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イスラエル・ハマース衝突がシリアで誘発する暴力の応酬と連鎖:イスラーム国も参戦か?

青山弘之東京外国語大学 教授
Telegram (@elamharbi)、2023年11月13日

10月7日にハマースが開始した「アクサーの大洪水」作戦に端を発するイスラエル軍によるガザ地区への大規模攻撃が、周辺諸国における暴力の応酬と連鎖を誘発し、中東地域全体を紛争へと引きずり込みかねない状態が続いている。

誘発された暴力の応酬の最たるものは、レバノン南部とイスラエル北部での戦闘だ。レバノンのヒズブッラーが主導するレバノン・イスラーム抵抗とイスラエル軍は、「アクサーの大洪水」作戦開始の翌日にあたる10月8日から限定的ではあるが境界(ブルーライン)を挟んで交戦を続けている。両者は全面衝突を避けるため、慎重に標的を選んで攻撃を行ってはいる。だが、11月3日にヒズブッラーのハサン・ナスルッラー書記長が演説を行って以降、両者の対決は徐々にエスカレートしている。ナスルッラー書記長は11月11日のテレビ演説で、自爆型の無人航空機(ドローン)や重量300~500キロのブルカーン型ロケット弾を初めて実戦に投入したと発表している。

イスラエルを攻撃するイエメンのフーシー派

「イランの民兵」と総称される武装勢力の活動も活発化している。

イエメンのアンサール・アッラー(フーシー派)は、10月31日と11月10日、イスラエル領内を弾道ミサイルで攻撃、11月9日にはイエメン沖で、イスラエルを支援するために監視・スパイ活動をしていたとして、米軍のMQ-9無人航空機(ドローン)1機を撃墜したと発表した。11月10日の攻撃では、イスラエル南部のエイラート市にある学校の校庭に弾道ミサイル(イスラエル軍の発表によるとドローン)が着弾、これに対する報復として、イスラエル軍はイエメンではなく、シリアのヒムス県にあるレバノンのヒズブッラーやシリア軍の施設を爆撃した。

シリアへの報復に対応する「イランの民兵」

シリアへの攻撃は、イスラエルによるものであれ、それ以外の国(とりわけ米国やトルコ)によるものであれ、西側諸国がバッシャール・アサド大統領を「悪魔化」してきたこともあって、国際世論(厳密にはイスラエルの同盟諸国の世論)の反発はなく、また注目されることもない。「アクサーの大洪水」作戦開始以降(そして以前から)、イスラエル軍は、ダマスカス国際空港やアレッポ国際空港への爆撃を繰り返しているが、それが民間の施設に対する「無差別攻撃」だと指弾されることは稀だ。また、シリア軍(所属部隊と思われる部隊)は、微力ながらもクナイトラ県やダルアー県からイスラエルが占領するゴラン高原に散発的な砲撃を行い、それがイスラエルのさらなる報復を招いていることについては、話題に上ることさえほとんどなく、イスラエルがゴラン高原を違法に占領し、一方的に併合しているという事実に有耶無耶にされてしまっている。

とはいえ、シリアに対するイスラエルの一方的な優位によって、暴力の応酬と連鎖が留まることはない。

シリア国内で活動する「イランの民兵」と主力とも言える諸派が、今度はイスラエルではなく、その最大の同盟国である米国の基地に対してドローンやロケット弾による攻撃を加えているからだ。

狙われるシリア領内の米軍基地

攻撃は、米国が全面支援するクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が実効支配するダイル・ザウル県ユーフラテス川東岸のウマル油田、CONOCOガス田、ハサカ県のシャッダーディー市、ハッラーブ・ジール村、ヒムス県のタンフ国境通行所に設置されている基地を標的としている。これらの基地は、イスラーム国の殲滅を目的として設置されたものである。だが、米軍(有志連合)の駐留は、国連決議に基づいてもいなければ、シリア政府を含むいかなるシリアの政治主体の承認も得ていない国際法・国内法違反である。

米国は、同基地における米国の兵士ら、そして米国の利益を守るための自衛行為だとして、10月27日、11月9日、そして11月12日深夜から13日未明にかけて、ダイル・ザウル県内のイラン・イスラーム革命防衛隊とその関連組織によって使用されている施設を爆撃した。

米軍と「イランの民兵」の報復合戦

だが、こうした報復は、さらなる報復を呼んでいる。

11月12日深夜から13日未明にかけての爆撃では、ダイル・ザウル市、マヤーディーン市、ブーカマール市などが狙われた。これに対して、イラク・イスラーム抵抗をはじめとする「イランの民兵」が、ダイル・ザウル県とハサカ県の米軍基地に対して激しい攻撃を加えた。真偽は定かではないが、ヒズブッラーに近いレバノンのマヤーディーン・チャンネルによると、この攻撃で米軍関係者にも死者が出たという。

「イランの民兵」とシリアに違法駐留する米軍による暴力の応酬は、さらに前者を庇護するシリア政府と後者の支援を受けるPYDの暴力の応酬も誘発している。

乱戦するシリア軍・親政権民兵、アラブ系部族、PYD

ダイル・ザウル県において、両者はユーフラテス川を挟むかたちで西岸をシリア政府支配、東岸をPYDが主導する自治政体の北・東シリア自治局(あるいはその傘下のダイル・ザウル民政評議会)と同自治局の武装部隊であるシリア民主軍が掌握している。「アクサーの大洪水」作戦開始以降、親政権民兵(国防隊、あるいは「イランの民兵」)とシリア民主軍がユーフラテス川を挟んで砲撃戦を繰り返すようになっている。

