地検前でテンピン麻雀「黒川杯」を開催したら逮捕される? 賭博罪の告発の行方は
元検事長の黒川弘務氏らが賭博罪で東京地検に告発された。彼らのレートだと無罪になるはずだということで、ネット上では地検前で「黒川杯」を開催しようという冗談話まで流れている。告発の意義と捜査の行方は――。
「黒川杯」は強烈な皮肉
ネットで話題の「黒川杯」とは、次のようなものだ。
「法務省刑事局の公式見解によると、テンピン麻雀は問題ないらしいので『黒川基準』によるレート麻雀解禁を祝してテンピン麻雀大会を公然と実施することになりました」
「場所は新基準の礎を築いてくれた黒川元検事長に敬意を表して検察庁前の路上となる予定です」
「開催前に黒川元検事長が賭博容疑で逮捕ないし起訴等された場合は、自らの浅薄さを深く恥じ入り本大会は中止とします」
もちろん、冗談話であり、強烈な皮肉だろう。実際に東京地検前の路上に麻雀卓を設置し、麻雀をすれば、それだけで警察官に囲まれ、その指示に従わなければ逮捕されるのではないか。
道路交通法が次のような行為を罰則付きで禁止しているからだ。
● 交通の妨害となるような方法で物件をみだりに道路に置くこと
● 道路において、交通の妨害となるような方法ですわり、しゃがみ、立ち止まっていること
2018年にも、京都大学の大学院生らがこの規定で逮捕されている。自治寮廃止を目論む大学当局に抗議するため、大学近くの道路上にこたつを置き、10分間にわたって4人で鍋を囲んだからだ。
幕引きできず
ただ、「黒川杯」の本意は、黒川氏や記者らに対してきちんと捜査を行い、彼らのレートだと賭博罪で罪を問われるのか、明確にすべきだということではないか。
もし「黒川杯」が道路上ではなく個人宅や麻雀店で開催され、ネット中継でもされたら、警察は現場に踏み込んで逮捕できるのか、また、検察も起訴できるのか、という問題が残るからだ。
その意味で、今般、市民団体や弁護士グループなどが刑事告発に及んだ意義は大きい。
法務検察が、捜査ではなく簡単な内部調査によって事件を矮小化させ、早期に幕引きを図ろうとしているからだ。
しかし、刑事告発があれば、刑事訴訟法の規定により、検察はきちんと捜査し、起訴・不起訴という正式な処分を決めなければならなくなる。
さすがに週刊文春の記事のコピーを添付しただけだと、検察としても「疎明資料が不足している」という理由で受理しないこともあり得るが、法務省の調査報告書のコピーを添付していれば、受理しないわけにはいかない。
彼らですらも、「賭け麻雀」の事実を認定しているからだ。もし告発を受理せず、捜査しないということになれば、ますます非難の声が上がるだろうし、告発した関係者から国賠訴訟が提起される事態に発展するかもしれない。
賭博罪とは
さらに重要なのは、賭博罪に関するアウトとセーフの境界線に関し、検察が解釈を示さなければならないという点だ。
すなわち、刑法は、賭博罪について次のように規定している。
「賭博をした者は、50万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない」(賭博罪)
「常習として賭博をした者は、3年以下の懲役に処する」(常習賭博罪)
「賭博場を開張し、又は博徒を結合して利益を図った者は、3月以上5年以下の懲役に処する」(賭博場開張等図利罪)
賭博行為が裁判で罪に問われるのは昨日今日始まった話ではなく、すでに確立し、これまで蓄積されてきた裁判所の判例が多数ある。
これによると、麻雀は勝ち負けが偶然に左右されるものだし、現金は「一時の娯楽に供する物」にあたらないから、もし現金を賭けて麻雀をやると、賭博罪が成立する。
現行犯でなければ賭博行為を立証できないとか、起訴できないというわけでもない。常習賭博罪も、参加メンバーの供述などにより、過去の複数回にわたる賭博行為や常習性を立証している。
いくらからセーフ?
そこで問題となるのは、起訴して刑事罰を科すに値するほど違法性があるといえるのか、また、どの程度の頻度・回数から、より刑罰の重い「常習」と判断されるのかという点だ。
麻雀では、点数などに応じてやり取りする現金を決めるレートがあり、黒川氏らの「テンピン」(1000点100円)だとセーフなのか、改めて検察が判断することになる。
また、麻雀は、プレイするメンバーが合意したルールによって、ギャンブル性の高低が大きく変わる。
例えば、順位に応じて与えられる「ウマ」と呼ばれるハンデや、手役の中に抱えていれば上がり役の点数も上昇する「ドラ」、上がりの際の点数の授受を倍にする「割れ目」など、さまざまだ。
黒川氏らがどのようなルールを採用していたのかを確定したうえで、それだとアウトなのかセーフなのか、判断しなければならない。
重要なのは、現に検察が「テンピン」やそれよりも低いレートで客に賭け麻雀をさせていた麻雀店の経営者を先ほどの賭博場開張等図利罪で起訴し、有罪を得た裁判例があることだ。
その際、検察は、レートが低い、賭け金が少ない、公営競馬やパチンコなどもあって賭博の違法性が弱まっているという弁護側の主張を一蹴し、裁判所もこれに追従している。
もし「仲間内であればセーフ」ということなら、メンバーがどの程度の人間関係までなら立件されないのか、その基準を示さなければならない。
「常習」か否か
しかも、今回の告発では、単なる賭博罪ではなく、常習賭博罪にあたるのではないかとも主張されている。
常習とは、反復継続する意思に基づいて行う習性であり、プロの博徒のような者に限定されない。3回の賭博行為で常習と認定した裁判所の判例もある。
そうすると、単に週刊文春が報じた賭け麻雀だけでなく、同じメンバーや違うメンバーとの間の過去の賭け麻雀にまでさかのぼって捜査を尽くさなければならない。
このほか、告発では、個別の取材に応じるとか情報を漏らすといった特別扱いに対する見返りとしてハイヤーの提供を受けたのではないかということで、賭博罪にとどまらず、贈収賄での立件も求めている。
ここにも、捜査の手を広げる必要がある。
市民がどう判断するか
起訴されれば、裁判所が改めて賭博罪の成否や量刑などを判断することになる。
ただ、おそらく検察は、自業自得ながらも黒川氏が検事長の地位を追われ、軽いながらも訓告という処分を受け、社会のバッシングにさらされて相応の社会的制裁を受けたといったことを考慮し、記者ともども不起訴にするのではないか。
もっとも、その場合でも話は終わらない。告発した関係者が請求すれば、検察による「嫌疑なし」「嫌疑不十分」「起訴猶予」といった不起訴の理由が明らかにされる。
さらに、その判断の当否について、検察審査会に審査を求めることまでできる。
そもそも、地検前で「黒川杯」を開催しようという冗談話まで流れるほどの事態に至ったのは、訓告という処分が軽すぎ、身内に甘いと受け止められたからではないか。
法は誰に対しても公平に適用されてこそ、信頼を得るものだ。
賭け麻雀どころか麻雀そのものをやる人のほうが少なくなっている中、市民の代表である検察審査会がどのように考え、判断するのかも重要となるだろう。(了)