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パリ同時多発テロ ー誰が有力容疑者か

小林恭子ジャーナリスト
パリで13日夜、同時多発テロが発生した(写真:ロイター/アフロ)

13日夜、パリ中心部の数か所で同時テロ事件が発生した。発生現場の一つのバタクラン劇場で犯人らが人質をとって立てこもった。イスラム過激派と見られる実行犯8人が死亡したが、容疑者が市中にいることも可能性として挙げられている。

いまだ発展中の事件だが、14日未明時点での有力容疑者について、イスラム過激派についての本を複数出版し、アフガニスタン、中東諸国での特派員経験が長いジェイソン・バークが、英ガーディアンに分析を寄せている。

バークによると、容疑者の推定には過去にフランス国内で発生したテロ事件、あるいは欧州内でフランス国民が巻き込まれた同様の事件が役に立つ。

1つ目のシナリオでは、シリアやイラクを拠点とする「イスラム国」(IS)が直接指揮をした攻撃とする説だ。これまでの事件を見ると、ISは欧州内のISシンパに対しては、独自で行動を起こすように呼びかけるだけだった。しかし、最近のエジプト・シナイ半島で起きたロシア「メトロジェット」社の旅客機墜落事件を見ると、ISはさらに急速に変化しており、直接手を下したという可能性が出てくる。

もしそうであった場合、ISのチームがフランスに送られたか、フランスでIS過激派を集めたか、その混合チームであったかだ。実行犯らにフランス国外から指示を出した。

2つ目のシナリオは今年1月のシャルリ・エブド誌の襲撃事件のような犯行だったという説だ。アルカイダやISに忠誠を誓っているが、直接にこうした組織とはつながっていない人物による犯行だ。

バークはアルカイダの本を書いたほどこのグループに詳しい。ジハド戦線ではこのところかつての名声が色あせている部分があり、今回の事件でアルカイダを再度アピールしようとした可能性もあるという。

3つ目のシナリオは地元の実行犯が完全に独自に行動を起こしたという説だ。フランスには、「社会から疎外され、怒りや不満を抱える、若いイスラム教徒の男性たちがたくさんいる」。

14日午前11時(フランス時間)、オランド大統領は一連のテロが「ISによる攻撃」と断定した。

なぜフランスで?

ガーディアンのジョン・ヘンリー記者がなぜフランスでこのようなテロが発生したかについて書いている(14日付)。

ヘンリーによれば、フランスは欧州の中でイスラム戦闘派に心酔した人が最も多い国だ。今年4月、フランス上院がリポートを出している。これによると、欧州でジハド戦士は約3000人存在し、この中で少なくとも1430人はフランス出身者で、ISの一員として戦うためにシリアやイラクに向かったという。

AFP通信がフランスの情報機関の情報として伝えたところによれば、フランスには先の1430人とは別に、1570人ほどがシリアのジハド戦線と何らかの関係を持っており、7000人以上がこうした方向に傾倒する可能性があるという。

今年1月のパリでのシャルリ・エブド事件以来、フランス政府は過激派打倒運動を続けてきたが、それほど功を奏していないといわれている。フランス人口の7・5%がイスラム教徒(470万人)だという。

ヘンリー記者は、社会の中の不満がたまっている層を事件の背景として書いている。公的場所でのイスラム教徒の女性が被るベールの着用禁止など、「フランスの強い政教分離の伝統の下での」政策を反イスラム教対策として受け止めるため、「社会的に恵まれず、教育、雇用、住宅面で頻繁に差別されている若い男女の恨み」が、さらに強くなっている、という。

取り締まり当局にとって「悪夢」

パリの同時多発テロは、各国の情報機関、取り締まり当局にとって、悪夢のような出来事だった。数人の実行犯が繁華街で次々と爆破事件を引き起こした、インドの「ムンバイテロ」(2008年)が再来するのではないか、と恐れていたからだ。

フィナンシャル・タイムズ紙(14日付)が英シンクタンク「RUSI」のディレクター、ラファエロ・パンタッチのコメントを掲載している。

「まだ事件の初期段階だが、数人の実行犯による複数の場所での、非常によくコーディネートされた攻撃に見える。これほどの攻撃を行うには、周到なトレーニングと準備があっただろう」。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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