JASRACの独占が崩れると何が起きるのか?
エイベックス・グループ・ホールディングスが著作権管理会社のイーライセンスとJRC(ジャパン・ライツ・クリアランス)を傘下に収めたというニュースは衝撃的でした。そして、当然予想されたことですが、エイベックスが自社系の楽曲の管理をJASRACから引き上げるという動きも出てきました。言うまでもなくエイベックス系アーティストの楽曲は相当な市場競争力がありますので、音楽著作権事業におけるJASRACの事実上の1社独占体制の崩壊が現実的になってきました。
一般に自由で公正な競争は顧客にとってメリットをもたらします。顧客に選択の自由があれば商品やサービスの提供者は切磋琢磨し、品質や価格性能比を向上させていきます。音楽著作権管理についても同じことが当てはまるのでしょうか?
ここで注意したい点は、今エイベックスがJASRACから楽曲を引き上げて自社グループ管理にしようとしているのは演奏権以外である点です。つまり、ライブハウス・飲食店等での演奏は依然としてJASRACの独占です。演奏権を管理するためには全国津々浦々に営業担当者を配置して、調査や請求処理を行なう必要があります。歴史も規模もあるJASRACは既にこのような体制を有していますが、新規プレーヤーが同じような体制を整えることはそう簡単にはいかないでしょう。ちなみに、演奏権こそが著作権管理における問題の種になりがちな分野です(たとえば、ファンキー末吉氏のケース)。
仮に演奏権でも複数の著作権管理団体が競争するようになれば市場原理により、顧客はメリットを得られるでしょうか?
競争による市場原理を考える際には、音楽の著作物には基本的に代替性がほとんどない点に注意が必要です。あのうどん屋は高くてまずいのでラーメン屋に行くということはあるでしょうが(結果的にそのうどん屋は市場で淘汰されるでしょう)、EXILEの著作権管理料は高いので演歌ですませましょうという訳には(通常は)いきません。また、ライブハウスで特定の著作権管理団体の楽曲しか演奏できませんというのは非現実的なので、結局、どのライブハウスも複数の(主要)著作権管理団体と契約せざるを得なくなります(アメリカがそういう状況です)。
さらに重要なポイントとして、著作権管理団体の顧客は音楽の利用者(ライブハウス、レストラン、放送局、動画サイト等々)だけではないという点があります。作詞家・作曲家という権利者も顧客であり著作権管理団体の選択の自由があります(エイベックス傘下のアーティストに楽曲を提供している権利者はエイベックスの意向に従わざるを得ないでしょうが、その後の話です)。
たとえば、JASRACは料金も高く、刑事事件化してでも集金するような阿漕であるのに対して、うちは著作権利用料はものすごく安いし、仮に支払わなくてもそんなにうるさいことを言わないですよという著作権管理団体が登場すれば、利用者サイドは大喜びかもしれませんが、権利者サイドでは自分の作品をちゃんとマネタイズしてくれないそのような団体には作品を預けられないということになってしまうでしょう(ここで権利者には、たとえば秋元康氏のようなエスタブリッシュメントだけではなく、著作権収入を当てにしている新人シンガーソングライターも含まれる点に注意してください)。
結果的に著作権管理団体間の競争は、業務効率化により管理手数料を減らす、柔軟な契約体制を提供する、透明性を高めるという方向では進むでしょうが、利用料を大幅に下げるという方向では進みにくいと思われます(業務効率化による多少の値下げは可能でも権利者側への支払に影響が出るような大幅な値下げは困難です)。特に、所定の料金を支払わない利用者に対する取り立てはむしろ今まで以上に厳しくなる可能性もあるかもしれません。