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「歩きスマホ」はなぜ危険なのか。歩行の「1/fゆらぎ」を失う理由とは。大阪大学などの研究

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 歩きスマホが転倒リスクを増大させるのは周知のことだが、その原因は周囲への注意力が落ちることが大きいと考えられてきた。だが最近の研究によれば、スマホで何かを操作したり意味や興味のある画面を眺めたりすることだけで歩行の安定が損なわれることがわかった。

重大な事故につながりかねない歩きスマホ

 仙台や福岡などでも問題視され、都下のいくつかの区や神奈川県の大和市などで歩きスマホをしないように取り決めた独自の条例が作られるなど、全国的に迷惑がられているのが歩きスマホだ。これら自治体の条例では罰金や罰則はないが、海外では罰金刑になるエリアもある。

 歩きながらスマホを操作したり画面に見入っていたりすると、周囲への注意力が落ち、自分が転んだり階段から転落したり、他の歩行者や自動車などとぶつかったりするなど、事故につながる危険性がある。また、注意力が散漫になることで、ひったくりやチカンなどの犯罪にあうケースも多い。

 では、歩きスマホで転倒リスクが上がったり注意力が落ちたりするのは、単に周囲が見えていないからだけなのだろうか。

 この問いに大阪大学などの研究グループ(※1)が取り組んだ結果、スマホでゲームなどをする認知課題をしながらの(歩きスマホ)歩行は、画像には何もうつっていないスマホを単に眺めながら歩く非認知課題の歩行に比べ、より安定性やその持続性が低下していることを解明し、その結果を科学雑誌で発表した(※2)。

 野村泰伸教授らの研究グループは、以前にも高齢者やパーキンソン病患者がなぜ直立して静止しにくいのかという姿勢制御の謎の一部を解明したが(※3)、今回は若年層に多い歩きスマホによる危険性を評価した。高齢者らの転倒も若年層の歩きスマホによる事故も、公衆衛生上の大きな課題だという観点からだ。

 歩くという行動は、足を交互に前へ出すという周期性がある。足を出す歩幅の間隔がどう変化するかは、歩行の安定性を評価するための重要な指標とされている。

1/fゆらぎという歩行の周期性

 一般的に健常な若年者の歩行の変化は、いわゆる「1/fゆらぎ」ノイズによる持続的な周期性のあるものだ。このノイズは、心拍の間隔、炎の揺れ、小川のせせらぎ、木漏れ日といった自然現象の中にもみられ、長期の周期性のある現象とされる。

 そして、ヒトの歩行のある時点での変化は、歩いてきた過去の何千歩の歩行周期の影響を受けて確率的に求められるのだという(※4)。

 これは筆者の考えだが、ヒトの歩行は指紋のように個々人で異なっているとされ、心地よいゆらぎの歩行パターンに次第に収斂していくのかもしれない。また、こうした個々人の歩行の違いが、筋肉から生じる電場にあらわれ、飼い犬が飼い主の足跡を遠方から聞き分ける信号になっている可能性もある。

 一方、高齢者やパーキンソン病患者では、こうした歩行周期の持続性が低下し、1/fゆらぎが損なわれる傾向があることがわかっている。そのため、歩行の安定性を評価するためには、歩幅の間隔の変化に1/fゆらぎの持続性も加えることができる。

 同研究グループは、若年健常者を対象とし、一定速度でベルトが回転するトレッドミル上を歩行する際の歩行周期の変動、つまり歩行周期のゆらぎを計測することで、歩行の安定性を評価した。

 比較したのは、画面表示のないスマホを見つめながらの非認知課題歩行とスマホゲームをしながらの認知課題歩行(歩きスマホ)、そしてスマホを持たない通常歩行だ。

 その結果、画面表示のないスマホを見つめながらの非認知課題歩行、スマホゲームをしながらの認知課題歩行(歩きスマホ)の両方で、同程度に視覚情報が低下していたことがわかったが、非認知課題歩行やスマホを持たない通常歩行と比べ、認知課題歩行(歩きスマホ)でだけ、歩行周期のゆらぎが低下していることが示された。

トレッドミル上を歩行する実験の様子(A)、カカトに付けられた加速度計による歩行周期(B)、1/fゆらぎによる歩行周期の変動。大阪大学のリリースより
トレッドミル上を歩行する実験の様子(A)、カカトに付けられた加速度計による歩行周期(B)、1/fゆらぎによる歩行周期の変動。大阪大学のリリースより

 同研究グループは、歩きスマホに伴って行われている何らかの脳内情報処理が、外界の障害物などだけでなく、頭の中の内因性の影響で歩行の安定性を低下させることを示唆しているとし、今回の成果はパーキンソン病の歩行障がいの原因を探ることなどにつながると期待する。

 今回の研究からは、歩きスマホで生じる歩行の不安定性が必ずしも周りが見えていないことによる他人や障害物との衝突や段差躓き、転落といった外因性の要因だけでなく、脳内情報処理リソースの枯渇という内因性の要因によっても起きることが示唆された。

 歩きスマホをすると、ヒトの歩行の持つ1/fゆらぎが失われる恐れがある。歩きスマホの危険性は、より広く周知されることが必要だろう。

※1:大阪大学大学院基礎工学研究科の矢野峻平氏(研究当時大学院生)、ノースカロライナ州立大学、京都大学大学院情報学研究科の野村泰伸教授ら
※2:Shunpei Yano, et al., "Smartphone usage during walking decreases the positive persistency in gait cycle variability" scientific reports, 14, Article number: 16410, 16, July, 2024
※3:Yasuyuki Suzuki, et al., "Postural instability via a loss of intermittent control in elderly and patients with Parkinson’s disease: A model-based and data-driven approach" Chaos, Vol.30, Issue11, November, 2020
※4:J M. Hausdorff, et al., "Is walking a random walk? Evidence for long-range correlations in stride interval of human gait" Journal of Applied Physiology, Vol.78, Issue1, 349-358, January, 1995

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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