いさましいちびの分離カメラ DCAM3の大活躍
2019年4月11日、JAXA小惑星探査機「はやぶさ2」チームは、4月5日に実施された小惑星リュウグウに銅製の弾丸をぶつけ、人工的にクレーターを生成する「衝突装置(SCI)」の運用成果を発表した。世界に例を見ない試みだったが、事前の想定通り、プログラム通りに着々と実行されていたことがわかった。佐伯孝尚プロジェクトエンジニアは「SCIは秒速20センチメートルで切り離され、分離時の探査機の制御は、誤差10メートル以内と『ほぼ完璧』。SCIは目標の数十メートル以内に、きわめて正確に衝突できた」と述べた。準備を積み重ね、探査機からは目標を直接見ることができないという難しい条件のもとでミッションを成功させた。
このとき、衝突によってリュウグウ上空に飛来する小惑星の破片を避けて退避していたはやぶさ2本体に代わって、SCI衝突の撮影を行ったのが小型分離カメラ「DCAM3」だ。SCIの分離から18分後にはやぶさ2から分離され、衝突予定地点を約1キロメートルほど離れた側面から撮影した。クレーター生成という重要な瞬間を、小さなカメラはどのように目撃したのか。
DCAM3には、リアルタイムにミッションの成否を報告するアナログ低解像度カメラ (DCAM3-A)と、科学観測用のデジタル高解像度カメラ(DCAM3-D) の2つが内蔵されている。5日の運用当日には、アナログカメラから衝突したSCIがリュウグウ表面から吹き飛ばした破片による「イジェクタカーテン」と呼ばれる円錐状の飛散物の様子を見事に捕らえた画像が公開された。このことからも運用が完璧だったという期待が高まっていた。
そして公開されたデジタルカメラDCAM3-Dによる観測画像では、SCIが小惑星の表面にぶつかった後、「イジェクタ(掘削放出物)」と呼ばれる高速の破片が周囲に飛び散った様子が鮮明に映っている。画像は小惑星の表面で起きる衝突をリアルタイムで捕らえた画像としてサイエンスチームの関心を集めている。
アナログカメラの画像では、飛散物の形は左右対称の円錐には見えず、片側では高く飛んでいるようだが、反対側はよく見えていない。高く飛んだものは「上空数十メートルに達しているとみられる」というが、反対側はなぜそのようになっていないのか。太陽光の当たり方によってうまく見えていない、またはボルダー(岩塊)があって破片の飛散を妨げている、などさまざまな理由が考えられている。デジタルカメラの画像でも同じ非対称性が確認されたことで、衝突のダイナミックさが明らかになる手がかりが得られた。小惑星の自転につれて、DCAM3は衝突地点に近づきながら撮影を続けるような位置関係になっており、イジェクタカーテンを上から撮影するような画像も期待できる。
破片の飛散の仕方は、小惑星の表面にはどの程度の大きさの岩石が散らばっているか、地球よりはるかに密度の低い、「スカスカ」さの度合いといったリュウグウの成り立ちに関する情報を与えてくれる。JAXAや神戸大学を始めとしたチームは画像の解析を始めており、早ければこの夏ごろには成果が科学誌に論文となって発表される可能性があるという。
アナログカメラの観測画像は500枚ほど、デジタルカメラでは同等、またはそれ以上の画像があるといい、はやぶさ2本体のデータレコーダーに蓄えられた画像を地上にすべて送信するにはかなりの時間がかかる。DCAM3は、事前の計画では衝突を挟んで2~3時間ほど観測を続け、画像を送信する予定だった。実際には、5時間と想定を超えて長く活動を続けた。分離カメラ担当の澤田弘崇さんによると、最後には電池やカメラ、回路の発熱によって内部は80度以上の高熱になり、正常に機能できていなかったようだ。いうなれば、自分の熱でぼーっとしながらそれでも懸命にシャッターを切り続けたのだ。役割を終えたDCAM3は、リュウグウの重力に引かれてゆっくりと小惑星表面に到達すると考えられている。
小惑星で衝突が起きる、貴重な瞬間を撮影する大役を果たしたDCAM3。はやぶさ2チームは、その活躍に「勇敢なちびのきみ に幸多かれ。」との賛辞を送った。この言葉は、SF名作小説『いさましいちびのトースター』を踏まえている。おいしくパンを焼き上げる自分の機能に誇りを持つ小さなトースターが、仲間の掃除機や電気毛布、ラジオといった家電製品と共に大冒険の旅に出る物語だ。続編では火星へと向かい、壮大な宇宙の旅を繰り広げることになる。はやぶさ2チームによれば、欧州宇宙機関が2023年に打ち上げを予定している小惑星探査機「Hera(ヘラ)」へDCAMの搭載要請があったといい、着実な観測能力が注目されている。HeraはNASAが実施する予定の小惑星へ探査機を衝突させるミッションで観測役を担う探査機だ。そこで分離カメラDCAMが活躍するならば、ふたたび「小惑星衝突の観測にDCAMあり」という日が来るかもしれない。