さらに、8月末から9月にかけて、シリア民主軍に対して武装蜂起を行ったアラブ系部族も、シリア政府の直接間接の支援を受けて、「ダイル・ザウル県の解放」をめざすとして、アカイダード部族の部族長の1人イブラーヒーム・ハフルの指導のもとアラブ部族軍(統合司令部)の名のもとに糾合をめざし、戦闘に参加しようとしている。

アル=カーイダ主体の反体制派

2011年に「アラブの春」が波及して以降のシリアと言えば、シリアのアル=カーイダとして知られるシャームの民のヌスラ戦線(現在の呼称はシャーム解放機構)を主体とする反体制派や、イスラーム国を抜きに語ることはできない。

彼らもまた、一連の暴力の応酬と連鎖のなかで、その存在を誇示しようと躍起だ。

シャーム解放機構は、10月5日のヒムス軍事大学の卒業式を狙った、中国新疆ウィグル自治区出身者からなるアル=カーイダ系組織のトルキスタン・イスラーム党によると見られるドローンでのテロ攻撃以降、ドローンによってシリア政府の支配下にあるアレッポ市やハマー県北部の都市への爆撃、攻撃をほぼ連日試みている。彼らが使用しているドローンの性能は飛躍的な進歩を遂げている。マヤーディーン・チャンネルやPYDに近いハーワール・ネット(ANHA)によると、ドローンのなかには、フランスから技術が移転(密輸)されることで、飛行距離が200キロに達し、4キロあまりの爆発物が搭載できる機種もあるという。シリアの国防省は11月13日、イドリブ県、ハマー県、アレッポ県でドローン5機を撃墜したと発表したが、このうちの1機は液体燃料ロケット・エンジンを搭載し、全長4メートル、翌幅6メートル、100キロの爆発物を装備していたという。

Facebook (@mod.gov.sy)、2023年11月13日
Facebook (@mod.gov.sy)、2023年11月13日

そしてイスラーム国

シャーム解放機構によるドローン攻撃は、「アクサーの大洪水」作戦に先立って開始されていた。だが、これまで目立った動きを見せていなかったイスラーム国も暴力の連鎖に参加した。

シャームFMによると、11月8日、ラッカ県のラサーファ市とヒムス県のスフナ市の間に位置する砂漠地帯に展開するシリア軍の拠点複数ヶ所が、イスラーム国の襲撃を受け、34人が殺害されたのだ。殺害されたほとんどは、親政権民兵の国防隊のメンバーで、シリア軍兵士が若干含まれていた。また、反体制系サイトのイナブ・バラディーによると、イスラーム国はPYDの支配地からシリア政府の支配地に石油を輸送していたカーティルジー・グループ社の車列も襲撃し、同社の社員も殺傷したという。

この攻撃に関して、イスラーム国に近いアアマーク通信は11月11日、ヒムス県東部の兵舎2ヶ所を攻撃し、シリア軍兵士と国防隊のメンバー24人を殺害し、複数人を負傷させたと発表した。

i3l.pw、2023年11月11日
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イスラーム国は11月9日にも、ヒムス県タドムル市東に展開する「イランの民兵」の陣地複数ヶ所を襲撃、民兵3人を殺害、13日にも、ラッカ県ラサーファ市近郊のジャイーディーン村に至る交差点でシリア軍と親政権民兵の部隊を襲撃し、兵士5人を殺傷した。

爆撃を続けるロシア軍

これに対応したのが、ロシア軍だった。同軍は一方で、クナイトラ県の兵力引き離し地帯に憲兵隊を派遣し、イスラエル軍とシリア軍の交戦を阻止しようとする一方、イドリブ県などではドローン攻撃を繰り返すシャーム解放機構などの航空戦力を削ぐために激しい爆撃を続けてきた。

イスラーム国がシリア軍や「イランの民兵」への攻撃をにわかに強めると、ロシア軍は11月8日、10日深夜から11日未明、そして13日にヒムス県とラッカ県で潜伏活動を続けるイスラーム国の拠点などに対して爆撃を実施、8日の爆撃では、イスラーム国のメンバー少なくとも7人を殺害した。

ガザ地区におけるイスラエル・ハマース衝突をめぐっては、占領に対する抵抗、テロに対する報復という二つの正義がせめぎ合い、それが暴力の応酬を際限ないものとしている。だが、この衝突によって、シリアにおいて誘発されている暴力の連鎖を俯瞰すると、当然ながら問題はさらに複雑だ。そこには、占領に対する抵抗、テロとの戦いといった正義に加えて、独裁に対する抵抗という正義、さらにはアル=カーイダやイスラーム国がイスラームの名をもって正当化する独善的な正義も存在する。

イスラエル・ハマース衝突においては、イスラエルを南部のハマースと北部のヒズブッラー(あるいは「イランの民兵」)が挟撃することで紛争がより過酷なものになると懸念が指摘されている。だが、シリアにおいて誘発されている暴力の連鎖においては、すべての当事者が重層的に対立し合う敵によって挟撃される脅威と恐怖に晒されており、この脅威と恐怖の均衡が、これらの当事者による「行き過ぎた暴力」をかろうじて抑止しているのである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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