2019年3月にいったん見送りとなっている。

 しかし、わいせつ事案などでは、違法配信者に対する捜査の一環として、閲覧やダウンロードしたユーザーが「参考人」として取調べを受けたり、パソコンやハードディスクなどを押収されたりしている。これを蛸に照らして「足の捜査」と呼ぶ。

 「漫画村」事件でも、このサイトを介してどれだけの範囲にまで違法配信が行われていたのかや、閲覧者の具体的な利用状況、その漫画の単行本を購入しなくなるといったサイトの影響力などを特定する必要がある。

 サイトへの接続記録や有料版への登録情報などから閲覧者を特定したうえで、ヘビーユーザーに対する「参考人」としての取調べのほか、パソコンやスマホの任意提出に応じないなど捜査に非協力的な場合には捜索差押えまで行われることも十分にあり得る

 こうした幅広い捜査の結果、ダウンロードした海賊版漫画のデータを別のサイトにアップロードして配信していたとか、それこそダウンロード規制の対象となっている音楽や動画を別のサイトから違法にダウンロードして保存していたといった事実が新たに発覚することも考えられる。海賊版サイトのユーザーが、「参考人」から一転して「被疑者」になるというわけだ。

 また、将来、著作権法の改正により、先ほどのような悪意に基づく海賊版漫画のダウンロードが処罰の対象となったり、それこそ児童ポルノの単純所持罪のように、過去にダウンロードしたものであっても権利者を害する意図に基づいて所持しているだけで処罰されるといった時代が来るかもしれない。

 違法配信の閲覧は少なからずリスクを伴うし、海賊版の流通を助長することにもつながる。海賊版サイトの利用は避けるべきだし、特にダウンロードは絶対にやめておくべきだろう。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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