世界的経済学者に聞く、労働市場のマーケットデザイン【小島武仁×倉重公太朗】第2回
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今回のゲスト、小島武仁さんの得意分野は、「マーケットデザイン」です。マーケットデザインのキーワードは「適材適所」。適材適所の資源配分を行うには、具体的に「なにを・誰をどう組み合わせるか」という数学的な問題を現実的な時間内に解く必要があります。日本には「適材適所」にまつわる課題が多数あります。その一つは労働市場や組織内に存在する課題です。就活や人事異動のときに、適材適所でマッチングさせるにはどうしたら良いのでしょうか?
<ポイント>
・出会い系サイトでマッチングがうまくいかない理由
・雇用のマッチングは、労働市場の厚みが大切
・業績や性格はアルゴリズムに反映できるのか?
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■婚活産業にもアルゴリズムは使えるか?
倉重:卑近な例で言えば、誰と結婚するかも数学的に証明できるのですよね。
小島:そうですね。誰と結婚するかは実は非常に難しい問題です。先ほど名前を出したゲールやシャプレーという数学者で経済学者の人は「結婚に使ったらいいかもね(笑)」という感じで書いていました。
実際には結婚はあまりにも難し過ぎる問題なので、労働市場や、先ほどの腎臓交換のほうがまだ簡単だということになって、そちらのほうが発展しています。決定版のようなアルゴリズムは結婚市場にはまだありませんが、当然いろいろな知見はあります。
例えば結婚やデートのマッチングで一番問題になることは何かというと、真面目でない参加者が多いということです。男女のマッチングの場合、出会い系などでは、特に男の子は結構カジュアルに女の子と知り合いになりたいのです。
倉重:遊びに来ているわけですな。
小島:はい、そういう人が結構多いので、とにかく大勢にメールを出します。そうすると女の子はどれを見ても全然真面目ではないと思って、返事をしなくなるのです。せっかくマッチングの市場というプラットフォームがあっても、出会い系はうまくいかないという問題があります。
インターネット上では非常に情報が行き来しやすいので、効率的な世界になるかと思いきや、便利過ぎるがゆえにうまくいかなくなってしまうのです。
倉重:情報一つあたりの価値が下がっているのですね。
小島:おっしゃるとおりです。そういうときにどうするかというと、例えばメッセージを送る数を減らすとか、Tinderのように、「like」や「dislike」のほかに「superlike」というのを作ります。「superlike」を送るのは無料会員だと1日1回、有料会員でも1日5回しか送れないというふうにしたほうが、かえって情報の質が良くなります。
倉重:渡すバラの本数を絞ることで、その1本のバラを渡されるということの価値が上がるということですね。「これは本気で来ているのだな」と女性も分かります。
小島:そうですね。昔で言うところの、「高いレストランに行って食事をおごるのは本気だ」というノリだと思います。そういう、あえて無駄なことをするというのが、経済学の目から見るとうまいデザインになっている可能性があります。
倉重:ダイヤモンドの指輪でプロポーズするのも、経済学的には合理的ですか。
小島:そうですね。個人的には「ああいうものはなければいい」と思っていましたが、私もしました(笑)。
■新卒一括採用のメリット
倉重:なぜこういう話をしているかというと、「雇用市場で、マーケットデザインを活用できないか?」という疑問から今日の対談につながっているわけです。マーケットデザインとは何かというのが分からないと話が先に進まないので、前置きを長めにさせていただきました。これから検討していきたいと思います。
まず、一番なじみやすいのは新卒採用のところかと思います。これは先ほどの研修医と同じような話になり得ますよね。例えば、日本でも経団連の定めた新卒採用に関する指針があります。例えば内定式は10月1日で、情報解禁日も決まっていました。
「そういうものをなくしていこうじゃないか」という話になると、みんなが抜け駆けをしようとして、先ほどの研修医のようなミスマッチが大量発生しかねません。このあたりの考え方というか、マーケットデザインの見方はいかがですか。
小島:そうですね。倉重さんがだいたい言ってくださったので、どうしようかと思っていますが、たぶん2点ぐらい気を付ける点があると思います。最近の論調では、経団連のルール廃止という話もあったので、どうしても決まった時期に一括採用をするのは、時代遅れで、通年採用をするべきだという論調があると思います。それは間違いとは言いませんが、少し気を付けたほうがいいと思っています。
