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なぜSuica・PASMOのカードが不足するのか? 独自の規格が半導体不足の影響を受ける

小林拓矢フリーライター
交通系ICカードには高性能ゆえのジレンマがある(写真:アフロ)

 Suica・PASMOが足りない――キャッシュレス社会の王者となった交通系ICカードは、意外なところで苦しむことになった。

 7月31日、JR東日本やPASMO協議会などは、8月2日から記名式Suica・PASMOのカード発売を中止すると発表した。すでに6月8日には無記名のSuica・PASMOの発売は中止しており、それがさらに広まったという状況だ。

 公式な発表では、世界的な半導体不足によるものだという。カードメーカーと今後のカードの製造計画について協議を継続しているものの、現時点でも状況は不透明だという。

 今後、定期券などを新規に発売したり、紛失時などの再発行サービスのために在庫を確保したりする必要があり、無記名だけではなく記名式のSuica・PASMOも販売できなくなったということだ。

 ふだんから鉄道に乗らない人でも、現在はSuicaやPASMOなどを持っている人は多い。新たにカードだけを手に入れることはできなくなり、今後はモバイルのSuica・PASMOを使用するしかない状況になった。

 定期券だけではなく、小児用カードや障がい者用カードの発売は継続する。カード障害や紛失時の再発行サービスは継続する。

気軽にSuicaやPASMOが買えない!

 定期券などのカード確保のために、ふつうのSuicaやPASMOは購入できなくなる。多くの人がすでにカードを持っており、いっぽうでモバイルのSuicaやPASMOが普及している状況こそあるものの、何かあったときに気軽にSuicaやPASMOを購入して券売機でチャージして、という状況ではなくなっている。

 交通系ICカードが普及していない地域から、東京にやってきてSuicaやPASMOを買い、さっと鉄道に乗る、ということは不可能になっている。

 新しくSuicaを導入する北東北3県ではSuicaを購入することができるものの、あらかじめ地元で交通系ICカードを用意していないとSuica・PASMOエリアでチケットレスということは難しくなってきた。

 この場合は、スマートフォンでの交通系ICアプリとクレジットカードをリンクさせ、チャージするしかないのである。

Suica・PASMOに集中する交通系ICカードの利用

 交通系ICカードは、すでに発行枚数2億枚を超え、そのうちSuicaはおよそ9000万枚、PASMOは4000万枚以上となっている。それに続いてICOCAが2500万枚以上である。

 いっぽう、その他の相互利用可能な交通系ICカードの発行枚数は少ない。

 首都圏に人口が集中し、鉄道利用も集中する中で、交通系ICカードはSuica・PASMOのツートップ体制となっているのである。

 その状況では、SuicaやPASMOのカードがどんどんなくなっていくというのが現状であり、半導体不足の中で供給が追い付かないというのも理解できる。

 交通系ICカードの定期券は何年も使用しているとものがダメになっていき、取り換えなければならない。

 SuicaやPASMOを定期券で使用している人は多く、その人たちに安定して供給する必要がある。

日本発祥の規格、メーカーは限られる

 SuicaやPASMOなどの交通系ICカードに使用されているのは、非接触式ICカードの中でも、FeliCaという規格である。この規格自体、日本のソニーが開発したもので、日本以外の国では一部を除き普及していない。

FeliCaを開発したソニー
FeliCaを開発したソニー写真:アフロ

 非接触式ICカードを使用している他国の鉄道はあるものの、ほとんどが別の規格であり、日本の自動改札のように高速での処理が必要のないものである。

 FeliCaのカード自体は、いろんなところで使用されている。建物の入構証などだ。そのため、FeliCaカード自体は、Amazonなどで買うこともできる。

 しかし、交通系ICカードはそのためにつくった専用のカードであり、規格は共通でも中身は汎用品を使用しているわけではないのである。

 カードに使用するための半導体も足りなければ、半導体メーカーやカードメーカーも限られ、世界から物体を調達することが困難な状況にある。

 日本でつくられ、日本を中心に使用されている独自規格であることがSuicaやPASMOの販売制限という状況を招いてしまった。

 しかも、SuicaやPASMOは発行枚数が多い。スマートフォンでSuicaやPASMOが利用できる状況になっても、カード型の交通系ICカードは定期券やちょっとした利用など、根強い需要がある。

 交通系ICカードの処理速度は極めて速い。世界各地ではこれほどの性能は求められないレベルのものだ。日本、とくに東京では鉄道に人が殺到するため、こうした高い水準の規格が求められる。

 世界市場があるような商品ではないので、世界規模で交通系ICカードを作れる状況にはない。

 日本の鉄道に要求される条件が高すぎるため、かえってうまくいかないこともあるということだ。キャッシュレス社会の王者は、王者であるからこその高性能が要求され、それゆえに供給が困難になると大変なことになってしまうだろう。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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