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アイルランド代表戦で何が? 日本代表・長谷川慎スクラムコーチ、夏のレビュー。【ラグビー旬な一問一答】

向風見也ラグビーライター
熱波に襲われた7月15日、勝利に喜ぶ。(写真:アフロ)

7月15日、東京・秩父宮ラグビー場。ラグビー日本代表と連携を図るプロクラブのサンウルブズが、スクラムで確かな成果を示した。

ニュージーランドのブルーズを48-21で下した国際ラグビー・スーパーラグビー最終節では、チームで作り上げた型に倣いパックを安定させる。初先発した右プロップ、具智元は言った。

「こっちは8人でまとまって組んでいて、行けると思いました。8人で、低い姿勢で組めば押せるという自信にも繋がりました」

そして、フォワードが「8人」でどう固まるかの手法を唱えてきたのは、長谷川慎スクラムコーチだ。現役時代も代表選手として活躍してきた元プロップは、日本代表とサンウルブズの両方に入閣。どのチームにとっても強化を避けられない攻防の起点について、各人の組み方や姿勢をロジカルに落とし込んできた。

スーパーラグビーのシーズン序盤、サンウルブズの自軍スクラム成功率を100パーセントに保ってきた。1勝2敗で終わった6月の日本代表ツアーでも、着任した昨秋からの進化と1戦ごとの修正能力を示す。

最終節から3日前の12日、都内で単独取材に応じた。話題はおもに日本代表ツアーについてだ。

「コアが短く、低い姿勢になれる」という日本人に見合ったスクラムシステムを浸透させるための、繊細な道のりを歩む。

以下、一問一答の一部(編集箇所あり)。

――まずは6月10日のルーマニア代表戦(熊本・えがお健康スタジアムで33-21と勝利)について伺います。昨秋は同じ東欧のジョージア代表に押し込まれていましたが、この日はそうではなかった。

「結果的には何本かペナルティーを取られたりはしていましたが、それにはレフリーの観方の影響もあります。コンテスト(ぶつかり合い)をした感じは、よくはないけれど悪くもないと思います」

――サンウルブズが始動してから、膝立ちでスクラムを組みあう「スクラムの筋トレ」に着手。こうしたフィジカル強化の成果でしょうか。

「フィジカルだけではなく、組み方だけではなく、全体的に成長していると思います。いまは、そこ(日本代表)に入る可能性があるメンバーが全員でやっていて、枠が広がったなかから選手を選べたという時期だったわけです(※1)。そういう時期の、そういうスコッドでやったなか、ルーマニア代表とコンテストができるくらいにまでなれた(※2)、ということです」

※1 サンウルブズには50名超の選手が在籍し、公式戦では選手を頻繁に入れ替えている。

※2 6月のツアーメンバーが集まって9日目にルーマニア代表戦を迎えた。

――アイルランド代表との2連戦。1戦目(静岡・エコパスタジアムで22-50と敗戦)から2戦目(東京・味の素スタジアムで13-35と敗戦)にかけ、大きく修正しました。

「全体的にはジェイミーが言った通り、戦う気持ちが大事ということがありました(日本代表ジェイミー・ジョセフヘッドコーチ、大敗に「死に物狂いで」。【ラグビー旬な一問一答】)。本当に、ちょっとしたことでスクラムが変わる。

でもいまは、1戦目でスクラムが悪かったら何が悪いかをすぐに選手が理解できる。『どこが悪いのだろう』と不安なまま引きずるのではなく、『ここが悪いんだからここを直そう』と、『ここ』だけに集中できる。それほど皆の理解力は高くなっている。だから、変われましたよね。アイルランド代表との2戦目は」

――選手たちの証言によれば、右プロップ側を横殴りにあおられた1戦目を受け、フッカーの選手のバインドの位置を修正するなどして最前列の密度を高めたとのことですが。

「理由はひとつじゃないんですよ。どこかが悪くなると、あそこも悪くなって、また別のところも…と。ただ1つの『ここ』を直すと、他もちょっとずつよくなっていくこともある。なぜそうなったかを全員が理解したから、そのメンバーに関しては、次は同じことが起こらないんじゃないですか。1戦目で悪いところを見つけ、選手と話し、理解して、戦う気持ちの部分も含めて1週間で修正できるようになった。…本当は最初から(いい形で)やりたいんですが。

ただライオンズ戦では、また同じ失敗をしちゃったなぁ…と。サンウルブズへ帰ったら、そのメンバー(日本代表)じゃない選手が何人もいて、それ(アイルランド代表第2戦目の前のような準備)をするまでの時間がなく、同じことをやって。無理矢理時間を作ってでもやるべきだったなと反省しています」