というのは、倉重さんの著書にも書いてあったと思いますが、通年採用をすると人事は一年中がんばらないといけないので、とにかくコストがかかるのです。コストは無限ではないので、そこで問題が起きる可能性もあります。
仮に採用側に時間やお金があったとしても、通年採用をしているとこういう問題が起こります。私が学生だとして、朝起きたときに「就活シーズンではないけれども今就活しよう」と思ったとします。企業側もポストが空いたら募集しようと考えています。そうなると、空いているポジションがとても少なくなってしまうのです。
これは極端な例ですが、新卒採用においても、就活生が行きたいポジションが、そのタイミングで空いているとは限らないという問題があります。
採用する側からしても、通年採用で、たまたまポジションが空いたときに探すと、その時点では往々にして良い人材がいない可能性があります。これをわれわれは「市場の厚み」と呼んでいます。
市場はご存じのように、人々が一堂に会して、なるべくお互いにとって望ましい相手を見付けるというプロセスですから、ある程度厚みがあるほうが良いのです。そうすると、新卒採用市場で期間を区切って就活するのは、いかにも日本的な時代遅れの制度かと思いきや、実は良い面もあるということです。
倉重:厚みを持たせるには一役買っていたということですか。
小島:そうです。こういう点は一応気を付けなければいけないことだと思います。
倉重:そうですね。売り手も買い手もそれなりの数がいないと。仕方がないからブラック企業に行くとか、しょうもない人を雇わざるを得ないということになってしまいますね。
小島:おっしゃるとおりです。少し付け加えると、ご存じのGoogleは非常に先進的な企業で、いろいろな部署があります。適切な人材を適切な部署に送るという、いわば社内の労働市場があります。以前はそこで通年採用していました。
倉重:自由にいろいろな部署に移動するということですね。
小島:そうです。部署でポジションが空いたら広告を公示して、従業員の方は自由に応募します。しかし、実際にはほとんど異動がなかったと言われているのです。今言ったような理由で、いつ就職活動をしていいか分からないし、そもそもいつポジションが出ているか、皆が毎日気にしているわけではありません。そこで、Googleの一部で研修医のマッチングと同じような仕組みを作りました。さらに、通年採用をやめて、わざわざ年3回の期間を定めて異動させるようにしたのです。
倉重:流動的だったものを固定化して、「この期間だけですよ」と決めたのですね。
小島:そうです。わざわざ日本式の定期異動のようなものを作ったということですね。もちろんコストはかかるので、反対もあったようです。必ずしも日本のように年1回するべきとまでは言えないところなので、ここは注意深く見ていく必要があります。
倉重:本当ですね。ちなみに今のお話はまさに欧米型の、ジョブ型の働き方という感じがします。社内でも空いたポストに人を募集するということでした。日本ならすぐ配置転換で飛ばすだけなので、そもそもの考え方がだいぶ違うなとは思います。
小島:確かにそこもあるとは思います。
倉重:「市場の厚み」というのがキーワードになりますよね。そうなると、社内の配置の問題という意味でも、転勤や配置転換のように、一斉に人を動かすという選択肢があること自体はいいことだと言えますね。
小島:そうだと思います。もちろん日本で時々問題になるように、社員の希望をほとんど聞かないケースもあります。何年か前にカネカが社員の配置転換で炎上した事例がありました。カネカが悪いという意味ではありませんが、ああいう事例を考えると、従業員の希望も聞く必要はあると思います。
倉重:なるほど。先日、先生が顧問をされているKAKEAIの皆川さんに対談に出ていただきました。そこでも社内的な適正配置の話をされているのではないかと思います。そちらを使ってという例はいかがですか。
小島:そうですね。「KAKEAI」さんとは、今ご紹介にあったように、顧問の関係を結ばせていただいています。今、何をしようかをゆっくりとブレーンストーミングしている段階です。
KAKEAIさんは、上司の方と部下の方との関係がうまくいくようにアシストしていくという、広い意味でのHRテックの企業です。
そういうところで、今決まっている人間関係の中でうまくアシストしていくというタイプのことを彼らは既にたくさんしています。そこに加えて、新しいパッケージの一つとして、今言ったような社内異動のやり方を改善できるのではないかという話もしています。
それが私の理想で、KAKEAIさんも同じように思ってくれていると理解しています。今ある関係をさらに良くしていく。プラス、部署異動の問題もサポートできるという感じで、私も入れていただくことを考えています。
