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皮膚科医が注目する"Treat-to-Target"とは?アトピー性皮膚炎治療の新潮流と課題

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(提供:イメージマート)

アトピー性皮膚炎は、慢性的な湿疹やかゆみを特徴とする炎症性の皮膚疾患です。患者さんのQOL(生活の質)に大きな影響を与えることが知られており、適切な治療とケアが求められています。近年、この疾患の治療において、"Treat-to-Target"(T2T)と呼ばれる新しいアプローチが注目を集めています。今回は、T2Tの概要と、アトピー性皮膚炎治療への応用について詳しく解説します。

【Treat-to-Targetとは?明確な治療目標を設定し、最適化を図るアプローチ】

T2Tとは、「明確な治療目標を設定し、その達成に向けて治療を最適化していく」という考え方です。もともとは糖尿病や高血圧、関節リウマチなどの内科疾患で導入され、治療成績の向上に貢献してきました。

T2Tの特徴は、まず「適切で測定可能な治療目標」を設定することです。この目標は、患者さんの状態や希望を踏まえ、医療者と協議の上で決定します。次に、その目標に到達しているかを定期的にチェックし、必要に応じて治療内容を調整していきます。このサイクルを繰り返すことで、治療の個別最適化を図り、より良い治療成績の実現を目指すのです。

T2Tの利点は、明確な目標設定により、患者さんと医療者が治療方針を共有しやすくなる点にあります。また、定期的な評価と治療調整により、早期の介入と再燃防止につながることも期待されます。

【アトピー性皮膚炎治療へのT2T応用 - 海外の取り組みと提案】

近年、T2Tの概念が皮膚科領域にも広がりつつあり、特にアトピー性皮膚炎は注目度の高い疾患の一つです。その理由は、アトピー性皮膚炎が症状の多様性やかゆみの重要性など、T2Tの恩恵を受けやすい特性を持つためです。

欧米では、すでにいくつかの専門家会議でアトピー性皮膚炎のT2T応用が議論されています。例えば、国際的な専門家グループが提案する治療目標には、皮疹の重症度スコア(EASI、SCORAD)や、かゆみの程度(NRS)、QOLスコア(DLQI)などが含まれています。また、治療開始から3~6ヶ月という評価時期の重要性も指摘されています。

これらの提案は、アトピー性皮膚炎の症状や影響を多角的に捉え、患者さんの状態に合わせた目標設定を重視する内容となっています。また、専門家間で一定のコンセンサスが得られつつあることも、T2Tの実臨床応用に向けた追い風になるでしょう。

【日本におけるアトピー性皮膚炎治療とT2Tの課題】

一方、日本でもT2Tへの関心は高まっていますが、まだ議論の緒に就いたばかりという状況です。欧米とは異なる日本人特有の症状や、医療制度の違いなども考慮しながら、日本に最適なT2Tの在り方を模索していく必要があります。

例えば、日本では湿疹の程度や部位、経過などに民族的な特徴があることが知られています。また、保険診療における診察時間の制約や、評価ツールの普及度など、T2Tの実践にあたっての課題も少なくありません。

加えて、アトピー性皮膚炎へのT2T応用には、より根本的な問題もあります。現在の疾患評価ツールでは、生物学的に適切で患者志向の治療目標を定義するのが難しいのです。また、T2Tの効果を実証するエビデンスも、まだ十分とは言えません。

しかし、だからこそ日本発のエビデンスを積み重ね、日本人に最適化されたT2Tの確立を目指すことが重要だと考えられます。

【多様な視点を交えたT2Tの探求 - より良いアトピー性皮膚炎治療を目指して】

T2Tは、アトピー性皮膚炎の複雑な病態に対処し、治療目標を明確化するための有用なツールになり得ます。患者さんと医療者が協働で目標を設定し、治療方針を共有することで、より良い治療成績とQOLの実現につながることが期待されます。

ただし、その実現のためには、多様な視点を交えた議論が不可欠です。皮膚科医だけでなく、アレルギー科医、小児科医、患者団体など、幅広いステークホルダーの知見を集約し、日本におけるT2Tの在り方を具体化していく必要があるでしょう。

同時に、T2Tの効果を実証するための臨床研究や、評価ツールの開発・普及など、エビデンスの構築と実装化も急務の課題です。関連学会や研究機関、製薬企業などが協力し、オールジャパンで取り組むべき課題だと言えます。

アトピー性皮膚炎は、患者さんの生活に大きな影響を及ぼす疾患です。その克服に向け、T2Tという新しいアプローチを日本の医療にどう組み込んでいくか。皮膚科医をはじめとする医療者、そして何より患者さん自身が、主体的に議論に参画していくことが求められています。

参考文献:

- Renert-Yuval Y, et al. J Eur Acad Dermatol Venereol. 2024;38:42-51.

https://doi.org/10.1111/jdv.19506

- 日本アレルギー学会 アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2021

https://www.jsaweb.jp/modules/guidelines/index.php?content_id=44

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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