――日本時間7月2日未明、敵地ヨハネスブルグのエミレーツエアライン・パークでの第15節。ライオンズを相手に7―94で屈していました。アイルランド代表との第1戦目とライオンズ戦。準備段階で悔やまれる点はどんなところですか。

「型は100点、という感じ。練習で型は100点だから(当日は)かなりいいなと(思い込んでしまった)」

――精神的なアプローチを含めて綿密な準備が必要だった、ということでしょうか。ライオンズ戦に出た選手によれば、組み合う時、相手に上腕などを持ち上げられて力を発揮できなかったようです。

「相手に合わせるのではなく、相手にこっちに合わさせろと言っています。相手が何かをやってきたときに、そこで戦わないと。それに対し、(自分たちの)型にこだわらせ過ぎてしまったかもしれません」

――チームの「型」を全うする意識も大事だが、それと同時に持ち上げようとするライオンズに抗う気持ちも必要だった、と。

「簡単に言うと、そうです。…ただ、あの時は持ち上げられたんじゃなく、自分から上がっていたんですよ」

――改めて、試合でよくないスクラムを組んでいるのを見た時にどう問題点を整理するのですか。

「人に何と言われようと、『日本はこう組まないと勝てない』というものが自分のなかにある。そこから外れた組み方をして押されていたら、元に戻す。その作業をするだけです」

――チームでもともと共有している「正解」と、試合中の現象とのずれを見定める。

「そう。何で、こんなことが起きるんだろう、と(考える)。僕、前半は上(コーチャーズボックス)で試合を見るんです。他のコーチがラグビーを見ている間、スクラムを何回も何回も見て(映像を巻き戻して)。で、後半になったら下(ベンチ)へ降りる。リザーブの選手にその内容を伝える…。もっと早く『わかった』と思ったら、前半途中に降りることもあります。だから、試合途中にスクラムを修正できたりもする」

――確かにライオンズ戦のスクラムも、序盤こそ大きく押し込まれましたが時間が経つとイーブンになってゆきました。

「アイルランド代表戦(第1試合)の時は、その修正が遅すぎた。もちろん、事前に対戦相手のスクラムは分析しているし、担当するレフリーのレビューもしているんです。ただ、あまり参考にはならないんです。日本代表やサンウルブズのようなスクラムを組んでくるチームは他にないので」

――形や低さに特徴のある「日本代表やサンウルブズのようなスクラム」への相手やレフリーの反応は、他の試合をチェックするだけではわからないのですね。

「(4月の)ニュージーランド遠征でも、分析と違う組み方をしてきたチームがありました。例えば(スーパーラグビーに出る)全部のチームのスクラムを分析して、それに適応するテクニックを毎週、毎週、やっていくかといえば、そんな時間はない。スクラムを組めるのは1週間で30分。そのなかで強化するには、まずよりどころの型を作らないと。だから、いまはこのやり方(自分たちの型を錬成させるプロセス)を取っている。その型も、少しずつ変わってきてはいますが」

――試合を伴わない合宿が設けられたりした場合は、どんなことに着手しますか。

「いままでは、それぞれがどう組むかを言葉で伝えて、その言葉を理解しながら感覚を磨いてきた。そしていまの状態であれば、選手はどう組むのかをかなり理解をしてきている。この状態をもって、もし時間があって、数を組んだら…もっと強くなりますよね」

――どの選手も自分たちのスクラムの「正解」がわかっているいまなら、その「正解」を何度も遂行する反復練習に意味が出てくる、と。

「逆に、どう組むかを理解せずに数だけを組んでいたら、どこがどう強くなったかがわからなくなる。いまは組み方をしっかり作っている。だから来年はどうなって…再来年はどう…というイメージはある」

――サイモン・ジョーンズS&Cコーチと連携して、より肉体を強化する意向は。

「それも、すでにやってはいます。必要な選手には僕が首のトレーニングをやったり、彼にも注文を出したり。もっと練習したら強くなるのはわかっているし、もっとやりたい気持ちもある。ただいまは、1週間という限られた時間でやらなくてはいけない。短時間でどれだけできるかを考えてやっています」

長谷川コーチの頭のなかには、2019年までのスクラム強化プランがある。スーパーラグビーのシーズン中になされていたのは、実戦のフィードバックに基づくプランのブラッシュアップだろう。

強化の進み具合は、当初の計画を下回ってはいないのだろう。とはいえ、内なる確信を甘い見立てと解釈されるのは本意ではない。だからこそ、選ぶ言葉は慎重になる。

「まぁ、色々と言われていますけど、いまは2015年(3勝を挙げたワールドカップイングランド大会)の時とは違って、固定されたメンバーで1年中合宿ができる状態ではない。2015年のやってきたことや、それに携わった関係者には本当に敬意を表します。ただ、いまは2017年です」

自らのコントロールできる範囲で、いまできる最善手を打つ。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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