先ほど数学の話もありましたが、私は経済理論家なので、こういうマッチングのアルゴリズムがどれぐらいうまくいくかをデータでどんどん示していかなければいけません。KAKEAIさんはそちらのほうに非常に強いスキルがあるので、私としてもアルゴリズムやマッチング制度をブラッシュアップしていき、野望としてはそのデータを使わせていただくことも考えています。
倉重:そうですか。アンケート調査を取って統計するだけでも大変ですからね。その効果測定もきちんとできるのであれば、先生の研究という意味でもすごく進むかもしれません。
小島:そうですね。そのあたりは非常に興味を持っています。今もKAKEAIさんを通じていくつかの会社にも相談をさせていただいています。
倉重:本当にマッチングの考え方で、社内異動というか、社内の労働力の適正配分ということができると、これからHRテクノロジーがどんどん普及していくという感じがします。
既にGoogleさんがされているように、社内で人をどう効率的に動かすかという議論がたくさんあるわけです。当然ながら日本社会としてもどう効率的に労働者の異動を行っていくか考えなければなりません。斜陽産業もあれば盛り上がっていくところもあるので、政府も「失業なき労働移動」をさせたいわけです。「日本の転職市場はまだ厚みがない」というご指摘もありましたが、これはどう変えていったらいいのかがなかなか悩ましいところです。
小島:そうですね。これは現実にどうやって進めるかが非常に難しい問題だと思います。倉重さんには釈迦に説法だと思いますが、日本は解雇法制などが大変厳しいと言われています。良い点もあるけれども、特に最近ではまずい点が目立ってきたかと思います。私は素人ですが、見ていて思うのは、伝統的な解雇法制の考え方では、「会社をクビになると、失業してかわいそう」ということなります。
けれどもそれは、ある意味でニワトリと卵という感じです。私はアメリカで20年近く働いていましたが、アメリカの大学ではクビを切られることが結構あります。研究業績があまり上がらなかったりすると解雇されるのです。けれどもそれで路頭に迷うわけではありません。例えば私のいた大学でクビになってしまった人は、結構優秀な人が多いので、で結構いいところに行っていました。解雇=失業ではないのです。大学側もよくクビを切っているので、ポストが空きます。たくさん解雇をするということは、逆に言うと雇う需要もたくさんあるということなのです。
ある意味、セーフティーネットを社会全体で持っているという感じになっていました。そういうあり方はフレキシビリティーがあるという意味では、良いと思います。
倉重:日本は裁判所など法律の考え方自体が終身雇用を前提に作られていて、「会社から放り出される=人生終わり」のような発想があります。1つの会社で終身雇用を前提とした雇用市場がデザインされてきたわけですから。その良し悪しを抜きにして、会社自体がそもそも20年後、30年後に本当にあるのかわからないというレベルの時代になってきています。終身雇用したくともできないということもあるわけです。そういう意味では、先生がおっしゃっていた社会全体のセーフティーネットというのは、われわれの雇用デザインとして考えていかなければならない問題だと強く思った次第です。
その中で、どういうふうに効率的に人をマッチングさせていくかというと、先ほどのマッチング理論の話が出て来ました。その本の中にも「クリアリングハウス」、つまり、いろいろな人の「ここに行きたい」という希望をハローワークやリクルート、マイナビなど、どこかしらが集約していい感じに振り分けるというものが出来たら、雇用市場でも良いマッチングが加速する可能性はありますよね。
小島:そうですね。おっしゃるとおりだと思います。今例に出て来たハローワークやリクルートは、どちらもある意味で情報を集めて助けているところだと思います。もし可能なら、それこそ先ほど出て来たGoogleのようなアルゴリズムを使うとかなり良くなるのではないでしょうか。現実問題として、それを作るためには、皆が「これを使いましょう」と言わないと始められないので、それは少し大変かもしれません。
倉重:まず参加者に信頼されないといけませんね。
小島:そうですね。信頼が非常に大事ということです。まさに今言おうと思っていたことを言われてしまいました(笑)。こういうアルゴリズムは、最近よく「AIに差別された」という話として出てきます。人間はどこかで、「自分たちの人生の大事なことをアルゴリズムのような無味乾燥なものに決められるのは嫌だ」という気持ちがあるのです。それにプラスして、誰かが自分の情報を全部持っていることが気持ち悪いと感じます。
研修医のマッチングを2003年に始めた時には、それが非常に問題になったのです。「どこの病院に行きたいかという希望票をボスに見られたら、仕返しされるのではないか」「『うちが第一希望じゃないのか』と言われるのではないか」という声が上がりました。
それが自然なのです。ですから信頼を確保することが重要になると思います。リクルートなどはある意味で信頼されることで利益を上げている企業です。私企業ならではのインセンティブがあるので、リクルートだけをやり玉に挙げるつもりではありませんが、記憶に新しいケースでは、内定辞退率のアルゴリズムで炎上してしまったということもあります。そういう問題はリクルートに限らず、どこでもあり得ることだと思います。
倉重:そうですね。どういうデータをどのような目的で集めて、どのように使われるかをきちんと開示して、実際にそのとおりにやるということですね。
小島:そうですね。全般的には「言うは易し」というところはありますが、そこもアルゴリズムをどう組むかによってある程度は良くなることが言えます。
倉重:そうですか。
小島:はい。というのは、最近言うところのマシンラーニング、機械学習のAIがありますね。ああいうものはかなりブラックボックスなのです。例えば倉重さんに「あなたの興味のある分野は何ですか」「あなたの身長は何cmですか」「今のエデュケーションは何ですか」など、いろいろなことを聞いた上で、「ではあなたはここへ行くべきです」と、ご神託のように言われてしまいます。
それはやり過ぎだというのが、実際にGoogleであった議論です。Googleはアルゴリズムを活用している企業なので、それを使って配置換えをしてはどうかという話があったらしいのです。結局Googleのようなところでも「それはひどいのではないか」ということになってしまいました。実際に彼らが使っているのは結局研修医のアルゴリズムと同じです。何をするかというと、各労働者やマネジャーに希望順位をきちんと聞くのです。「私の第1希望はここで、第2希望はここ」というものを全部出してもらうという分かりやすい基準なのです。
倉重:第何希望まで書くのですか。
小島:基本的に第何希望まででも書いても大丈夫です。日本の研修医だと確か999まで書けるはずです。そこをいくらでも書けるようにするのか、少ししか書けないようにするかというのは、難しく、面白い問題です。
皆がよく知っている簡単なアルゴリズムなので、そういう意味ではかなり透明性はあります。「アルゴリズムを使う」と言ったときに普通の人が思い浮かべるのと比べるとかなり改善されています。
倉重:Googleさんの場合は、第何希望まで書いて、それ以外にどのような情報を加味して配属先を決めるのですか。
小島:これは非常に単純で、第何希望までかを従業員も書くし、受け入れ側、部署のマネジャーの人も出します。ただそれだけを使うのです。
倉重:これまでの業務成績や性格傾向などは一切見ないのですか?
小島:そうです。これは極端に思われるかもしれません。いろいろな情報を入れていくと、アルゴリズムが不透明になってしまって、先ほどのような不満が出るというのが一つです。正確に言うと、そういう情報は大事ですが、あくまでアシスタンス的に使うのです。「こういうスキルセットが要る人はこの人とこの人がいます」ということを自動的に、例えばマネジャーに出すような仕組みを作ります。その中から本当に欲しい人材を選ぶのは、マネジャー自身になります。
倉重:AIによる判断は人間が選ぶときの補助でしかないと。
小島:そうです。だからある意味、うまく分担しているという感じですかね。アルゴリズムそのものは非常に透明にしつつ、考えをまとめるアシスタンスとして、ほかのいろいろな情報を使うようにするのです。それは結構良い役割分担かと思います。
倉重:「AIに選考される」というわけではなくて、AIを使ってデータできちんと効率的に人が選考するだけですね。
小島:そういうことですね。
倉重:なるほど。お互いが「どういうところに行きたいか」「どういう人を採用したいか」という情報さえあれば、あとは最も効果的にマッチングできるということですね。
小島:そうですね。そういう意味で非常に使いやすいです。普通のAIアルゴリズムと違って、簡単で使いやすいのです。昔はそれこそ手作業でしていたという会社もありますから。
(つづく)
対談協力:小島 武仁(こじま ふひと)
経済学者。1979年生まれ。2003年東京大学卒業(経済学部総代)、2008年ハーバード大学経済学部博士。イェール大学(博士研究員)、スタンフォード大学(助教授、准教授、教授)などを経て2020年より東京大学経済学部教授、東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)所長。
専門分野は人と人や人とモノ・サービスを適材適所に引き合わせる方法を考える「マッチング理論」と、それを応用して社会制度の設計や実装につなげる「マーケットデザイン」。日本の研修医マッチング制度や待機児童問題を改善する具体的な方法の発明などで知られる。多くのトップ国際学術誌に論文を多く発表し、受賞多数。最も生産性の高い日本人経済学者とされている。また、大学内外との連携も積極的に行っている。